第14話 晩餐会
マルヴィナとヨエルが乗って来た馬車に、モモも同乗することになった。
セレモニー会場から、晩餐会の会場がある宿へ向かう。そして、移動する馬車の中でさっそくその話になった。
「大陸の冒険者大会は聞いたことがあるよ。基本的にチームで参加するから僕はあまり縁が無いと思っていたけど」
とモモ。
「優勝すれば……」
「大会賞金、それから当然冒険者として認められることになるし、それ以外にもいろんな仕事を得やすくなるだろうね」
「そうね。すごく魅力的なんだけど、優勝して大陸で活躍できるようになったら、学校とかはどうなるのかしら」
「そのまま仕事の世界に入っていくひともいるだろうし、大陸の学校に編入してもらう、というのもおそらく可能だね」
うーむ、とマルヴィナとヨエルの二人が腕を組む。
「あ、それでモモはどうなの? 出場してみたい?」
「この件で、もう父とは話してみたんだ。そしたら、大陸で商売を始めるにはもう充分な年齢だなって」
「へえ、そりゃすごい……。と思ったけど、僕もそれぐらいから働いてたかも」
「ヨエル、あなたの商売と規模が違うわよ。たぶん」
「へへ、どうだろうね。じゃあ、二コラとミシェルにはあとで聞いてみよう」
ということで、馬車を下りて、宿のロビー。
「一応師匠に確認はとってみるけど、元々大陸へ修行に出るつもりでいたからね」
と二コラ。
「あたしも、姉たちが帰って来たし、自分が城下町を離れるのは問題なさそう。何より自分の力を大陸で試せるっていうのは面白そうだな」
とミシェルも乗り気だ。
「じゃあヨエルも当然参加だから、五人で行けそうね」
「あ、そうか、僕もメンバーに入っているのか」
ヨエルは自分もその五人に含まれていることを忘れていたようだ。
「で、でも大丈夫かな、僕だと何もできないし……」
「そうね、前回の悪い魔法使いのときはなんだかわからないうちに覚醒したけど、大会で覚醒できるかはわからないからね」
とマルヴィナもその時を思い出すかのように額に手を当てている。
「そうだね、けっきょくヨエル君覚醒のトリガーがよくわかっていない。でも、僕たちだけで何とかなるよ。おそらく大会でアイアンゴーレムが使えるし、二コラとミシェルもいるんだし」
そうこうしているうちに、ロビーに係りのひとが呼びに来た。晩餐会の開始時間が来たようだ。五人で晩餐会の会場へ大きめの馬車で移動する。
「あら、ここは前に泊まったところね」
先日泊まった豪華な宿であることにマルヴィナが気付いた。
「そうだよ、晩餐会はたいていここの一番大きなホールが使われるんだ」
モモを先頭に会場に入っていくと、すでに中では宮廷楽団が演奏する優しい音色と王宮料理が醸し出す高級そうな香りが広がっていた。すでに多くの人が集まっている。
すると、楽団が高らかにファンファーレを演奏し、そして司会の言葉。
「これより晩餐会を開催いたします。本日の主賓、先日の賊徒討伐で功績のあった五名の方々、こちらへお越しください」
司会に呼ばれてフロアのうわてのステージへ向かう五人。
「ささ、こちらから、マルヴィナ様、モモ様、二コラ様、ミシェル様、そして、えっと、あ、はい、ヨエル様となります。皆様盛大な拍手をお願いします」
そして、しばしご歓談くださいの言葉で、五人はフロアに戻った。
「さあ、ここから忙しくなるよ」
そのモモの予言通り、五人のもとに次から次へとひとがやってきた。
「わたくしは城下町で呉服屋を営んでおりまして、衣装などがご入用の際はぜひ」
「カロッサ料理ならぜひうちのレストランまで、配達も行っております」
「この近くで建築業をやっておりまして、家を建てたいのならぜひうちに」
「今ならお安い金利でゼニーをお貸しできます」
「私はこの国で有名人をやっている者です。ぜひ握手しましょう」
気付いたころには五人が散り散りになっていた。
「今のうちだわ」
マルヴィナは、挨拶の波状攻撃がいったんやんでいるうちに、ボーイから飲み物をもらい、テーブルに置いてある食べ物に手を出した。しかし、ひと口食べたところで次の波がやって来た。
「われわれは屍道士ギルドの者です。マルヴィナ様も屍道士志望ということで、この際ぜひ友好を深めさせていただきたく」
屍道士ギルドと聞いてマルヴィナは、今後の自分にとって役に立ちそうだとも感じた。ただ、屍道士ギルドのその十人ほどの集団がみな、黒い衣装にあやしいドクロや人骨のような装飾品をつけていることが少し気になった。
最初は挨拶程度の基本的な情報交換から始まり、そして徐々にリーダー格と思われる男が滔々と屍道について語り出した。それに取り巻きと思われる女性二人が追従する。
「屍道士たるもの、いかに人々の役に立てるか、日々それを考えて修行を積むべきだ……」
「本当に、そのとおりでございますわ」
最初のうちは当たり障りのないどうでもよい話で、マルヴィナも適当に相槌を打っていたのだが、徐々に屍道士ギルドのメンバーがいかに屍体を好きかという方向に向かっていった。さらに、どれだけ期間が経過した屍体が好きかで仲間内で盛り上がりだした。
