第284話 ダートレーン王国とレイゲンの森

「ダークエルフ!?」


 私がびっくりして声をあげると褐色肌のエルフはすぐに姿を消した。


 庭園は夜会の有る日だったので、至る所に篝火と魔法の灯りの照明はあった。

 パーティーから抜け出し、酔いを覚ましに涼んだり、散歩をする人がいるからだ。

 まさかエルフまでがいるとは思わなかったけど。


 館の衛兵もダークエルフの侵入に今更気がついたのか、庭園で侵入者を探し、騒ぎになっている。

 私が大きな声を上げたせいで護衛騎士もテラスに入って来た。


「お嬢様! 大丈夫ですか!?」

「ええ、さっき庭園にダークエルフがいたのだけど、いなくなってしまったわ」

「ダークエルフ!?」


 驚いた護衛騎士達はテラスの手すりにつかまり、魔力で視覚強化をし、庭園を目を凝らして探してる。


「いや、俺は魔力で視覚強化も使って見たが、あれは森林の黒エルフだった」


 ギルバートが急におかしな事を言い出した。


「ギルバート様、エルフは元々、森林にいるものでしょう?」


「肌が黒まではいかない、褐色肌のエルフは邪神の信者の邪悪な者ではなく、ただの黒エルフと言われてる、闇と黒の違いだ」


 え!? そうなの!? この世界には肌の黒いエルフが二種類いるの!?


「じゃあ、黒ではなく褐色エルフと呼べば良いのでは?」

「アシェル殿のような肌の白いエルフよりは黒いから、魔界に住むダークエルフと違い、一般的に人界の森林に住む彼等は黒エルフと呼ばれている」


 ま、紛らわしい。


 けど、邪悪な存在じゃないならお話をしてみたかった。

 男性と女性のセクシーな褐色エルフだった。


「邪悪なダークエルフじゃないなら、なぜ逃げたのでしょう」

「招待客では無かったのでしょう」


 首を傾げつつも護衛騎士がそう答えた。

 ダークじゃなくただの黒エルフだったというギルバートの証言でやや警戒を解いたようだ。


「さっきの黒エルフは誰かに会いに来たのかしら」


「人が多すぎて誰かへの接触を諦めたのかもしれないな、白黒のどちらのエルフもあまり人と関わらないから。アシェル殿は特殊だし」


 ふーん。

 ギルバートの説明を聞いて、ひとまず納得した。


「皆様、お騒がせしました。

何故か招待客じゃない黒エルフが庭園に紛れ込んだようですが、敷地内からはいなくなったようです」


 パーティーの主催者のエーリレフの侯爵が招待客にそのような謝罪をした。


「黒エルフならまあ……ダークエルフならおおごとですけど」


 皆さん、という見解だった。

 しばらくざわざわとしていたけど、落ち着いて来た。


 突発的に黒エルフ侵入騒ぎがあったけど、他は基本的に問題なくパーティーは終わったので、我々もライリーに帰る。


「お帰りなさいませ!」


 執事とメイドが転移陣に駆けつけてお迎えしてくれた。


「おかえり、ティア」

「アシェルさんまでわざわざ出迎えてくれるなんて、どうかしたの?」

「黒エルフが急にこの城の前に来て、今、ジークと城内で話をしている」

「ええ!? 私達より先にこっちへ!?」


「転移陣は館の主人の承諾無しには使えないはずだから、黒エルフは移動用スクロールでも持っていたのかな」


 ギルバートの説明によると、そんな便利グッズがあるようだ。

 きっと貴重でお高いのでしょうね。


「私達、お父様に帰宅のお知らせをした方がいいのかしら?

黒エルフがお客様なら邪魔しないようにそっとしておくべきかしら?」


「様子を見に行けば良いと思うよ」

「アシェルさんがそう言うなら……」


 私はお父様と黒エルフがいるらしい、謁見の間へ移動した。

 お父様は謁見の間で領主だけど王座のような立派な椅子に座っている。

 超かっこいい!


 手前の方には黒エルフが片膝をついている。

 うん? 見たところ、臣下や領民みたいに礼を尽くしているっぽい?


