第11話 奇襲
暗い林の中を、微かな星灯りだけを頼りに進む。
「待って」
二コラが、マルヴィナとヨエルにその方向を指し示す。大きな木のかげからそちらを見ると、
「そこに大きな船が見える、かたちからしてたぶん揚陸船だな」
マルヴィナとヨエルが目を凝らしてみるが見えない。二コラは暗闇でもかなり目が利くようだ。
「見張りがいないか気をつけながらもう少し進んでみよう」
海からの少し冷たい風と、波音も聞こえてくる。
船のある位置から少し内陸、大きな岩が連なった場所に出て、二コラが先に見に行く。岩を少し登ったところで二コラが手招きするので、マルヴィナとヨエルも岩場を登ると、
「ほら、あそこで賊たちが夜営をしているようだ」
たくさんのテントが設営され、かがり火が焚かれている。しかし、人気がない。
「この時間に寝ることもないだろうし、どこにいるんだ?」
少し周囲を見てくる、と言って足音を殺して二コラが行ってしまった。そして数分後に戻ってきた。
「彼らは向こうの浜でたき火を囲んで集会を行っていた。おそらく村攻略のための作戦会議だと思う。ざっと見て四十人弱、魔法使いの姿も確認できた」
「でも、こっちは三人しかいないし……」
「そうね、ヨエルが覚醒してくれない限り厳しいわね」
「船に火を放って破壊しよう。見張りの数にもよるけど、破壊して逃げ切れるだけの距離はあると思う」
「うん。火を点けるための油と火打石、それから捕縛用の縄もちゃんと持ってきたよ」
船が見える地点までやってきた三人。
「ここでいったん準備と打ち合わせしようか」
ヨエルがバッグを下ろして中から必要な道具を取り出す。
「だけど、一応念押しで確認しとくよマルヴィナ」
と二コラが前置きした。
「船を使用不可能にすると、彼らは予備の船を持っていない限り補給を受けたり本拠地に帰ることができなくなる」
「つまり……」
「賊たちの余裕がなくなって総力戦になる可能性が高い。要はその覚悟をする必要があるってこと」
その二コラの言葉に、腕組みをしてあごに手を当て少し考えるマルヴィナだが、
「でも……、どっちみち総力戦にはなるんでしょ? だったら、早いほうがいいわ」
「わかった。僕はマルヴィナのそういうはっきりしたところが好きだな」
「え、そんな、好きだなんて、こんな時に……」
たぶんそういう意味じゃないよ、とヨエルから横槍を入れられる。
「よーし、やる気が出てきたぞ! 僕ね、君たちと出会ったあたりから、何か自分が想像もしないとんでもない未来に進んで行きそうな、そんな気がしたんだ。じゃああいつらの船ぶっ壊して、明日は魔法使いもぶっ倒してやるか!」
二コラが思ったより大きな声を出してしまったらしく、慌てて三人で周囲を確認しながらしゃがみ込む。
「うん、ごめん、大丈夫そうだ」
ふだんは冷静そうな二コラだったが、たまには興奮もするようだ。
「じゃ、あらためて、作戦開始しようか」
野営地より遠い北側から敵の船に近づくため、林から海岸近くまで出る。
左手に見える海は黒い塊となって低く緩く打ち寄せ、昼間とまったく異なる様相に近寄りがたい。遠くを見通すと雲がないのか星が見えて、海と空の境界をわかりやすくしていた。
「大きいね」
まだ船まで遠いが、その船影が意外と大きく見えてヨエルが思わず口に出した。
「夜の海効果よ。夜の海にあるものは何でも大きく見えるのよ」
最後尾を歩いていたマルヴィナ。
「何それ、初めて聞いたけど……」
ヨエルが言い終わらぬうちに、先頭を歩いていた二コラが止まるように手で制した。
「見張りがいる」
二コラが囁くような小さな声で言う。
マルヴィナとヨエルが必死に二コラの指さす方を見るが、暗くてはっきりしない。しかし、少しずつ近づいていくにつれて、船の周囲の状況が見えてきた。
「あそこに見張りがいる、たぶん居眠りしている」
二コラが指さすあたりに、少し小柄な男が座ってうつらうつらとしており、暗いながらも顔がわかった。少し間の抜けた感じ。おそらく作戦会議に出席もさせてもらえず見張りを任されたのだろう。
「波音があるから近づいてもたぶん起きないよ」
そう言う二コラに従って、近くまでそろりそろりと歩いていく三人。
「縄を用意してくれるかな?」
という二コラの言葉に、バックパックをそっと砂地に下ろして縄を取り出すヨエル。
二コラは男の背後に回り、一呼吸おいたのちに両手の手刀で男の首の根元あたりを打った。打たれた男は瞬時に目を見開いたが、声も出せない。二コラはすぐさま襟を掴んで男を砂地へ組み伏せた。
