第12話 決戦
マルヴィナがベッドから起き上がると、汗びっしょりになっていた。
最後に見ていた夢の場面は、自分が巨大な火の柱に焼かれているところだった。微熱があるのか、頭が少しぼうっとする。風邪を引かないように昨晩たくさん着込んで寝たのが裏目に出たのかもしれない。
「え? もうこんな時間?」
部屋の振り子時計を見ると、もう昼前だ。慌ててベッドから飛び出て着替えをする。
キッチンへ行くと母親が食べるものを用意してくれていた。
「そのまま持って行って食べなさい」
卵のサンドイッチを紙に包んでそのまま家を出る。
「マルヴィナ! 一緒に行こう!」
ちょうどヨエルも玄関から出てくるところだった。ヨエルが玄関扉の横に立てかけてあった槍をつかんで一緒に走る。
「あなた遅刻よ」
「朝うちにダスティンが来て、『敵が来るまで起こさなくていい』って言いに来てくれたらしいんだ」
そうか、だから自分も母親に起こされなかったんだ、と納得するマルヴィナ。
「ヨエルのお母さんは?」
「今日は仕事もできないし、近くの大きな家に避難したよ」
自分の母親は避難もせずに家にいることに少し不安になるマルヴィナ。
中央広場ではすでに態勢が整いつつあった。ダスティンが指揮を取っている。
「マルヴィナとヨエル君か、ちょどいい、敵の偵察と思われる騎影が見えたと報告が入ったばかりで起こしに行こうとしていたところだ。敵はおそらくもうすぐやってくる」
「おーい!」
南口から誰かが走ってきた、皮製のもので武装したとても体格の良い……、女性だ。
「ミシェル!?」
マルヴィナたちの前に来て少し肩で息をしているが、
「すまない、遅くなった、城下町から走ってきてね……」
「え? 走って来たの!?」
装備のまま村まで走ってきたならとんでもないスタミナだ。
そのまま広場のわきにある仮設のテント下テーブルへ移動する。そこですでにモモと二コラが村周辺の地図とにらめっこしていた。
「城下町のミシェルが来てくれたが、すでに知っているかな」
ダスティンの問いに、もちろんとか、おはようといった言葉が返ってきた。
「じゃあ、少し配置を変更しよう」
ダスティンが地図上の地点を指し示しながら、
「まずは昨日と同じ、敵を少しづつ引き込む作戦でスタートする、モモは南口の隊に入ってくれ」
わかった、とモモ。
「騎馬の突撃に対して一騎ないし二騎をわざと通す。通したあとに村の中でそれらを倒す」
と南口の地点から村の中央広場へ指でなぞる。
「そうすると、焦った敵は……」
「魔法使いを先頭に全兵力で前面突破を図ってくる」
その通り、とダスティンが二コラに人差し指を向ける。
「そうなると、僕のアイアンゴーレムでは防ぐことが難しいな」
「そう、相手は火属性だからね。なので、魔法使いはわざと通して、そのあとの敵を全て防いでくれ」
「わかったよ。先に通った魔法使いを村の中で孤立させるわけだ」
「魔法使いと一緒に何騎か突破するだろうが、その護衛の賊をまず倒す。そして、護衛のいなくなった魔法使いを中央広場にいる全員で倒しにいく」
「それならやれそうね」
昨日の夜から不安だったマルヴィナの目に、少し自信が満ちてくる。
そこに武装した村人が一人走り込んできてダスティンに敬礼した。
「南隊より伝令ー! 敵騎兵を確認、総数四十騎前後、首領の魔法使いも確認しましたー!」
「よし! モモより作戦内容を伝える、以上!」
行ってくる、といってモモが南隊の伝令とともに村の南口へ走りだす。テントの脇に座っていたアイアンゴーレムもそのあとについていく。
「よし、われわれも配置に付こう」
ダスティンと二コラが東西の建物の陰に隠れ、周囲に予備の村人十人が槍を構え、中央広場にマルヴィナとヨエル、その前にミシェルが大きな盾に槍を抱えて、いつでも来いと仁王立ちとなった。
南口から鬨の声があがり、そのあとさっそく賊が二騎走り込んでくる。
が、二コラが放った矢だろうか、一騎が落馬、中央に走り込むもう一騎。
「ふんっ!」
ミシェルが気合いとともに前に出た。
