第15話 大陸

 一か月後、夜。


カロッサ城内の定食屋でその日の夕食を終えたあと。

マルヴィナ、ヨエル、二コラ、ミシェル、そしてモモの五人はヤースケライネン教国の首都、ビヨルリンシティめざして、カロッサ王城の港から大型船に乗り込もうとしていた。

「本当に大きいね」

「マルヴィナは乗るの初めて?」

大きい荷物を抱えたマルヴィナとヨエル、船に続く木の板の上を歩いていく。

「村の漁船なら乗ったことあるけど」

「大きい船は揺れも少なくて快適だよ」

と、うしろからモモ。船内を進んで階段を昇り、客室へと向かう。そこは大広間になっていた。

「さあて、さっさと寝てしまおうかな」

そう言うのは二コラ。大広間は雑魚寝のスペースになっており、客は半分ほど埋まっている感じだ。お客の数分だけ毛布が置かれている。

「船酔いを避けるのに一番いいのはさっさと寝てしまうことだしね」

二コラの言葉に応じながら、もう敷布をしいて寝る準備を始めるミシェル。

「船って個室みたいなのはないの?」

やや不満そうなマルヴィナにモモが答えて、

「個室あるんだけど、大部屋もそんなに悪くないよ。何より人がいっぱいいて寂しくない。船賃も招待者側から出ているしね」

「マルヴィナは意外と恐がりだからね……あ痛た」

マルヴィナがヨエルの背中の肉をつねった。


 そうしているうちに、船が進みはじめたようだ。やや揺れ始める。

「でも、確かにこうして五人で寝床をならべて、夜中まで色々話すのも悪くないわね」

「……って、もう寝てる!?」

二コラとミシェルがもう寝入ったようだ。

「この二人はどこでもすぐ眠れそうだね」

そう話すモモはまだ起きているようだ。

「今回乗ったような大型船は、大陸の各港を周回しているんだよ。なるべく陸地近くを航行してるんだ」

「つまり、陸地から離れると何か問題があるってこと?」

「そうだね。海賊船の襲われたり、というのもあるけど、外海は波も高くて気候も荒く、しかも巨大な危険生物がうようよいるらしい」

「へえ、だからあんまり海の向こうへ探検する話を聞かないのか」

ヨエルもまだ起きていた。

「海洋が広すぎて目的となる陸地が少ないことも影響してるけど……」

モモの言葉が途切れた。そして、

「あ、自分で話しながら寝ちゃったみたい」

船が少し陸地から離れたからだろうか、揺れが少し大きくなってきた。

「マルヴィナは船酔いとか大丈夫なの?」

「うん、私平気だよ」

「大型船初めてなのにすごいね。じゃあそろそろ僕たちも寝ようか」

しかし数分後、マルヴィナは気分が悪くなってきた。

「ヨエル……、起きてる?」

「ふぁ? どうしたの?」

ヨエルはちょうど寝入りかけていたようだ。

「わたし、気分悪くなってきた」

「え、大丈夫? 甲板に出て風にでも当たってくる?」

「うん……、そうする」

少し青い顔をしながら、マルヴィナが立ち上がって少しふらつきながら歩いていく。

うす明かりの中、なんとか上に昇る階段を見つけた。甲板に出て、手すりに寄りかかる。そこは外海側だったようで、真っ暗な海が見えていた。雲は出ておらず、空には星が広がっている。

「星空がふだんと違って見える……、船の上で、海に浮かんでいるから?」

しばらくいると、冷たい風が意外と酔いを醒ましてくれたのかもしれない。少しマシになってきた。マルヴィナは再びふらふらと大広間に戻った。

寝床に入ると、船酔いはだいぶよくなったのだが、今度は得も言われぬ不安感が襲ってきた。

「わたしみたいなのが大陸なんかに渡って、ほんとうに大丈夫かしら?」

たいして頭も良くなければ、運動神経も良くないし、とりたてて美人というわけでもなければ性格がすこぶるいいわけでもない。ひとより運がいいとも思えない。そんな自分が、大陸なんかに渡ってほんとうに何かできるのだろうか。

