第4話 遭遇

 その日もマルヴィナは畑で獲れたニンジンを持って裏山へ行こうとしていた。


「あ、マルヴィナ、おはよう、どこいくの?」

ちょうどヨエルが家に戻ってくるところだった。

「裏山の兎に餌あげにいくんだ、ヨエルも行く?」

「うんいいよ、ちょうど朝一番の仕事も終わったところだし」

二人して裏山に登ることにした。

風もなく乾燥してすっきりとした気持ちのよい朝だった。鳥たちの姿もそこかしこに見える。

そしてマルヴィナの隠れスポット。

「へえ、こんなところがあるんだ、あ、兎いるよ」

「ほら、こっちおいで」

マルヴィナが声をかけるがあまり寄ってこない。ふだんあまり見ないヨエルもいるからだろうか。

「とりあえずここに置いておこう」

ニンジンを置いて餌やりを終えようとしたところ、マルヴィナが何かに気づく。

「え? 何あれ? ちょっとヨエル、隠れて」

遠くから黒い集団が近づいてくるのに気付いてヨエルとともに藪の中に隠れる。

「今の見た?」

「なんか黒い騎馬の集団に見えたけど……」

「しっ、静かにして、こっちに来るよ」


騎馬集団が作り出す低い地響き。ちょうどマルヴィナたちのいる藪の前あたりまで近づいて来た。太陽が雲に隠れたかのように周囲の雰囲気も暗くなり、動物たちも姿を消した。

「クククッ、次の標的はあの村か。一気に焼き払ってくれてやる」

キンキンとやや人間離れした甲高い声。馬に乗り、三角帽子をかぶったがいこつのような顔をした魔法使い。その魔法使いが率いる明らかに不穏な見た目の騎馬集団。

「チャデク様、この村に護衛などいたらどうしましょうか」

魔法使いの部下が尋ねる。部下たちは皆山賊のようないで立ちで、鎧の上に赤やら青やら、人々から奪ったものだろうか、様々な色の布を纏わりつかせている。

「そんなもの、この大魔道士チャデク様の業火で一瞬に焼き尽くしてやるわ、クァーカッカ」

そう言って手を頭上にかざして何か唱えると、小さな火球が出現。

それがみるみるうちにおおきな火球へと。

「よし、おまえたち、一週間後に決行する、準備を怠るな、ケケケ、クァーカッカ!」

そう言い終えると、巨大な火球はスルスルとしぼんでしまった。そして三角帽子とその部下たちが、馬を操ってもときた方向へと戻っていった。あたりはまた急に明るくなった。


マルヴィナとヨエルは、黒い集団が去ったあとも恐くてしばらく動けない。

「もう大丈夫かな?」

「気を付けてよ? まだその辺にいないかよく確かめて」

ヨエルが藪から出てあたりを見回す。

「うん、もう出てもよさそうだ……」

そう言いつつも、ヨエルは膝がガクガクしてうまく歩けない。マルヴィナも立ち上がろうとして膝の震えがヨエルよりひどい。

「マルヴィナ、大丈夫かい?」

「だ、大丈夫よ。あなたこそしっかりしてよ」

ヨエルにまで笑われてしまったので怒ってみせたが、なにせ恐いものは恐い。

「あの魔法使い、マルヴィナの魔法じゃあ勝てないの?」

「うん、たぶんね」

このあたりに屍体があるかわからないし、そもそもゾンビがうまく機能するかわからないし、痛みの呪文で相手を少し苦しませている間にあの巨大な火球が飛んできて丸焼けにされるイメージしか頭の中に浮かんでこない。

ビクビクしながらも二人でなんとか山を降りた。


 村に帰り着いて、まずマルヴィナの母に話してみることにした。

「そうねえ、私から村長に話してみるから、あなたは学校に行って新しい先生に相談してみたら?」

マルヴィナの母はあまり驚いた様子は見せなかった。

「でもマルヴィナ、ひとつ分かっておいて」

そう言って母親が、姿勢を正してマルヴィナを正面から見る。

「もしその相手と戦うとしたら、この村にいる魔法使いはあなた一人よ、あなたが表に立って戦うことになるのよ」

確かにこの村には魔法を使える人間はマルヴィナしかいない。

「わかってるよ」

言葉ではそう答えつつも、まるで実感が湧かない。何かあったら、誰かがなんとかしてくれる、自分が表舞台に立つなんて。

「それに、あなたたちもわかっていると思うけど、今は大陸の教国との盟約でこの村からも兵士を差し出しているでしょう? だから、村の護衛として戦ってくれる人手も減っているわ」

「どこかから応援を頼んだほうがいいってことね」

「僕も母さんにひと言伝えてから、何か出来ることを手伝うよ」

「うん。なんか、兎の手ですら借りたい気分」

やっぱりそうだ、自分は多少手伝うけれど、自分が先頭に立って何かをする必要はない。ウサギの手はさすがに借りれないだろうけど、伝えるだけ伝えたあとは、誰かがやってくれる。