「やはり死後一か月から二か月が一番いい腐り具合だよ」
「いや、三週間あたりが実は一番いい香りなのだ」
「その点リーダーなんて、死後一年や二年はおろか、数十年経過しているものまで収集しているからね」
「はは、マルヴィナ君、きみも、私のコレクションを一度見に来ないかい?」
そこまで適当に話を合わせていたマルヴィナも、そこでついにキレた。
「ちょっとあなたたち、いい加減食事中にそういう話、やめてくれる?」
急に怒り出したマルヴィナに、ギルドのメンバーが驚いて目を見開き、リーダーもぽかんと口をあけている。
「そもそもね、私は腐った屍体が嫌いなの!」
そのマルヴィナの言葉に、メンバーたちがさらに驚いて目を大きく見開いて、もごもごと何も言い返せないでいると、なにやら会場がざわつきだした。
さきほどから宮廷音楽に合わせて踊り子たちがステージで踊っていたのだが、いったん音楽が止んで、照明が少し落ちたのだ。
「おお!」
そのステージの一角に照明があたり、青みがかった白の衣装を来た、それまた透き通るような青白い肌を持った豊かな黒髪の女性が現れた。
「マルーシャ姫だ!」
そこかしこで声があがる。楽隊による寂し気な曲が流れだし、そして女性が歌い始めた。
地獄の底で
ぬかるんだ泥地
灼熱の砂地
這って進んでいた
祈っていた
ただ祈っていた
だから君と出会えたのだろう
地獄の底に舞い降りた天使
君は言う
好きだと言う
腐り果てた僕を見て
天使たる所以
僕はその光に焼かれ
浄化のすえに
宿命の物語を描き出す
夢見ていた
ただ、夢見ていた
だから君は微笑むのだろう
地獄の底に舞い降りた天使
君は言う
生きろと言う
枯れ果てた僕を見て
天使たる所以
僕の体は水に飲み込まれ
輪廻のすえに
宿命の物語を書き続ける
永遠に
「大陸に古くから伝わる、宿命のレクイエムという歌だね」
いつのまにかマルヴィナの横にモモが立っていた。二人でその歌声に憑かれたように見入る。
そのあと女性は数曲歌い、そして聴衆から大きな賞賛の拍手を受けていた。
歌い終わった女性は、そのままステージから下りて、晩餐会に参加するかたちで参加者と談笑を始めた。
「マルーシャ姫。ヤースケライネン教国、教皇の孫にあたる。まだ若いけど非常に聡明で、もし男に生まれていたら教皇位は確実だったと言われている……」
「へえ、そんなひとがわざわざカロッサに?」
「教皇家の人間は国のエージェントみたいなものさ。今回の兵役の件についてカロッサ王と対談する、というのが公式の話みたいだけど。でも他にも隠れた目的があるのかもしれないね」
たとえば、優れた人材を発掘しにくるとか、とモモが小声で付け加える。すると、
「あ、こっちに来るみたいだよ」
マルーシャ姫が、周囲の参加者に会釈しながら、確かにマルヴィナたちのいる方向へ歩いてくる。近くまできたところで、さきほどの屍道士ギルドのリーダー格が一歩前へ出た。
「わたくしは、カロッサ屍道士ギルドのまとめ役を務めます、姫とお会いできてたいへん光栄で……」
マルーシャ姫はその横を素通りし、マルヴィナの前に立った。
「あなたがマルヴィナ?」
「ええ」
「わたしはヤースケライネン教国のマルーシャ」
マルーシャ姫はマルヴィナの全身を値踏みするように眺めてから、
「ふうん、確かに、見た目は十五歳のただの小娘ね」
「小娘?」
周囲も二人のやりとりを見てざわついている。
「しかし、何かを感じる。わたくしは古くから伝わる占星術なども行うの。そうね、あなたからは、何かとてつもない星のめぐりを感じる、でもそれはすごく不透明で、不確かな、薄いシルク布の様な感触……」
その時、会場にカロッサ王が入ってきたようだ。またどこかで会いましょう、と言ってマルーシャ姫は踵を返した。マルヴィナは、そのマルーシャ姫の華々しさの中に、ただ一点暗い影のようなものを感じていたが、おそらく気のせいに違いない。
晩餐会も終わりに近づき、他の四人も集まって来た。彼らもマルヴィナとマルーシャ姫の会話を見ていたようだ。
「どうしたの、私のほうをジロジロ見て?」
「なんか、マルヴィナとマルーシャ姫の雰囲気が似ているって、みんな言ってたんだ」
「へえ、そうかな? 確かに背丈は同じぐらいの気がしたけど」
「マルヴィナがもっと都会風の化粧をしてればもっと似てたかも……、いてて」
マルヴィナが田舎風で悪かったわね、と手を伸ばしてヨエルのほっぺをつねった。
晩餐会も終盤に差し掛かり、司会からいったんお開きの言葉があった。
「じゃあ、宿に戻って冒険者大会の話の続きをしようか」
モモの提案に四人が頷く。
様々な不安を抱えながらも、マルヴィナは大陸に行ってみたい気持ちが強くなっていた。そして、冒険者大会で優勝した後の大陸での暮らしをつい想像してしまうのであった。
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