そう思ううちに、どんどん不安感が増して眠れなくなってきた。こんな時、どうすれば良かったっけ? 考えれば考えるほど眠れなくなる。


 気付くと朝だった。

知らないうちに寝入っていたようだ。

「おはよう、マルヴィナ、もう港に着くよ」

ヨエルや他のメンバーはすでに支度ができているようだ。

「うーん、わかった……」

いつもより少し早い時間に起きて、顔をこすりながら眠そうに支度を始めるマルヴィナ。マルヴィナが支度を終え、持ってきた朝食を五人とも食べ終えたころに、船が桟橋に接弦した。

荷物を抱えてやっと陸地に降り立つ五人。地面におりると逆にフワフワする。

「ここから首都までは馬車に乗るんだよ」

船の発着場を通過し、今度は馬車の発着場へ向かう。

「ここから首都は近いのかしら?」

マルヴィナの問いにモモが、

「距離はけっこうあるんだけど、この港から首都のビヨルリンシティまでは高速馬車が整備されているんだよ。道も石畳で広く舗装されているから、距離のわりに早く移動できるんだ」

「それで昼頃についてそのまま予選に参加するんだったね?」

とミシェル。

「ようし、元気が出てきたぞ」

とすでに二コラがやる気を見せている。

「あ、あれがその馬車かな?」

先頭を歩く二コラが停車している馬車を指さした。四頭立ての鉄製に見える車体を持ち、いかにも速そうだ。チケットを見せて乗り込むと、中は六人乗りで荷物を置いても充分な広さがあった。

「うわあ、窓からの眺めもいいや」

ヨエルもこのタイプの馬車は初めてのようでややはしゃいでいる。

「馬車に乗っている間に少し作戦を確認しよう。と言っても大会の要項を読んできたなら問題ないはずだけど」

モモが提案した。

「そうね、今年から大会の形式が少し変わって、予選からチーム同士の対戦になるのかしら?」

「そうなんだよ。以前までは、ほんもののモンスターを連れて来て闘技場で戦ったりして順位を決めていたんだけど、あまりに危険ということで方式を変えたらしいんだ」

モモは色々と情報を仕入れていたようだ。

「ふふ、しかしモンスターと戦えない冒険者なんてなあ」

ミシェルが鼻で笑うが、

「教国もそこは頭が痛いところなんだろ? 若者がどんどんひ弱になっている、って話。大陸の武道大会に呼ばれるたびに聞くよ」

と言うのは二コラだ。

「そう、だから、冒険者大会とひと口に言っても、年々競技的なものになっているみたいなんだ」

「ふうん。でも、あたしはこのメンバーで同年代と戦って負ける気がしないけどね」

「同じく」

ミシェルと二コラにそう言われて、他の三人も心強く感じたのだが、

「だけどね、ひとつ気になるのは、毎年大会のルールや方式が変わるから、今日到着してまたルール変更がないか、それが心配だね」

まあ気楽にいこうぜ、というミシェルの言葉でなんとなく作戦会議も終わった。

「あら? 港町を出ると意外と閑散としてるというか、かなり自然の風景になるのね」

馬車の窓から見える外の景色がマルヴィナの思っていたのと少し違うようだ。

「もっと家がずっと並んでひともたくさんいるものだと思ってた」

「大陸は広いからね、町の郊外に出ると途端に大自然になるところがほとんどだよ。この街道沿いはまだ農地や家があったりするけど、治安の関係で町や街道から外れたところに孤立した家を建てるのは危険なんだ」

「ふうん、そうなんだ」

確かにマルヴィナたちの住むバーナー島でも、離れた場所に一軒家で暮らしているのは確かにあまり見たことがない。

しばらくして、マルヴィナは馬車の揺れでどうやらうたた寝をしていたようだ。他の四人も同じように目をつぶっている。

「あ、あれかしら?」

広い平野の向こうに建物の影が見え出した。

「ん? もう着いたの?」

ヨエルも目を覚ました。

「ほら、あれ。もっと向こうには城郭も見えるわ」

「ほんとだ、手前の町も大きそうだけど、あの城壁どれぐらいの高さなんだろう」

遠くから見てもかなりの高さの城壁を持った城のようだ。そして城壁よりも高い塔や宮殿などの建物が建っているのも見え始めた。


 馬車は、城下町と平野を区切る木の壁を過ぎてしばらくいくと停車した。

「予選は城郭都市の内部ではなくて、城下町のはずれの開けた場所で行われるんだ」

モモが言う通り、そこから数分歩いたところに広いグランドがあり、テントも設営されて多くのひとが集まっていた。

「よし、エントリーしよう」

大会の受付場所には続々と参加者が集まりだしていた。

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