さっそく学校へ向かう準備をした。


 その後、学校に着いたマルヴィナは、教室に向かわずに職員のいる部屋へと向かった。

「ダスティン先生いますか?」

ダスティンも丁度授業を始めるための準備で部屋にいた。

「ん? どうしたマルヴィナ?」

そこで経緯を急いで説明する。ちょうど校長先生はそこにおらず、他に人がいない状況で頼りになりそうな相手に説明しきってしまいたかった。

「そうか、なるほど……」

そう言ったあとに、ダスティンは一番気になるところをマルヴィナに尋ねた。

「まずひとつ確認したいのは、その三角帽子の魔法使いにマルヴィナは今のところ勝てる見込みがあるのか、というところだな。例えば一対一で戦った場合」

「今の私が戦ってもとても勝てる気がしないわ」

マルヴィナは正直に答えた。

「そうすると、応援が必要だな。その相手、例えば並みの魔法使いが何人いれば確実に勝てると思う?」

「うーん、私の直感だけど、それなりの使い手に見えたから二人いれば互角かまだ勝てないかも。三人いればかろうじて勝てるかな?」

「そうすると確実に勝つにはマルヴィナ入れて四人はほしいところか。そしてもうひとつ大事なこと」

手下の総数だ。

「すぐ藪に隠れたからあまりしっかり確認できなかったけど、十以上は確実にいたと思う、でも三十もいなかった気がする」

「そうすると最低でも二十騎前後を想定したほうが良さそうだな」

ダスティンは少し考える素振りを見せたあと、

「じゃあこういうのはどうかな」

ダスティンが島の地図を取り出した。彼の案は、マルヴィナとヨエルが隣の港町、その先の城下町と城に出かけて行って、一人づつ応援に来てくれる人を探す、敵の騎馬隊については数をうまく減らす作戦を考える、というものだ。

「条件としては、それなりに戦力となりそうな人、だな。もちろん私も一緒に行きたいところだが、村に残って防衛の準備をしたい。村長の手紙が必要になると思うが、それは私から村長に頼んでみよう。賊が来るまでに一週間しかない、さっそく明日出発ということでどうだ?」

さっそく行動しなければいけない展開に、マルヴィナの頭の中にあの大きな火球がちらついた。

「ちょ……、待って。今さらだけど、私も戦うの?」

そのマルヴィナの言葉に、ダスティンは強い眼差しで頷いた。

「君ならきっとできる」

その眼力の強さに、マルヴィナも頷くしかなかった。

「私とヨエルの二人で説得できるか、ちょっと心配だけどやってみる」

そこに校長がやってきたので、マルヴィナはいったん教室へ行くことにした。そしてけっきょく朝の授業は自習になった。今回の件をダスティンが校長に説明してくれたようだ。


 そして一時間後、マルヴィナが別室に呼ばれた。

そこにはダスティンと校長先生、そしてネルリンガー村の年老いた村長がいた。

「マルヴィナか。今回の件、私が今日中に三通の手紙を書く。それをそれぞれ港町と城下町の町長、そしてカロッサ城にいる王様に渡すがよい」

そう言ってしばらく咳き込んだあと、

「しかしわしは出来るだけ戦いにならない方向で考えたい。例えば賊に謝罪したうえで多少の金品を与えるだけで引き揚げてもらえるならそのほうがいい、とにかく命が大事じゃ。そなたとヨエルが戻ってきたら、結果を踏まえてどうするか皆で検討することとしよう」

マルヴィナはうなずく。

戦わないで済む方法、そんなものがあれば確かにそれでもいい気がしてきた。戦えば痛い思いもするだろうし、最悪死ぬことだってありうる。この年齢でまだ死にたくない。

校長も意見を言いたいようだ。

「私も、生徒を危険な目には合わせたくないのですのよ。早めに使者を送ってその方々に講和を求めるのがよいかと思っておりますのよ」

ダスティンが何か言いかけていったんやめた。

校長が小声で村長に、

「謝罪は誰がするのかしら」

「わしは無理じゃから、この二人に土下座でもなんでもやらせればよいじゃろう……。土下座の手本ぐらいは教えてやってもよいが……」

マルヴィナは二人のそのやりとりに驚き、隣のダスティンからもイライラした空気が伝わってきた。

あらためてダスティンが口を開いて、

「講和については彼らが戻ってからでも遅くないと思います。まずは明日の出立を認めていただき、それぞれの準備を進めるべきかと」

「わかった。認めよう」

村長がことさらに重い口調で答えて、その場はいったん解散となった。


マルヴィナは、翌日の出発に向けて、家に帰って急いで準備をしなければならなかった。とにかく、とても面倒で大変なことに巻き込まれはじめたという実感だけはジワジワと湧いてきた。

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