彼女が持っている、特殊な盾と槍は、対騎兵のものだ。馬の正面に回り込んで、盾の側面に点いた切り欠きに槍をひっかけた。どんぴしゃのタイミングと方向で、盾の下部と槍の柄を地面に突き立てる。すると、穂先は賊の男の胸の中央にあたり、男は勢いのまま跳ね上がって大きく弧を描きながら、中空をミシェルの後方へ吹っ飛んでいった。
馬だけが地上を駆け抜ける。
「ようし!」
ミシェルが太い声をあげたとき、南口で轟音とともに火柱が上がるのが見えた。
「あいつら、二回目の突撃から総攻撃する気だ」
ミシェルが手をかざして南口を眺める。防戦側はやや意表をつかれたかたちだが、
「くるぞー!」
ダスティンの声に中央広場のメンバーがよしと応えて気持ちを入れなおした。
馬蹄の音で地面を震わせながら入って来たのは四騎。そしてそこには、マルヴィナとヨエルが村の裏山で見たあの魔法使いもいた。
「下人どもめ! 早々にこのチャデク様に降参せよ!」
邪悪な魔法使いの甲高い声が村中に響く。だが、
「んぐっ!」
先頭を走っていた一騎、男の脇腹に二コラの放った矢が突き刺さり、そして男が落馬した。そしてもう一騎がダスティンの矢で落馬。もう一騎に予備兵が群がり、鎧の隙間に槍の穂先が何度か突き刺さる。
魔法使いが中央広場あたりにくるころには、護衛の賊たちは全て倒されていた。ミシェルの手前で馬を下りる魔法使い。その身長が思ったよりも高い。
「くぇーっかっかぁ! 護衛どもは呪文を唱えるのに邪魔だったのだ!」
予備兵が魔法使いに群がろうとすると、いきなり複数の火の玉を周囲に放った。接近していた何人かが直撃を食らい、火を消そうと地面を転がりながら逃げる。
「予備兵を下げさせろ!」
ミシェルが叫んだ。いつの間にか武器を小型の盾、右手にはメイスと呼ばれる棒の先に鉄球の付いた打撃武器に持ち替えて、魔法使いと正面から対峙し、いつでも飛び込むぞと構えている。
「予備兵下がれ! けが人の回収! その他は消火活動だ!」
その状況にダスティンが慌てて指示を繰り出し、そして自身も弓を捨てて走りだす。
ミシェルがじりじりと間合いを詰め、魔法使いの正面から目が合った。
「こ、こいつ……、人間じゃない!?」
弓を捨て、剣を腰に敵の背後を窺っている二コラも異変を感じていてた。明らかに火球が狙って飛んでくる。
「おかしい。やつの背後から迫っているはずなのだが……」
そのころ、マルヴィナとヨエルも、二コラとは別の方向から魔法使いの背後に回ろうと動いていた。
「後ろからなら火の玉もきっと来ないよ。私が苦痛の呪文を唱え始めたら、槍で突っ込んで!」
「うん、わかった。でももしこっちを向いたら、躊躇なく下がるからね!」
ヨエルには、自分の槍でちょっかいを出して魔法使いが気を取られてくれれば、そこにミシェルが技を決めてくれる、という期待があった。
そこに金属音を響かせて走り込む者。
「おーい! 残りの騎兵は全員降参したよ!」
アイアンゴーレムと、そのうしろからモモもやってきた。
「勝負ありね!」
マルヴィナが苦痛の呪文の詠唱を開始し、ヨエルがぎこちなくも槍が届きそうなところまで進み、アイアンゴーレムの姿を確認したミシェルがチャンス到来とばかりに先に仕掛ける。
しかし、
「なにぃ!?」
戦士の渾身のシールドによる突進を両手で軽く受け止める魔法使い、追い打ちのメイスの一撃も長い腕を使って絡み取られるように防がれる。
その時、
「手が足りん!」
という魔法使いの言葉とともに、黒いローブを突き破って魔法使いの背中から二本の腕が飛び出した。後方のアイアンゴーレムやモモ、そして間合いを詰めようと走り込んでいた二コラへ、増えた手のひらからさらに火球を浴びせる。
「なんだ?」
とっさに回避行動に移る二コラとモモ。アイアンゴーレムは無理やり接近を試みるが、大量の火球を受けてどんどん勢いがなくなる。
その時、
「はっはーっ! おまえだー!」
魔法使いの顔がありえない方向へ回転し、大きく口を開けた。その口から火球が発生し、飛翔しながら巨大に膨らむ。その行く先はマルヴィナの立っている場所。
