第287話 奇跡の代償

「ティア!!」

「ギルバート様! よくお戻りを!」


 私は両親に抱きしめられた。

 お二人の、涙に濡れても美しい顔が……見える。


 視力が戻っていて、本当に良かった。


「お父様……お母様、お怪我は? 大丈夫ですか」


「私はほぼ疲労だけで、大丈夫です」

「でもお母様、ドレスに血が……」

「敵の返り血を盛大に浴びたジークを抱きしめた時についただけです」


「ティアに比べたら俺のは擦り傷みたいなものだ。

ポーションも飲んだし、治療も受けた」


 良かった、重症じゃないのね。


 ギルバートはエイデンさん達に抱きしめられているから、特に酷い怪我は無いみたいね?

 良かった……。


 そう言えば視力どころか、私の鼓動は脈を打っている。

 私は確か、力尽きて死んだはず……が、生き返っている。

 何故……。


 黄泉の世界まで迎えに来られただけで、普通、復活できるものなの?


 私はふと、状況説明にもってこいのはずの、小さな白いモモンガの妖精の姿を探した。


 リナルドの代わりに、ラナンが沈痛な表情で膝をついているのを見つけた。

 特に怪我は無いようだけど。


「ラナン、リナルドは?」


 ラナンは悲しげに目を伏せて、静かに語った。


「生命力を全て我が君に注ぎこんで、目の前で消失しました。

ギルバート殿下には、例の報酬は祭壇前の箱の中に揃っていると伝言を預かっております」


「そんな……リナルドが、私を助ける為に……?」

「リナルド……あいつ……自分が死ぬなんて一言も……」


 私を抱きしめていた両親がそっと離れ、ラナンの方に向き直った。


「太古の昔、まだ弱い、産まれたばかりの妖精だった頃、リナルドは死にそうな所を、神に仕える巫女だった我が君に拾われ、命を救われたそうです。

もう十分生きたから、ようやく恩返しが出来ると、満足そうに言って、消えました」


「で、でも……リナルドは、魂まで消えた訳じゃないわよね?」


 私は震える声で訊いた。

 もっと大事に可愛いがってあげるべきだった!

 いっぱい撫でてあげればよかった!


「そうですね、元々霊体に近い存在で、魔力によって実体化していましたが、神の伝言を伝える事の出来るようになったレベルの妖精は、その存在を信じてあげれば、蘇る事も有るかもしれません。

何しろ不思議な存在ですから」


「ニャア……」

「アスラン……」


 私の足元にアスランが慰めるように寄って来てくれた。

 騎士と戦場に出たあなたは無事だったのね、良かった……。

 白いふわふわを抱きしめて、私は泣いた。


 *


 その後、大神殿で、命がけで結界を支え、犠牲になった結界師達の葬儀を略式で行われ、巫女のゴスペルが神殿に響いた。


 曲の最後で、今まで気合いで立っていた聖下がついに倒れた。

 疲労の極地。


 皆、休息が必要だ。

 正式な葬儀はまた後日するとの事だ。




 我々は大神殿からライリーの城に戻った。


 また雨が降っていた。

 でも今度は、赤い雨では無かった。


 弟が両親に駆け寄り、泣きながら抱きついていた。

 さぞ、不安だっただろう。

 城と弟の守りはアシェルさんに任せていたようだ。

 お父様がアシェルさんにまた無茶をしたなと怒られている。


 私はふらつきながらも、図書室へ向かい、震える手で、妖精の本を探した。

 何とか復活させる事が出来ないかと、情報を探す為に。


 ギルバートも疲れているだろうに、図書室までついて来て、無茶をし過ぎだと、私は怒られた。


 その後に、抱きしめられた。

 ぎゅうっと、強く……。

 私はギルバートの温もりを感じて、目を閉じたらつい、眠ってしまっていた。

 私も疲労で限界だったのだ。


 *


 気が付いたら自室のベッドの上だった。


 私は朝に一度目覚め、ベッドサイドのテーブルに座らせていた、プラチナブロンドの綺麗な男の子ドールを抱き上げた。


「そう言えば、まだあなたに名前をあげて無かったわね、リナルド。

あなたは今日からリナルドよ」


 自分の髪で作ったウイッグの頭を撫でて、横になってリナルドを抱きしめた。

 まだ疲れが抜けていなかったので、もう一度寝た。


 * * *


 今度はなんと、私は三日も寝ていたらしい。


 部屋にいてお世話をしてくれている、メイドが皆様心配しておられましたよと教えてくれた。


 ドールのリナルドはベッドサイドに女の子ドールの横に戻されていた。

 私の横で寝かせていたら、ウイッグがぐちゃぐちゃになるから移動させてくれたのかな。


 いつの間にか、かっこいい服を着ている。


「そう言えば、お嬢様が寝ている間に男の子のお人形のお洋服が出来上がりましたよ」


「そう、針子が作ったお洋服を着せてくれたのね、ありがとう」


『うん、ようやく布に巻かれただけの状態から、服を貰えたよ』


 ……え!?


「に、人形が喋った!」


 バタン! 

 メイドが驚き、卒倒した。

 たしかに喋る人形はホラーっぽいけど!


 私は慌ててメイドを床から抱き上げ、自分のベッドに寝かせつつ、訊いた。


「その声は……もしかして、リナルド!?」


『君が名をつけたのだから、まさしく僕はリナルドだよ』

「モモンガの妖精の!?」

『モモーンの妖精だよ、かつては』

「じゃあ今は何なの!? お人形の妖精にでもなったの!?」


『女神様の加護を持つ人の間に入る使いだよ。力も失って、ほぼただのメッセンジャーだけど』

「死んだかと思ってびっくりしたでしょ!」


『死んだはずなんだけど、ティアの髪に宿る魔力で、魂の欠片から再生されたみたいだ。

元の妖精の姿がとれないから、器として人形の中にいる』


「はあ、良かった……でも早く元のモフモフ姿に戻ってくれないと、メイドが怖がってしまうわ」

『そんな事言われても、戻れるかも分からないんだよ』


「ドールは綺麗なんだけど、モフモフの方が可愛いのに」

『自分でこのドールを作ったんじゃないか』

「そうなんだけど、せめて猫のぬいぐるみの方に移動できない?」

 

 メイドがこの無駄に精巧なドールが喋って動くと、恐怖に耐えられないかもしれない。


『そっちはティアの髪の毛が使われて無いから、力が足りない』


「そっかー。

悪いものでは無いと言い聞かせても無駄なら、ホラー耐性のあるメイドを探すしか無いわね」

『ホラーって……』


 リナルド的には心外! と、いう感じだった。

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