第291話 閑話 ドラゴンスレイヤー
(閑話) 「ドラゴンスレイヤー」
* * *
本土への魔族襲撃から20日程経った後に、ライリーの城へセレスティアナ宛にご褒美が届いた。
魔法師による、物見の水晶の記録と黄金の装飾品である。
セレスティアナ本人は、ロルフとギルバートのシーサーペントとの戦いは大神殿にて見れたのだが、違う場所で戦っていた辺境伯夫妻の戦闘は見れなかった。
が、しかし、後日結界維持に尽力したセレスティアナの報奨の一部として、黄金の装飾品と共に、戦いの記録が贈り物として到着した。
セレスティアナは映像の贈り物に一番喜び、自室にいそいそとスクリーンを用意して、水晶の記録による辺境伯夫妻の戦いの記録を見る事にした。
* * * *
魔法師と騎士達が邪竜に向かって魔法攻撃を行った。
炎の矢も、雷の魔法も、邪竜の魔障壁に阻まれ、かすり傷一つ、つけられなかった。
邪竜は魔法攻撃への耐性が高かった。
「くそ! ことごとく攻撃が届かない!」
「どうすればいいんだ!」
「ぶ、物理攻撃か?」
「アレの間合いに入ったらブレスで焼かれるか、爪や尾の攻撃で死ぬぞ!」
魔法師も騎士達も巨大な邪竜の前で絶望に呑まれそうになった。
邪竜は咆哮した。
弱き人間はその巨大な圧力に怯えて動けなくなる物がほとんどだからだ。
咆哮を聞いた周囲の人間は恐怖で縛られ、地べたにへたり込んだり、身動きが出来なくなった。
だが、辺境伯夫妻には、その咆哮による効力は無効だった。
娘であるセレスティアナの渡した御守りが強力だった為。
本能的に恐怖を感じる爬虫類系の瞳は禍々しく、憤怒で真っ赤に血走っている。
生意気な人間を睨みつけた。
普通の人間なら卒倒してもおかしくは無い、怨嗟の篭もった眼差しだった。
久しぶりに人界に呼ばれてこれほどの屈辱を受けるとは……邪竜は誇りを傷つけられた。
邪竜は次に炎獄のブレスを吐いた。
憎悪の炎を吐き出すかのように。
だが、人間の前には青白く輝く氷の結晶模様の壁が出現した。
それは精霊の盾だった。
ブレスの熱を奪い、冷却する。
肉のみならず、骨まで灰にする勢いのブレスが、阻まれた。
青銀の髪の氷の女王のような高貴な姿の女は、自分を前にして、己の夫を守りつつ、いまだ気丈に立っている。
何故これほどまでに強固な盾を作れたのか、実は本人達にも分かってはいなかったが、神のみぞ知る、それは、娘の御守りの力と、思いのこもった手料理を、長年食べていたからである。
神の恩寵、祝福の力。
弱小な人間如きが!
そんな怒りのまま、邪竜の足や尾は地面を激しく叩いた。
地団駄の如く。
その衝撃の重さで、人間達は、木の葉のごとく一瞬大地から浮き上がった。
浮き上がった男は一瞬上体を逸らしてから前のめりになって槍を投げた。
ゴウッと凄まじい勢いで邪竜の体に傷をつけた。
炎を纏う魔槍の攻撃だった。
邪竜はそれが人間の男の最大出力の、渾身の一撃だと思った。
それは全く致命傷にはなり得なかったので、邪竜は内心で勝利を確信した。
が、しかし、何故か徐々に攻撃力が上がって行く。
普通なら疲弊するはずが、攻撃力が上がって行く。
戦神の祝福でも受けたかのように。
男の瞳は消えぬ闘志を宿らせていた。
投げられた魔槍は邪竜の硬い鱗に覆われた体を抉り、持ち主の手に、ブーメランのように戻って来る。
何度投げても。
しかし、やはり投げ攻撃では、まだ浅く、致命傷にはならない。
覚悟を決めた男は、今度は槍を投げずに、手にしたまま、踏み込んだ。
邪竜の鋭い爪の攻撃が男の体に傷をつけた。
邪竜の羽ばたきは風を切り、衝撃となって男の体を切り裂いて行く。
男はついに邪竜とゼロ距離にて渾身の一撃を繰り出した。
魔槍は邪竜の胸に深く刺さった! 硬い鱗の防りを突破して。
「水の宝珠!!」
魔槍を邪竜の胸に残したまま、男はインベントリから球体を取り出しつつ一声叫んで、女のいる所まで一瞬で飛びすさった。
女が男の一言の後に鋭く叫んだ。
「多重魔法障壁用意! 総員防御を!」
高貴な女の声には力があった。
魔法師は攻撃魔法を諦め、味方の防御を固める事に決めた。
邪竜は忌々しく小賢しい人間達を圧倒的な力で一網打尽にしようと思った。
痛み、怒り、憤怒。
邪竜は口を大きく開き、再び特大のブレスを吐き出した。
しかしそれが男の投げた水の宝珠に激突するや否や、水蒸気が爆発し、凄まじい轟音が轟いた。
人への衝撃は女と魔法師達の作った多重結界が防いだ。
水の宝珠は、娘が父親にいつか渡した誕生日プレゼントだった。
水が欲しい時には水が出るし、水が高温の物質に触れると水蒸気爆発が起こるので、高温の炎を吐く強敵が現れたら投げてみて下さいと、その際味方は強固な結界で護らないと被害が出るので使用の際は絶対に気をつけてとも。
夫婦は予め、いざという時に「水の宝珠」と発した時は使うと、打ち合わせをしていたらしい。
邪竜の巨体が衝撃で吹き飛んだ。
山一つは崩す勢いの衝撃だったろう。
であるのに、魔槍だけは神の祝福で護られたかのように、砕かれもせず、矛先を天に向け、宙に浮き、伝説の勇者そのもののように、威風堂々と立っていた。
通常ならありえない状況だった。
たかが、弱小な人間如きが、強大無比な邪竜の身体を砕き、倒すなど。
男が手を伸ばすと、魔槍は持ち主の元へ戻った。
邪竜との戦いは、辺境伯夫妻の勝利であった。
それを物見の水晶の映し出す、スクリーン越しに見ていた人間達は、全身に鳥肌が立つ。
一瞬遅れて歓声を上げる。
うおおおおおおおおおっ!!
「「勝ったあああああああ!!!」」
人々の歓喜のシーン。
映像はここで終わっていた。
推しの戦いの記録であった。
「──ふう。
凄く熱い戦いだった!
お父様とお母様、超かっこよかった!!」
セレスティアナは上質な映画を一本見たかのような気分になっていた。
「今度はおやつを食べながら、城の人達ともう一回見よう!」
* *
その後、城内のシアタールームで邪竜戦の記録の上映会すると告知した。
近頃は暗いニュースばかりで気が滅入っていた人々には、力の有る娯楽要素が必要だった。
英雄の戦いを見に、シアタールームには多くの騎士や使用人が集まった。
上演タイトルは「ドラゴンスレイヤー」
セレスティアナも城で留守番組だった騎士達や使用人達と一緒に2回目を見た。
大いに盛り上がって辺境伯夫妻の熱狂的なファンが、また増えたのだった。
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