第306話 オマケ小話。「六月末」
六月の末、陽射しがすっかり夏という感じ。
私のかわいい子供達が五歳くらいの時、森に向かった。
ライリーの城の近所の森でくわの実が実ってるとエゾモモンガそっくりの妖精のリナルドが教えてくれた。
英語ではマルベリーだったかな。
それで子供達と夫と一緒に森に来た。
リナルドの案内でくわの実の実る木を見つけ、私は一つ黒いのを収穫してお試しでぱくり。
木苺のようなさっぱりとした甘さで、苺ほどには酸味が無いような。
子供達にもすすめてみた。
息子のディートフリートは翼猫のアスランの背に乗って、娘はギルバートに抱えて貰って、高い所にある実に手を伸ばした。
「ディート、小麦ちゃん、赤じゃなくて黒いのよ、美味しいのは」
「黒……ねえ、ママ、コレなんか毛みたいなのが生えてる」
「気にしないで、普通に美味しいから」
「……ママ、これさくらんぼに似た味っぽいね」
「そうね」
息子のディートが先に食べて感想を伝えてくれた。
さくらんぼというワードを聞いて勇気が出たらしく、幼い我が娘、小麦ちゃんことエディットはマルベリーを一つつまんで口の中に入れた。
もぐもぐ。
「……優しい甘さ」
娘は悪くないって顔してそう言った。
そしてもう一つ手にした黒い実をギルバートの口元に持っていく。
「パパ、アーンして」
素直に口を開けるギルバート。クワノミをもぐもぐと咀嚼する。
かわいい親子だ。
「さっぱりとした甘さだな」
「あ、雨」
息子が空を見上げて言った。長い睫毛をぱちぱちさせている。
「お空は明るくて晴れてるのに変なの〜」
娘も不思議そうに空を見上げる。
植物の葉っぱが雨と陽射しを受けてキラキラと光る。
「天気雨ね、濡れるからお城に戻りましょうか」
『でもこの雨、すぐに止むよ』
リナルドが私の肩に乗ったままそう言った。
「そうか、じゃあ私が風の結界をはるか」
ギルバートが我々の頭上に結界を張ってくれた。
「よし、今のうちにお父様とお母様と弟のお土産分を採って帰りましょう」
「はーい。おじ……ママのお父様とお母様とウィル様の分ね」
「そうそう」
子供達にとってはお爺さまとお婆様の分……だけど、何故か見た目が衰えないイケメンと美女なのでじいじとばあばって雰囲気じゃないからお爺さまと言いにくいらしい。
気持ちは分かる。
城に戻ると騎士達がお土産を手に休暇から戻って来ていた。
庭で領主たる両親と小さな食事会をしてるようだった。
白いテーブルセットが並び、テーブル上にはお肉、パン、フルーツなどがあるし、魔道具のエアリアルステッキが台座に備えつけられ、涼やかな風を送っている。
「お父様、お母様、ウィル、子供達も手伝って採ってくれたお土産のクワノミですよ〜」
「あ、甘いやつだね。ありがとう」
ウィルがカゴから一つ摘んで食べて、爽やかな笑顔を見せてくれた。
我が弟ながら顔がいい。将来が楽しみだ。
「ありがとう、美味しいよ」
「ええ、もうクワノミが熟す季節になったのね」
続いて両親もお土産のクワノミを食して子供達にお礼を言ってくれた。
テーブルの上には謎の肉料理もあった。
ライリーの騎士のローウェが小さく切り分けて皿に盛ったものをジークお父様に差し出す。
「閣下、よろしければこちらもどうぞ。
ローズマリーで蒸した猿肉です。……鶏肉みたいな味ですよ」
「ローズマリーとニンニクで臭み消しするんでおしゃれな味です」
ローウェの隣にいたヴォルニーもオシャレな味だと援護コメントをした。
「何がオシャレだ。騙されんぞ」
「閣下、本当ですって!」
「お嬢様、いえ、セレスティアナ様はいかがです? 猿肉」
ローウェが私の方を向いて勧めて来た。
「そ、そうね、せっかくのお土産ですし、挑戦してみようかしら」
猿肉も貴重なタンパク源……。
「セレスティアナに変な肉を勧めるんじゃない、代わりに私が食べる」
ギルバートは猿肉ののった皿を手にして、フォークを肉に突き刺し、意を決して食べた。
「まあ、食える……」
ギルバートは真剣な顔で雑な感想を言った。
昔は魔物肉も普通に食べていたのに何故か今更猿肉に警戒している。
美食に慣れ過ぎたのか。
いや、そもそもこの人、王族だったわ。第三王子。
「オシャレな味がしますでしょう?」
「うう……む」
ギルバートはややハギレが悪い反応だったが、ヴォルニーはローズマリーとガーリック風味に自信があるようだった。
「そう言えば密林に住まう人達が猿肉は牛や豚肉より好きとか言ってたわ」
前世のTVで見た。
「俺は牛や豚の方が美味いと思うが」
「まあ、好みは人それぞれですからね」
私がそう言って猿肉に手を伸ばそうとすると、「セレスティアナは妖精みたいに花の蜜や木ノ実の方が似合ってるぞ!」と謎の主張をして止めてくる夫。
「そうですね、女性のセレスティアナ様はこの薔薇ジャムでバゲットなどを」
ローウェがすかさずガチでオシャレっぽい食べ物を出して来た。
それを見たお父様は男は猿肉でいいのか、解せぬ。という表情をしたので、私は少し笑ってしまった。
季節は初夏で、なんでもない日々のひとコマのお話──
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