第16話 予選

 「なんだって!?」

 モモの言葉に他の四人が驚きの声をあげた。


「新たに変更があったんだ、予選は四人しか参加できない。しかも、アイアンゴーレムは危険なので使用できないことになった。錬金術師にとってはかなり不利な変更だね」

「どうする?」

「とりあえず、僕がコーチにまわって、ヨエル君にチームに入ってもらおう」

彼らは、広いグラウンドのはしのほうで、頭を突き合わせて作戦会議を行っていた。全員が大会用の装備をすでに身につけている。

「僕で大丈夫かな?」

ヨエルもかなり不安そうだが、

「そうだね。僕の見立てだと、二コラとミシェルはこの大会でもかなりのところまで通用すると思うんだ。そこに、万一ヨエル君が覚醒したら、学生どころかプロの冒険者グループが相手でも勝てちゃうかもしれない」

モモのその言葉に、二コラやミシェルも同意とうなずく。

「じゃあ、軽く予選突破して決勝トーナメントに行くしかないわね」

マルヴィナもだいぶ強気になってきたが、

「ただね、僕たちの予選のグループにはこのビヨルリンシティ出身のチームがいて、そこが優勝候補なんだ。情報を集めた限りではかなり手強そうだったよ」

「いつ当たるの?」

「対戦表からすると、予選の最後の試合だね」

大会の冊子を開いてみんなで確認してみた。最初の試合が大陸の北部地方にある都市アイヒホルンのチーム、そして自分たちが通って来た港町ツィーゲのチーム、そしてここ首都ビヨルリンシティのチームの順で当たりそうだ。


すると、

「チームカロッサとチームアイヒホルン、これから試合です!」

試合会場の担当者から呼び出された。

「よし、じゃあがんばっていこう! 試合時間三分の五本勝負。三本先取すれば勝ちだからね! 実戦と違って禁止されている反則技もあるから気をつけて!」

モモが四人のメンバーを試合場へ送り出す。

そして、最後にミシェルが試合場に入っていくとき、

「ミシェル」

「わかってるよ」

モモのほうを見てミシェルが親指を立ててみせた。

三人の審判員の前に各チーム四人ずつ並び、主審の合図でお互いに礼をした。

「お願いします!」

両チーム元気に発声し、そして互いの試合場に散らばる。

チームカロッサ側から見て、一番手前にミシェルがこん棒と盾、その左後ろにヨエルが槍、そのすぐうしろにマルヴィナが杖と小盾、ミシェルからだいぶ右に二コラが剣。もちろんそれらの装備は競技用のもので安全な作りになっている。

相手のチームアイヒホルンは、ローブに杖と小盾が三人、剣が一人と、魔法使いが多い極端なチーム構成になっていた。カロッサ側の中央手前にいるミシェルを警戒してか、相手陣の奥で距離を取っている。

開始の笛がなった。

「はっ!」

開始の笛と同時に、試合場の右端にいた二コラが相手陣内へ走りだす。大きく迂回して相手チームの後ろに回る気配だ。

すぐさま敵チームも反応し、呪文の詠唱を始める。

「二コラ気を付けて! 呪文が来るよ!」

モモが試合場の外から二コラに声を送る。

二コラの周囲の地面が円形に白く色を変え、それを避けながら進む。

「うわっ!」

しかし、徐々に進む方向のエリアが白く染まり、二コラが足を取られ出した。

「チームカロッサのポイント!」

その時、審判がチームカロッサのポイントを宣言した。試合場中央部で、突進していったミシェルのこん棒による有効打が、相手の魔法使いに入っていた。

「よおし!」

カロッサのメンバー全員に気合が入った。

ポイントが入ったので両チームがいったん自分の陣地内に戻る。そして再開するのだが、さきほどとほぼ同じ配置で笛が鳴った。

「さあこいっ!」

と二コラが大きな声で相手の注意を引きつけながら、再び右サイドより後方へ回り込もうと走る。

「二コラ、氷結系呪文に気を付けて!」

モモからアドバイスが飛んだ。

相手チームが今度は地面を氷結化して動きを止めるだけでなく、直接ダメージを与えるタイプの氷結魔法も繰り出してきた。空気が白く結晶化し、そこから氷のつららのようなものが二コラに飛んでいく。

「はいさっ!」

そのいくつかを避けたのち、飛んできた最も大きなつららを気合とともに腕で跳ね除ける二コラ。

敵チームにとって不幸なことに、季節的に、そしてビヨルリンシティが位置する緯度からも、あまり氷結呪文を使用する環境、つまり温度に達していなかった。充分なつららの数や大きさ、そして速度が作り出せていない。

「チームカロッサのポイント!」

先ほどと同じように、ミシェルが接近してこん棒の有効打を加え、二ポイント目を取った。


 相手チームからタイムがかかり、チームカロッサも場外のモモのところへ集まる。

「とりあえず、さっきと同じ戦法でいこう、相手チームに少し練度の低い選手がいるから、そこを狙おう。少しかわいそうだけどね」

「実戦でも弱点を狙うのは常道だわ」

とマルヴィナ。

「このタイムで戦法を変えてこないかな?」

とヨエル。

「今回の作戦はそこも踏まえて練ってあるからね」

そう言うモモと、目を合わせてニヤリとするミシェルと二コラ。

「よし、じゃあいこう!」

再び試合場に戻り、そして再開の笛が鳴る。

みたび、二コラが端から相手陣に駆け込む。さすがにもう引っかからないのか、相手チームは剣士だけが二コラに応じて動き、残りの三人はミシェルの動きを警戒しつつ呪文の詠唱に入った。

「そこだ!」

詠唱のタイミングを見逃さずに、ミシェルが突進する。狙うのは、相手チームの一番背の低い、練度の低い選手だ。そしてすかさずヨエルも左側から追い込む。

しかし、相手チームは打ち合わせていたのか、その背の低いボウズ頭の選手、詠唱をやめてミシェルの突進を避けるために身をかわす。

「くるよ!」

モモが叫ぶまでもなく、ミシェルは二種類の氷結呪文をかわすために突進をやめて逆にうしろにステップし、盾を構えていた。そして呪文をかわすとすぐに、ターゲットに突進するかまえを見せる。その攻防が続くうしろで、二コラも相手の剣士を牽制しつつ狙いを定めていた。

相手チームの剣士は二コラに対峙したものの、彼女の腕を警戒してすぐには仕掛けないつもりのようだ。

「二コラ、隙を見て狙っていこう!」

モモの声に軽く手をあげる二コラ、その瞬間、相手剣士をフェイントで抜いてボウズ頭のローブ姿に迫る。再びボウズ頭は詠唱をやめて急いで距離をとった。二コラは遮蔽物のない場所で敵中央に踏み込めないので、いったん距離をとる。

