第307話 おまけSS「大人達の夜」
結婚後に私は自分の夫の領地たるエテルニテとライリーの地を行き来している。
今もライリーのお城に戻ってきている。
ライリーのお城の敷地内にも昔作った畑は少し残してある。
新鮮野菜が採れるからね。
私は散歩がてら畑の中で鮮やかな緑色の植物を眺めていた。
夏も終わりの頃だけど、私に植物の精霊の加護があるせいか、まだだいぶん元気に見える。
「あら、そろそろ収穫も終わりの頃かと思いきや、これはいいピーマン」
「どれがいいとかどうやって見分けているのだ?」
私は艶やかなピーマンを一つ採って、ギルバートの手に触れさせて説明した。
「いいピーマンの見分け方は……ここ、ガクの側の角が多い方なの。
ピーマンの白い花弁は基本的には五枚が多いけど栄養状態がいいと、六枚とか七枚にもなるから」
「へー、知らなかったそんなの」
「ギルは元王子様、植物学者でも農民でもないから知らなくてもおかしくないわ」
「其方は植物学者だったのか?」
「いいえ、便利な板状の機械を見てるだけで有益な情報が沢山流れて来る世界にいただけよ。野菜の専門家が親切に情報をくれたりするから」
「ふうん」
「今夜の朗読会の夜食メニューにピーマンの肉詰めを加えてもらいましょうか」
私はイケボを聞くのが趣味なので、お父様やギルバートにたまに本の朗読を頼むのだ。
「悪くないな」
私はまたピーマンをいくつか収穫し、カゴに入れ、厨房に移動した。
そして料理長にピーマンの肉詰めをリクエストした。
「ピーマンの肉詰めは、ピーマンを半分に切らずに上部と種だけ取り除いて、肉タネを絞り袋で注入して丸ごと蒸し焼きにすると楽だし、粉をはたく手間もいらずで時短可能、しかも肉汁が閉じ込められて美味しくなります。ではよろしく」
子供達が寝た頃に、夜の飲み会開始。
この夜食の時間にはリクエストのピーマンの肉詰めがツマミに出てきた。
ついでにクレセントロールという三日月型のパンも。
お父様やギルもよく冷えたエールを飲みつつ、ピーマンの肉詰めとクレセントロールの方も美味しそうに食べている。
子供時代はピーマンは嫌いだったけど、大人になって平気になったのよね。
「うん、ピーマンの肉詰め、お肉がジューシーで美味しく出来てる」
新鮮なピーマンで作った料理でギルバートもご機嫌だ。
「三日月のパンは外側がカリっとしてて美味しいな。塩味もいい感じだ」
「外側がカリっと、中はふんわりのパンですわね」
お父様とお母様はクレセントロールが大好きみたい。
「そういえば先日の刺繍の会でレイナ夫人もライリーの朗読会に呼ばれたいとおっしゃってましたよ」
私の側でリナがお酒を注ぎながらそんな事を口にした。
「レイナ夫人と言えば、いつぞやプールで密会などさせていたな。
あの魔法師の旦那とな」
ギルバートが懐かしそうに言った。
「来年の夏の朗読会はナイトプールでやるのもいいかも」
「何故、わざわざ夜のプールで」
「幻想的なライトアップの中で人魚のお話とかいいじゃないですか」
なんなら騎士達の筋肉美も一緒に堪能出来るし。
これは言いにくいけど。
「どうでもいいけどハッピーエンドの話にした方がいいぞ」
「それはあなたの趣味ですね、ギルバート」
「そうだが」
こちらの世界でも何故か人気で有名な人魚のお話は悲恋ものだった。
ギルバートは優しい人なのでハッピーエンド以外のお話を嫌う傾向にある。
主人公達、最後は皆、幸せになってほしいらしい。
かわいい人だ。
私は物語としては切ないアンハッピーエンドも嫌いではない。
とはいえ、私は朗読を頼む側、ここはこちらが折れるところだろう。
「水辺のお話で何かいいお話あったかしら。リナ、なんかある?」
「え、えーと、沼に住む大蛇と沼で溺れかけたとこを助けて貰った女性の話とか?」
「それは助けてもらった代わりに嫁になれとかいうお話だったかしら」
「確かそんなお話でしたね」
「もっと爽やかな話は無いのか」
また不満げなギルバートである。
「泉で美しいエルフと出会うお話とかはどうかしら」
「それならまあ、……ん? あれ? エルフの水浴びのお話か?」
「別にスケベなお話じゃ無いから大丈夫では?」
「でも最初に裸を見てしまうんだろ?」
「最初、出会いのシーンが美しくて印象的なんですよ」
「しかしなあ、最初が破廉恥な上に、朗読する場所が夜のプールなんだろう?」
「エルフの裸体はもはやスケベとか通り越して芸術ですよ」
私は力説したが夫は不満らしい。
言いあっていると、見かねたリナが別の案を提案してくれた。
「あのぉ〜、では泉の女神のお話はどうでしょう?」
「ああ……木こりが泉で斧を落とす話?」
「それでもいいと思いますが他にもあった気がします、今度一緒に王都の図書館へ行きませんか?」
王都の大きな図書館!!
「図書館デートもいいわね! 行きましょう、リナ!」
「ま、待て、セレスティアナ、デートって……」
「女性ともデートは可能なので」
「ギ、ギルバート様もご一緒に」
リナが気を使ってそんな提案をしたところで、
「えー、ゴホン。皆、仲良くするんだぞ」
私達がわあわあ言ってるとお父様が声をかけてきた。
「はーい、お父様!」
「セレスティアナは辺境伯には素直なんだよな……」
「私はいつも素直ですけど?」
私は唇を尖らせた。
「図書館へは私の夫のカーティスも誘いますので、皆で行きましょう。
そして、そろそろデザート、私の作ったレモンチーズケーキなどいかがでしょうか?」
メイドがいいタイミングでワゴンに乗せ、デザートを運んできてくれた。
「きゃー! リナ最高! 綺麗なレモンイエロー! すごく美味しそう!」
「レモンケーキか、今はまだ暑さが残ってるから爽やかでいいな」
不意に窓辺からエゾモモンガそっくりの妖精、リナルドが飛び込んで来た。
『ヤッホー! お外の夜空を見てご覧、お月様が綺麗だよ』
「あら、本当、綺麗な満月」
「今、食ってるのは三日月のパンなんだが、本当に綺麗な満月だな」
気がつけばまた、ギルバートの手にはクレセントロールがあった。
「皆様、ケーキ、切り分けました」
「ありがとう、リナ。ところでそれ、明日子供達にも出せるかしら?」
「はい、冷蔵庫にございます」
「良かったわ、ありがとう。また大人だけで夜中に宴会して美味しもの食べてる! って、エディが怒るといけないから」
「ふふふ、前回はエディットお嬢様に見つかってしまいましたからね」
「でもあの子ね、大人は狡いって頬をプクーっと膨らませて、かわいいのよ。怒っててもかわいいの、私の小麦ちゃんは」
「ふふふ、そうですね、お嬢様は怒ってても可愛いらしいです」
私は夏の終わりの頃の夜空の月をしばし眺め、ギルバートともう一度、乾杯をし、リナの作ってくれたレモンチーズケーキを堪能した。
ついでに王都の図書館に行く時には、今は王立学院の寮に住んでる弟のウィルにも何か差し入れに行こうかな。
──きっと、喜んでくれるだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます