第283話 夜会

 紙の仕事中のお父様にアイスレモンティーの差し入れをしつつ、雑談タイム。


「そんな訳で、市場でも魔道具の冷蔵庫はだいぶん普及しているようです」


「それは良かった。

ところでティア、ウィルが採って来た、あの赤スグリの……サワーとか言ったか? 

あの実のお酒が飲めるのはいつくらいなんだ?」


「おそらく冬くらいが飲み頃です。冬までお待ちください」

「なるほど、冬か」


 お父様の何気ない質問に答えた私は、自分からも問うてみた。


「ところでギルバート様は今、王都へ戻ってますけど、ちょっと様子がおかしかったような気がしませんか?」

「そうか? 少しお疲れなだけなのでは? 山に行ったばかりだろうし、書類仕事も多いし」

「疲れというより、なにかコソコソしているような……」

「気のせいではないか?」


 お父様はぐいっとレモンティーを飲んだ後は、目を伏せ、書類を読んでいる。

 何か……怪しい。

 私と目を合わせようとしない。

 けど、結婚式前の準備で皆忙しいだけかも……。


 ──ハッ!!


 もしやギルバートは今、王都で初夜とか夫婦生活の作法的なのを誰かに学んでいるとか?

 それだとすると、私も学ぶべきなのかな?

 ちょっとお母様の方にお話を聞いておくべきかしら……。



 思い立った私は、お母様のお部屋に移動した。



「え? 何ですって?」

「ですから、そのう、お母様はお父様と夜の営み的な事をする時に、何か合図とか、あったりしますか?」


 流石のクール系のお母様も真っ赤になってしまった。


「……つ、爪を丁寧に磨いてらしたら、十中八九、夜は一緒に……なります」


 なるほど! 傷付けないように爪を!


「ご、合意はどうやって示すのですか? その、月の物とかで今日は無理的な時は」

「月の物の時はメイドが本日からしばらく寝室を別に致しますと報告して

くれるはずよ」


 なるほど、生理の日はメイドに伝言を頼むのか。


「月の物は関係なく、今日は疲れているとか眠い時はどのように断れば良いですか?」


 そんな気分じゃない時などは……。


「それは、素直に調子が悪いと伝えれば良いのではないの?

でも、ティアは夜更かしはほどほどになさいね。

私は眠いなどと言う理由で拒んだ事は無いですから」


 え!? そうなのですか!? 

 眠気に勝てるってすごくない!? 

 しかしさすがラブラブ夫婦は格が違った。


「そ、そうですか……はい、なるべく早く寝ます」


 * *


 数日後、ギルバートがライリーへ帰って来た。

 本日は夜会へ行く予定がある。

 彼の帰還が間に合わなければ、自分の騎士にエスコートを頼む所だった。


 あら? 何故かリナルドを連れているわね。


「リナルド、ギルバート様と一緒にいたの?」

『美味しい果物をくれるって言うから』

「ふーん」


 モモンガの愛らしい顔の……表情は……読めない。


「そ、其方にもお土産だ。果物と、黄色と青い羽根」


「まあ、美味しそうな桃! と……綺麗なインコの羽根のような?

この羽根はどうされたのですか?」


「え? 拾った」

「王都で?」

「いや、たまたま仕事先の森の中で」

「そうですか、お土産ありがとうございます!」


 王都行きの他に、また僻地に荷運びをして来たのかな。

 本日は夜会の準備もあるのに。


「そうか、では、私は今から風呂へ行き、それからすぐに夜会の準備をする」

「はい、お疲れ様でした。

私もほぼ終わってますが、新作のアクセサリーとドレスに着替えて夜会へ行く準備を致します」


 *


 エスコート役のギルバートと一緒に転移陣を使って他領の夜会に参加する。

 豪華絢爛なパーティー会場に到着した。


 煌びやかな装いの貴族が沢山いて、会話を邪魔しない程度の音量で楽士の奏でる優雅な音楽が流れている。


 夜会のパーティーでひととおり挨拶回りをして、軽く歓談したらダンスタイムになる予定だ。


「本日も素晴らしく美しいですわね、辺境伯令嬢」

「本当に、その輝く髪飾りは人魚の尾鰭のようで素敵ですわ」

「どこの工房の作品ですの?」

「ありがとうございます。こちらはライリーの物です。この髪飾りはお魚の鱗と樹液を固めて作った物ですわ」


 本日はヒラヒラとした金魚の尾鰭のような髪飾りを着けている。

 川人魚さんに貰った鱗もこっそり使った。

 キラキラの綺麗な鱗はぬいぐるみの瞳にも使ったけどね。


「まあ、水色のパールのイヤリングも神秘的で美しいですわね。白以外は珍しいですね」

「そういう色付きの種類の貝がありますので」

「どこで入手可能か伺っても?」

「ライリーの海……ですわね。騎士達が貝を集めて色付きの真珠を探してくれましたの。

当たりハズレが有りますけれど」


「まあ、今度温泉に行かせていただく予定ですが、海にも寄ってみますわ」

「ぜひ、どうぞ」


「あの例のスラジェルの靴の中敷きのおかげでダンスでの足の負担が無くなりましたの。助かりましたわ」

「お役に立てたなら幸いですわ」


「それで、ライリーの便利商品ですけど、当領地でも販売出来る店を出店致しません事? 

委託販売でも構いませんわ」

「まあ、ありがとうございます。後日打ち合わせの場を設けさせていただきますわ」


 おや、販売店が増やせるみたい。


「あの、例の……コンセプトカフェでしたかしら……? 開催は秋ですわよね?」

「ええ」

「今からとても楽しみですわ」


 イケメン騎士達に乙女ゲームの衣装を着せてカフェにてお客様の令嬢達に挨拶をして貰うのだ。


「皆様に楽しんで頂けるように着々と準備中です」


 今のところ、会話はほぼファッション関係で平和だ。

 ギルバートは少し離れた所で令息達と歓談中みたい。


 夜会の会話はもっと政治っぽい会話やゴシップ系が多いかと思っていたのだけど。

 単に私の周りに集まる派閥がそうなだけなんだろうか?


 お話の後はギルバートとダンスを踊った。


「ちょっと風に当たりたいので、私はテラスへ行きますね」

「ならば私もお供するとも」


 空には満天の星。

 天の川みたいな美しい星の川はこちらの世界にもある。


「わあ、降って来そうな星空ですね」

「そうだな。星空も美しいが、今夜の其方の装いはそれ以上に綺麗だ」

「ヒラヒラが金魚みたいに可愛くて綺麗でしょう」


「そう言えば、いつぞやの金魚は元気か?」

「おかげさまで金魚も鯉も長生きしていますよ」


 テラスは人目の無い穴場だった。

 護衛騎士は色ガラスの窓に遮られたテラス前に配備しているので、その隙をつくように、ギルバートは私の腰を抱き寄せて、キスをした。


「こ、こんな所で何をしているんですか? 口紅が……ついてしまいましたよ」

「さくらんぼのような唇が美味しそうだったから」


 熱っぽい目で私を見つめている!

 夜会のムードにでも酔ってるのかしら!?


「しょ、しょうがない人ですね」


 びっくりした、急に乙女ゲームの世界になったのかと思った!


 私は照れを誤魔化すようにインベントリからハンカチを出して、ギルバートの唇についた口紅を拭った。


「あれ? あそこにいるのは……」

「え?」


 私はギルバートの視線を追ってみた。

 

 テラスの手摺りの先、夜とはいえ、照明に篝火や魔法の灯りは有る、下の庭園の緑の側に見えたのは……肌は黒く、耳が長い……あれは……!


 ダークエルフ!?

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