第13話 セレモニー

 それから一週間後。


「あら、まあまあの馬車ね」

「こんなのに乗せてもらってほんとにいいのかな?」

「当然でしょ、向こうが招待してるんだから」

マルヴィナとヨエルは黒塗りの豪華な馬車に乗り込もうとしていた。

「中もすごいや」

荷物を足元に置きながら、ヨエルが馬車の乗車室内をあちこち見まわしている。壁や天井に木製の凝った装飾が施され、落ち着いた雰囲気を醸し出していた。

「これだけしっかりしていると、少々の雨でもまったく問題なさそうだね」

しかし、その日は晴天で雨も降りそうもない。ドアが閉まると御者が鞭をふるった。

「でも僕、セレモニーとか晩餐会とか、本当に楽しみだなあ」

「ええ、本当にめんどくさいわ」

「ちょ、ちょっと、御者さんに聞こえるって」

乗車室自体は密閉された構造なのだが、乗車室の窓も開いていてそこから漏れ聞こえることをヨエルは気にした。


 そして二時間後、

カロッサ城に着いたマルヴィナとヨエルは、宿泊する宿の三階の部屋へと向かった。

「なんか狭いね」

どこか古臭い木の香りのする廊下から、ドアを開けて部屋に入った二人。

「確かに前回の部屋より狭いけど……」

中はベッドルームもふたつあって広さも通常の宿のものより二倍ほどあるのだが、前回友人のモモが手配してくれた部屋よりは半分ほどの広さに見えるのであった。

「僕、正装するの久しぶりだなあ。どんな衣装を着させてもらえるんだろう」

一通り部屋を見て回ってから、ソファに座るヨエル。

「あなたはあんまり目立っちゃあダメなんだよ、何もしてないんだから」

「うん、わかってるよ。でも、今回の表彰の話が出た時、マルヴィナはダスティンを推薦したんでしょ? 僕はね、それ、凄いなと思ったよ」

「何が凄いのよ。だってダスティンがお膳立てしなかったら私たち、何もできなかったじゃない?」

マルヴィナが窓を開くと、その三階建ての宿の中庭の景色が見えた。前回はもっと高い位置から海岸の絶景が見えたのだが。……そっと窓を閉めるマルヴィナ。

「確かに多少の功績はあったかもしれない、だけど、自分はもう職を得ている身だ、こういうことをきっかけに若い人たちがチャンスを掴むべきなんだ、って僕もいつかそんなセリフ言ってみたいなあ」

マルヴィナはヨエルと同じように向かいのソファに横になった。

「村長と校長が我々も何かしらの賞を受けるべきだって詰め寄ってて笑えたね」

「……うん、あれだけ反対しておいて、どの口が言うんだ、って言いたそうな顔をマルヴィナがずっとしてた。僕はそれで笑いをこらえるのに必死だったんだよ」

と、思い出してまた笑いそうになっているヨエル。

何それあなた稀にいいこと言うわね、とマルヴィナが言いかけたところでドアがノックされた。

「担当のひとが来たみたいだよ、着替えに行こう!」


 それから小一時間ほどかかって、やっとマルヴィナが宿の玄関に出てきた。

すでに灰色の正装をしたヨエルが待っている。

「わっ、マルヴィナか、な、なんかすごいね」

マルヴィナは黒と紫のドレスにかなり濃い目の化粧もしていた。

「なんかもっといいドレスがあればよかったんだけど……、どうかしら?」

「ぼ、僕はどちらかというとふだんのマルヴィナのほうが好きかな?」

「え、何? こんな時に好きだなんて」

なぜか顔を赤くしているマルヴィナを尻目に馬車に乗り込むヨエル。

セレモニーが行われる場所はカロッサ王城の隣の巨大な建物だった。待っていた係りの人に案内されて、正面の大きな入口ではなく、側面の入口から入る。通されたのは控え室だ。

