第285話 黒エルフと贄の国

「自己紹介が遅れたけれど、私はセレスティアナよ、貴方達の名前を聞いても良いかしら?」


 私は黒エルフ二人に今更ながらも名を問うた。


「私の名はオリヴァンです」

「私はジュリアですわ、よろしくお願いいたしますわ」


「ありがとう、オリヴァンとジュリアね。

あの、ところで、エーリレフの庭園で黒エルフの男女を見たのだけど、貴方達の仲間ですか?」


「はい、ここでの交渉が失敗したら、別の住処を探さねばならないので、エーリレフの領主邸にて、領主の人となりを調べていたはずです。

でも、レイゲンの森に住む事を許されたので、こちらに呼び寄せます」


「ああ、エーリレフ侯爵様が領地の森で住む事を許して下さる方か知りたかったのですね」

「そうです、お騒がせして申し訳無かったと、謝罪させてからこちらに皆を呼びます」

「レイゲンの森に戻る黒エルフは全員で何人なのですか?」

「101人です」

「なるほど」


 あんまり数が少ないと近親婚が心配だったけど、そこそこいるのね。


 * *


「そう言えば、彼等はすぐにレイゲンの森に向かうのですか?」

「森の下見もあるからあの代表者の二人は仲間に通信だけして先行するらしい」

「通信? ハトとかですか?」


「モモーンの妖精が手紙を届けてくれるらしい」

「え!? モモーンと言えば、リナルドの仲間ですか?」

「同種なのかもしれんな」


 あら? そう言えばリナルドはどこに?

 気が付くとすぐいなくなるんだから。


 * *


 私はギルバートが王都に行っている間、ダートレーンの不幸に心が落ち着かないから、男の子の人形を一体作る事にした。

 何かで気を紛らわしたかったのだ。


 前回のドールウイッグに使った時に残った私の髪を使ってウイッグも作った。

 男の子にすれば髪も短くて良いし。


 綺麗な男の子ドールが完成した。


 まだ男の子の服は作って無いので布で包んであるだけだけど、寂しくないよう、女の子ドールの隣に並べて私のお部屋に飾った。


 後で男の子ドールのお洋服はデザインと型紙だけ用意して、服を縫うのは針子に依頼した。


 夜になるといつの間にかリナルドが戻って来ていて、私の枕元で、すやすやと寝ていた。

 私はリナルドの白くてふわふわの背中をそっと優しく撫でてから、自らも眠りについた。



 * * *


 数日後、ギルバートがライリーに戻った。

 国王陛下の命で国中の魔法師と神職の方に、魔族の襲撃などのいざという時の為に結界の為に魔石や宝珠に魔力を貯めておけとの指示が下った。


 海岸と国境の巡回警備も増やし、厳しくなったし、保存食作りも推奨された。


 * *


「では、お父様、土魔法で養殖用の生け簀作りと畑を耕しにレイゲンの森に行って来ますね」


 私達は森に一番近い神殿までは転移陣、それから翼猫や、ワイバーン等で現地の森へ移動する予定。


「ああ。ティア、気をつけてな。ギルバート様、娘をよろしくお願いします」

「心得た」


 褐色肌のエルフの集落とか、死ぬまでに見に行きたいパラダイスなので、私は現地で生け簀と畑の下準備を買って出たのだった。


 わあ! 褐色セクシーなエルフが既にいっぱいいる!

 流石エルフ、見た目が20代くらいの方ばっかり! 若々しい!

 肌色は基本的に皆、褐色系だけど、髪色は銀髪と黒髪の二種だった。


 101人の集落かあ、壮観!


 トンカントンカン、家作りの音も森に響いていて、活気が有る。

 仕事は山盛りあるけど、皆、故郷に戻れて嬉しいみたい。

 笑顔も見られる。


「移動スクロールで皆、戻って来ております」

「皆、家作り励んでいるようだな。あ、エーリレフで見たエルフもいる」


 ギルバートは家作りを急ぐ為に木材を運ぶ男性エルフ達を見て言った。



「はい、とにかく急いで寝床を用意している所です」

「あ、すごい、既にツリーハウスが一軒分できてる!」


 エルフの集落っぽい!


「植物魔法を駆使し、ひとまず急いで一軒分は作れました」


 オリヴァンは若長らしく、能力が高いのだろう。

 たった数日で家を作っている。


 次に木ノ実や野草を集めて来て、食事の用意をする女性エルフ達に注目する。


 私はサバイバル料理の動画も大好きなので、つい、ワクワクしちゃう。

 それで、食事作りをしている女性エルフに声をかけてみた。


「ね、ここの料理風景など、魔道具のクリスタルで撮影しても構わないかしら?」

「ええ、どうぞ」


 本人達にとってはただの料理風景だ。

 このように興味津々な私が不思議だ、みたいな表情だけど、褐色セクシー美女エルフが料理してるんだぞ!