「おお、ギルバート様とティアが戻ったか」

「はい、ただいま帰りました」

「あら、先程エーリレフで見たエルフとはまた違う方のようですね」


 お父様の前で膝をついている、こちらも男女ペアの褐色エルフだった。


「彼等はかつて、ライリーの森に住んでいたエルフらしいのだが、浄化の後に森が復活したのを聞いて、またこちらの森に住まわせて欲しいと申し出に来たらしい」

「あら、元はライリーにいらしたの貴方達でしたのね!」


 そう言えばライリーの昔の文献で森に黒いエルフがいたって書いてあったのを思い出した。


「一度は住み慣れた故郷の森を捨てた我々ですので、厚かましいと思われるでしょうが、避難した移住先でも問題が起こりまして……こうしてお願いに上がりました」


「問題とは?」


 私の疑問に先に答えてくれたのはお父様だった。


「あの、難民がライリーの海にも来ていただろう? 日照り続きで、飢饉が起こった」


「ああ、あの他国の、島国のダートレーンでしたか?」

「あの国、旱魃の後に国が滅んだらしい」

「ええ!? そんな……!!」


 滅んだって! そこまでひどい事になっていたとは……。

 難民の皆は故郷を無くしてしまったの……。


「挙句に……これはたった今、そこな黒エルフから聞いた重要な情報だが、あの島国の王国が滅んだ理由が飢饉で国が弱体化した所に魔族に襲撃され、乗っ取られたらしい。

それで彼等、黒エルフは移住先だったダートレーンからこちらに避難して来た」


 え!?


「な、何で他国の小さな島国とは言え、国が滅んだのにそんな情報が今まで来なかったのですか? 

海で交易をする商人は?」


「魔族の結界で近づけなくなっていたようだ」


 お父様は神妙な顔でそう言った。

 衝撃の事実。


「だからか! 

外海で事故にあったのか、行方不明になっている商人の船が最近多いと報告は来ていたのだが、船で行った捜索隊も未だ戻らず……」


 ギルバートは行方不明の情報だけは知っていたみたい。

 私は完全に初耳だった。


「他国の小さな島国とはいえ、魔族に乗っ取られたのは危険だな、すぐに王に知らせて我が国も警戒せねば。

すまないが、私は今から王都へ戻る」

「は、はい、お気をつけて」


 ギルバートは自分の護衛騎士を連れ、慌ただしく王都へ戻った。


「それで、黒エルフさん達はライリーの森でまた生活を?」

「そうだな、仕事はして貰う事にしたが」

「仕事?」

「森の中で薬草や川魚を育てて一部を住民税として納めて貰おうと思う。

調味料や布など、彼らも昔も多少は商人と物々交換をしていたらしいし、何か売り物があった方が良いだろう」

「川魚! 養殖ですか!」


「ティアがいつだったか、ライリーの川にも魚が戻れば養殖したいと言っていた気がするしな。

川には虹鱒がいるようだし、ちょうどいいだろう。

薬草の方も、森に住むエルフは白も黒も植物と親和性が高いから育てるのは得意だろうし、以前も薬草は旅の商人に売っていたらしいし、他は蔦で編んだ工芸品とかも」


「あの、ところでお住まいはライリーのどこの森ですか?」


「レイゲンの森です」


 さっきまで静かにしていた黒エルフが喋った。

 

「え!? あそこは……」


 川人魚さんがいるとこ! あと、滝の裏に妖精の花園もある!


「ティアが川人魚の密漁を危惧しているようだし、ついでに保護を頼んでおいた。

人間の密猟者から川人魚を黒エルフに守って貰う」


 お父様の言葉で私はひとまず川人魚の件は安堵した。


「川人魚さん達が保護して貰えるのは良かったです。

エルフなら森に侵入者がいたらすぐに気がついてくれそうですね」


「「はい、お任せ下さい」」


 男女ペアの美しい褐色エルフがそう力強く請け負ってくれた。


 しかし、島国のダートレーンが滅亡し、魔族に乗っ取られた悪い話と、黒エルフが故郷の森に戻れるという良い話が一度に来て、私の心はざわついていた。

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