「ぅわーっ!」
棒立ちのマルヴィナを押しのけるようにヨエルが炎の前に出た。ぶわりと炎が包み込み、そしてそのままにうつ伏せに倒れるヨエル。
「ヨエルー!」
マルヴィナは、自身も少し焼かれながらもヨエルに近づいて跪き、倒れたヨエルを抱き起こす。
「ヨエルぅー!」
もう一度叫ぶが、煙をあげてぐったりして反応しないヨエル、顔についた炭を払い落そうとして、それが皮膚が焦げたものだと気付く。まだ熱いのも気にせずに抱きしめた。
「死なないで! 死んじゃいやだよー!」
魔法使いの正面、ミシェルはその状況に目を奪われていたが、顔を左右に振って気をとりなおし、距離をとってもう一度メイスのタイミングをはかって飛び込む。だが焦って大振りになってしまっている。
「くそっ!」
相手の長い腕がインパクトのタイミングの前に伸びてきて絡み、のれんを腕で押しているかのようにうまく打撃が入らない。
その魔法使いの後方で、
「モモ、さがれ!」
アイアンゴーレムが膝を落として完全に動きを止めたのを見て、モモにさがるように叫ぶ二コラだが、自身も何度か火球の直撃を受けている。しかし、飛んでくる火球の数は増える一方だ。
「これ以上やれば……、僕たちはここで死ぬのか?」
その考えが人間たちの頭の中をよぎったとき、
「ぎゃああああぁー!」
魔法使いが悲鳴をあげた。見れば、そこかしこからちろちろと赤や黄や青の炎を勢いよく噴き出し始めている。
「このような心地よい目覚め、丁重に返礼させていただこう。でなくばわが気が済まぬ」
魔法使いのそばに誰かが立っている。
「あぁ!?」
マルヴィナはその時になってやっと、自分の腕の中のヨエルがいなくなっていることに気付いた。
「お、おおお、おまえはなぜ火の眷属が使える? 一体何者だ!?」
チャデクと名乗った魔法使いが、初めて動揺の色を見せた。
「我の名は、獄炎の剣士ディートヘルム。そなたの火徳、しもべどもがおいしくいただいたぞ」
ヨエルの姿をした男が名乗った。
「ま、ま、待て待て、待てぃ! 加重な火は、いかんぞいかんぞ! やめるのだー!」
その時マルヴィナは、腰に止めてある護身の剣がカタカタと揺れているのに気付いた。うわんと耳鳴りがひどくなり、めまいがしてくる。
「ここにもおれに食わせろとうるさい奴がおるわ」
いつの間にかその男がマルヴィナの横に立って、手を差し出している。マルヴィナはとっさに護身の剣を腰から外して男に差し出した。
その護身の剣を握ったと思った瞬間、すでにその男は魔法使いの横にいた。
「辞世の句はいらぬ」
その言葉が終わらぬうちに、魔法使いの首が飛んだ。いつ剣を抜いたのか、まったく見えなかったのは、あたりに漂う煙のせいだろうか。そして、
パチン、と男が剣を鞘に納めると、首のない体が両のひざを着いた。すると、バチバチと大きな音を立てながら、ゴロンと転がった魔法使いの首と体がローブごと燃えて、炭も残さず完全に消えてしまった。
「これが私の言っていたその現象です」
と言わんばかりにマルヴィナがミシェル、二コラ、そしてモモと目を合わせる。
「では、しばし眠りにつくとしよう」
男は焼け焦げた周囲を見渡し、比較的きれいな場所を見つけると剣を抱えて座り込んだ。
「ちょ、待って、あなたは……。いえ、あなたは……、その、どうやったら出てくるのですか? なんかきっかけを教えてよ」
マルヴィナが前回のように男が寝てしまう前にいろいろと聞き出そうと試みるが、
「物の理を知らずにおれを呼び出したか、ふふふ、面白い。しかし、それを知ってどうする? おれが敵を倒し、お前が生き延びる。それ以外に何があろう……」
男はすでに眠りについていた。その寝顔に、なぜか火傷のあとも残っていない。
そして、静寂が勝利を告げていた。そのことに、一人、また一人と気付き出していた。
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