「打たれると声が出なくなる場所があるんだよ」
そう言うと、渡された縄で器用に男を縛っていく。声を出せないように口元も縛って、
「少しかわいそうだが、向こうの木の陰にでも転がしておこう」
そうして三人で運んでいって、ついには転がされる男。少しもがくが、
「動いたり声を出すと殺すよ」
なぜかひどく優しい声で男に囁く二コラ。それがかえって恐かったのか、まったく動かなくなる男。
「よし、船の中に忍び込もう」
船は船首の部分が前に倒れる構造をしていた。
その船首が浜に倒れた状態。上陸した状態でそのままわざと放置しているのか、それとも何かの理由で動けなくなったのか。
その入口部分は広く、騎馬の五、六騎がゆうに並べるぐらいだ。船の船室は後方側に設置されているため、奥へ入っていかないといけない。
「船を航行不能にするには船室に火を点けたほうがよさそうだけど、だいぶ奥にある、君たちは入口付近で見張っていてくれ」
わかった、とマルヴィナとヨエルが応えて、入口あたりで装備を構えて周囲を警戒する。
揚陸船の奥へと進む二コラ、船室あたりにも人の気配はない。
「このタイプの船は、燃料に薪を使うはず……。あった!」
船室のうしろに大量に薪が積んであった。それを抱えて運んで船室内へばらまいていく。ちらりとマルヴィナとヨエルのいる方を見るが、特に動きはない。
「こんなもんでよしっと、油を撒いて……」
油を撒いたあとに、持ってきた綿の塊に油を染み込ませる。
「火を点けて、と」
いったんポケットの中の火打石を取り出そうとしてやめた二コラ。かわりに指をパチンとはじく。すると電撃の火花が散って、油を染み込ませた綿に火が点いた。それを積み上げた薪の下に置くと、わらわらと火が伝わっていく。
小さな電撃を起こすのは子どものころから使えた不思議な技だが、親からもひとに見せてはいけないと言われていた。
「もう少し……」
種火の状態からしっかりと火が回るまで見守りたい。また船首のほうを見る。
「二コラ!」
船室に戻ろうとしたとき、ヨエルが呼ぶ声が聞こえた。
「気付かれた!」
マルヴィナとヨエルが大きな身振りで敵が近づいてきていることを伝える。
「走れ!」
方角を示しながら、自身は船壁へ走る二コラ。船室は外目にもわかるぐらいに燃え広がって来た。火のまわりが充分なのを確認した二コラ、すぐに身長の倍ほどもある船の側壁を駆け上ると、海へ飛び降りる。飛び降りた先の水深は膝ほどで、そのまま走りだす。
すぐにマルヴィナとヨエルに追いついた二コラ。二人の前を出ながら、
「このまま林に走り込もう!」
気付いて追ってきた賊たちは、何人かは船のほうに回ったようだが、まだ数人が追ってきている。
「馬も追ってきているが……、林の中で僕を捕まえるのは無理だよ!」
と言って二コラが走る速度を少し緩めた。
「木が避けてくれてるの!?」
マルヴィナがそう思ってしまうほど、林の中で三人は遮るものなく進んでいた。暗い中、なぜか木の根でつまずいたりもしない。
しかしその後ろで、追ってくる男たちに、ちょうどうまい具合に風が吹き、木々の枝や葉が邪魔をする。マルヴィナたちと賊たちの距離は開く一方だ。
その時、遠くのほうでドーンと大きな音がして、巨大な火柱があがるのが木々の隙間から見えた。
「ははっ、無差別に魔法を使っているようだが、この広い林の中で当たりはしないよ」
全力疾走するわけでもなく悠々と、しかしさらに距離を引き離す。火柱はそのあと数回続いたが、それも遠くなった。
その後村に帰り着いた三人は、村の南口へ回った。そこは夜も交替で二人の村人が見張りをしており、二コラが簡単に状況を伝えた。
「彼らは追ってこないかしら」
マルヴィナが心配するが、
「賊たちも今日の戦闘で疲れている。おそらく今夜は攻撃してこないだろう。それに、僕が見張りに立つ」
という二コラ。
「寝なくて大丈夫なの?」
二コラのことを心配するマルヴィナとヨエルだが、
「大丈夫、僕は警戒しながら体を休める技術を持ってるんだ」
二人に家に帰ってベッドで休むように促す二コラと、何度か振り返って感心した表情で見つめるマルヴィナ。
しかしその道すがら、
「これで寝て起きたら、もう戦いなのね……」
マルヴィナは徐々に高まってくる緊張感を明らかに感じていた。
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