 カメラ(クリスタル)回すでしょ! 撮れ高しか無いわ!


 カマドは石を集めて囲んで、木の枝を使って鍋を吊るしてお湯を沸かすみたいな、野外サバイバルキャンプでよく見る簡易スタイル。


 他にはバナナの葉のように大きな葉っぱに包んだ肉や根菜などの食材を、焼け石とともに土中に埋めて、蒸し上げるアースオーブンスタイルも採用しているようだった。


 大地で調理!


 ひとしきり褐色の美形エルフを撮影して、視覚的に楽しんだ後は、インベントリからワンドを取り出し、土魔法で川の水を引く水路を作ったり、生け簀を作った。


 本来の仕事も忘れていません!


 それと薬草を作る為の畑を用意。


 まず、畑予定地は既に準備してくれていて、ありがたい。

 余計な木は既にどうにかして伐採して、家作りや薪になってるようだし、雑草を刈ってある部分を土魔法で耕す事にした。


 魔力を高めて、ボコボコと土を30センチくらいの深さでほぐすイメージで耕した。


「土は耕して柔らかくなりました。腐葉土やミミズなどは豊富に手に入るでしょうから、後は薬草をここに移植して育てて下さい」


 私はインベントリから育てる薬草のサンプル、標本を黒エルフの若長のオリヴァンに渡した。


「はい、この薬草を集めて育てます」


「私、まだ魔力に余力が有りますから、土魔法で女性達が使える共同のパン焼きカマドと、簡単な箱か半円形の丸いお家2つくらいなら、まだ出来そうなので、作りましょうか?」


「え!? 良いのですか? 生け簀に畑まで扱ったのに、凄い魔力量ですね」

「うふふ」


 私は曖昧に笑って誤魔化した。


「どうだ、すげーだろ!」とは言えないし。


 その後、共同カマドと、二軒だけ、丸と四角の簡易的な家を作った。

 窓は空いてるけど窓ガラスや、玄関の扉は無い。


 丸と四角でどちらがいいか分からないので、とりあえず目印にはなるから二種作った。


「〇〇さんのお家にこれを届けて、土魔法で出来た丸い家よ」とか、「四角い土の家よ」とか、説明しやすいかもしれないし。


 主にツリーハウスが多いみたいだけど、少しくらい地面にあっても良いかなって。


「木の上の方が好きなら、別に住まなくても、倉庫とかに使ってもいいので」

「セレスティアナ様、ありがとうございます。まだ住居が足りませんので、ありがたく使わせていただきます」


「窓や扉は板とかで、後でどうにかしてね」


 私はインベントリから木材と板と大工道具を出して、その辺に置いた。


「はい、材料までありがとうございます」

「セレスティアナ嬢、早速パン焼きカマドを使わせていただきますね」

「ええ、ジュリア、どうぞ試してみて」


 ジュリアは嬉しそうに笑って、先日エーリレフで見た女エルフを誘ってカマドへ向かった。

 途中で一瞬、先日のエーリレフで見た女エルフが私を見て、軽く頭を下げた。

 彼女もあの庭園からテラスにいた私を見てたのかな。


 ともかく皆が再建した村で幸せに暮らしてくれたらいいな。

 そんな風に人々の幸せを願っていた。

 

 だけど、光があれば影が出来るように、不意に幸せは壊れる事がある。



 * * * *


 ──これは後に、歴史書に記されたもの。


 大地はひび割れ乾いていく。

 島国のダートレーンに干魃が襲った。


 降るはずのスコールも降らない。


 島の周囲にあるのは海水。

 無理矢理飲むと余計に渇く。

 その地に住まうは海水を真水に変える手段を知らぬ者達だった。


 作物が枯れる。食料が尽きる。


 いつも使う海域から、いつも食べていた魚の姿も消える。


 島国に死が満ちた。

 多くの者が干からびて死んだ。


 遺体を片付ける者もいなくなるほど疲弊した。

 次に来るのは疫病の恐怖。


 平民も、王族も、例外なく、死の影は残酷に触れて来る。


 作物が枯れて、海を渡り水と食料と飲み物をと思っても、海の獣が行手を阻む。


 海を行く人のほとんどは大波に飲まれ、怪獣の顎の犠牲になる。

 決死の覚悟で海を渡り、他国に逃げ延びた人間は、ほんの僅かであった。


 島国には絶望が満ち、魔族を呼び込んだ。

 その地は、おそらく、最初の贄であった。

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