が、二コラを下がらせると次はミシェルが牽制してくる。相手のボウズ頭が左右に動いて一生懸命にポジションをとっていたが、

「ま、まいった……」

苦しそうにひざをついて手を挙げ、しかしその声は審判にも届いていた。

「チームカロッサのポイント!」

「やったあ!」

特に大きな声をあげたのはマルヴィナだった。彼女の苦痛の呪文が相手選手に極まっていた。


試合場の中央でそれぞれのチームが整列する。

「三対ゼロでチームカロッサの勝ち」

主審が宣言するとともにカロッサ側に手を挙げ、両チームが礼をして試合が終わった。

悔しそうに泣き崩れるチームアイヒホルンのボウズ頭の選手と、それを支える他のメンバー。

「よくやった!」

帰ってきた各チームメンバーをモモがたたえた。

「しかし、すぐに次の試合なんだ。みんな、頑張ろう!」

「次の相手の構成はどうなの?」

二コラがストレッチをしながらモモに尋ねる。

「そうだ、次のチームツィーゲは盾役が三人いるという極端な構成だったはず」

「じゃあしょうがないな、弓を使うか」

二コラが少し嫌な顔をしている。

「え、弓は得意じゃなかったの?」

マルヴィナが聞くが、

「いや、そうなんだが、今回の競技用の弓がね……、さっき試したんだが、これはなんというか、玩具に近い」

と言って取り出して見せた。確かに小型で矢の先は楕円形に丸く作ってあり、子どものおもちゃっぽい。

「当たるのかな?」

「ほんものと感覚はだいぶ違うけどね。試合に勝つ、という意味では使ったほうがいいんだろうけど……」

「そうしよう二コラ。君ほどの腕があれば本物も玩具も両方使いこなせるよ」

モモのその言葉で装備が決まった。

「チームツィーゲとチームカロッサの対戦です!」

係り員が呼びにきた。

「よし、みんながんばろう!」

モモが大きな声で送り出し、メンバーの四人がおうと元気な声で応えた。


 二試合目はヨエルを中央に置いて、ミシェルはかなり左、二コラは右サイドというかたちをとった。相手チームは盾役三人に槍という構成で、試合場の中央寄りに散開している。

笛が鳴った。

「さあこいっ!」

中央でヨエルが思い切りはったりをかましながら槍を構える。

しかし、相手チームは声も出さずに左から回り込んでくるミシェルの動きに注視し、そして対応しようとしていた。しかし、その逆側でも二コラがアクションを起こしていた。

「チームカロッサのポイント!」

審判の声が響き、

「よっしゃあっ!」

ヨエルが自分でポイントをあげたかのように雄たけびをあげるのだが、実際にとったのは二コラの矢だ。右ななめ後方に回った二コラが矢を放ち、それが盾役の背中に命中した。

そして当の二コラは、うれしいのか納得がいかないのか、複雑な表情をしている。

再び開始位置に戻り、再開の笛が鳴った。

「よおし、こいっ!」

ヨエルがまた元気いっぱいの声を出すが、

「さあさあっ!」

敵チームの盾役三人が今度は開始と同時にヨエルに突っ込んできた。

慌てて後ろに下がるヨエルとそのうしろにいたマルヴィナ。横からミシェルもやってくるが、かまわず突っ込んでくる。しかし、

「チームカァーロッサのポイント!」

審判が有効打を告げる。またもや二コラの矢が敵メンバーの背中に突き刺さった。否、当たっただけだ。

「やったあ!」

ヨエルとマルヴィナが小躍りして喜ぶ。そして相手チームがタイムだ。

憮然とした表情で戻ってくる二コラ。

「こんな矢が当たったところでだな……」

「いいや、よくやったよ」

迎えるモモ。

「よし、じゃあ作戦だ。おそらく敵はこうくるから、ここをこうしてこうして、こうで……」

タイムが終わり、再び開始線に戻るメンバー。

そして、カロッサの勝利がかかった状況で笛が鳴った。

「行け―!」

敵チームは、ヨエルに盾役をふたり、そしてミシェルを完全に無視して二コラに盾役と槍の二人を突撃させる作戦に出てきた。

「逃げて! マルヴィナ!」

ヨエルが振り返りもせずに叫ぶ。二人の敵盾役の一人が、ヨエルを攻撃するフェイトから、さらに後ろにすり抜けたからだ。ヨエルが残ったひとりに槍を構えて正対する。フリーのミシェルもやや慌ててヨエルの加勢に動く。

マルヴィナがとっさに唱えた苦痛の呪文の対象は、そのヨエルが正対している相手だ。しかし、もうひとりの盾役がマルヴィナの眼前に迫っている。

その時、ヨエルの耳元に風の声が聞こえた。

「今だ、踏み込め、槍を突き出せ」

「え?」

と思った瞬間、体が勝手に動いていた。右足が地面を蹴って大きく前へ飛び、左足がドスンと地面をとらえて腰が落ちる。その勢いで出た槍が、相手の武器をかわし盾をかわし、みぞおちに入っていた。

「チームカァァアロッサァのポォイント!!」

審判の声が響き、

審判の声とほぼ同時にうしろでパアンと派手な音が鳴って、マルヴィナのいたーいという声が聞こえた。大会用の柔らかい素材で出来たこん棒で頭を打たれたようだ。

「カロッサの勝ち」

審判の勝利宣言を受け、堂々と帰ってくるカロッサのメンバーと迎えるモモ。

「危なかったよ。ぎりぎりだったな」

モモとハイタッチをかわすミシェル。

「倒した気がしない」

二ポイントをあげても納得がいかない二コラ。

「体が勝手に動いたんだ」

それでもうれしそうなヨエル。

「頭をかち割られるところだったわ」

頭に直撃は喰らったものの、とりあえず勝ててうれしそうなマルヴィナだった。

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