「あ、先客がいたよ、ここじゃなかったか」

部屋に入ろうとしたヨエルが控え室のドアを閉めようとするが、

「いえ、ネルリンガー村のマルヴィナ様とヨエル様であればこちらであってございます」

係りのひとがそう言うので、あらためてドアを開けて二人で入っていくと、

「あ!? ああ!」

一人は青いドレスを着てこれまた派手に化粧した二コラ。やあと挨拶する。が、もう一人は金髪に金色のドレスを着て、振り返りもしないのだが、この体格からして、

「ミシェルか!?」

ミシェルは振り返ったが恥ずかしそうにうつむいている。その様子をみて、

「で、でも、ミシェルも痩せたら凄い美人だよね……いてて」

ヨエルが言い終えるまえに、何を言っているのとマルヴィナが腹を小突いた。

その時誰かが控え室のドアを開けた。

「あ、すみません、間違えました」

と言って閉めてしまったが、

「今のモモ君だよね?」

ヨエルが気付いて、慌ててドアを開けてモモを呼ぶ。

そして、宮廷屍道士の白い正装をしたモモがニコニコしながら入って来た。

「やあみんな、部屋を間違えたのかと思ったよ」

四人を見渡して、

「マルヴィナも、二コラも、ミシェルも、そしてヨエル君も、とても衣装が似合っているよ」

そう言われてやっとミシェルの顔も明るくなった。

「あたし、本当は一度断ったんだけどね」

「ミシェルは腕の太さのわりに腰まわりが締まっているから、合うドレスがなくてこの数日で職人が急ぎで作ったんだよね」

二コラの言葉にミシェルも反論する。

「二コラ、そういうあなたも貸衣装では合いそうもないから自分のを持ってきたんでしょ?」

「へえ、二コラ、ドレスなんか持ってたんだ」

「ぼ、僕は女の子だからドレスぐらい持ってるよ!」

二コラが顔を赤くする。

それからしばらくして、係りのひとが呼びにきた。

「よし、じゃあ行こう!」

モモを先頭に、五人が部屋を出て、会場へ歩き出した。


 セレモニー会場にはすでに多くのひとが集まっていた。

会場の一段高い場所には玉座も設置され、王が威厳とともに座っていた。

マルヴィナたちが所定の位置に着くと、すぐに楽隊によるファンファーレが鳴り響き、そのあとカロッサ国の曲が演奏された。

「これより、授与式を行います!」

司会の声が高らかに響く。

「ここにおられる五名、マルヴィナ・メイヤー、二コラ・ニコロディ、ヨエル・ヨナーク、ミシェル・グシコフ、モモ、ナクラーダルは、先日のネルリンガー村における賊徒の襲撃に対して、村を守り、賊徒を撃退することに関して多大なる貢献がありました。ここに花々しく表彰いたします」

係りのひとから王の前に進むように促された。王が立ち上がり、マルヴィナの前にやってくる。王は勲章を受け取り、にこやかに微笑みながら、それをまずマルヴィナの首にかけた。

「よくやった」

そういって手を差し出し、握手した。

最初、玉座に座っているときは威厳のある王に見えたのだが、こうしてにこやかにしていると普通の老人に見える、とマルヴィナは感じた。権力者とは、意外とそういうもの、意外とふつうのひとなのかもしれない。

司会の言葉が続く。

「授与式については以上となりますが、ここで急遽お知らせがあります。本日さきほど、ヤースケライネン教国より、一通の招待状を受け取りました。なんと、彼ら五人を一か月後の学生冒険者大会に招待したい、というものです!」

そこで観衆から拍手が沸き起こり、マルヴィナたちも少し驚いている。

係りのものから一人にひとつずつ、大会の参加チケットと、要項が書かれた冊子が渡された。

「今後もぜひ、カロッサ国の若手の活躍にご注目ください! それではセレモニーを終了します。夕方からは晩餐会も開催しますので、場所をご確認のうえお集まりください」

司会の閉めの言葉でセレモニーが終わった。

「じゃあ、宿に戻ってしばらく休憩しよう」

二コラとミシェル、そしてモモも同じ宿に宿泊だ。五人は馬車に分乗して宿に戻ることになった。

マルヴィナは、その冒険者大会について彼らと話したくてしかたなかった。

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