第279話 赤スグリのジャムとシュミューズドレス。
私は肩の上にリナルドを乗せたまま、朝の11時頃に裏の夏野菜の畑の様子を見に出た。
ふと業者や使用人用の入り口方向から、弟と子供達がバケツ代わりか桶とスコップなどを持って、ぞろぞろと歩いていた。
子供達の保護者らしい騎士のナリオも一緒にいた。
「お帰りなさい、皆でどこかに行っていたの?」
子供の持っていた桶の中をチラ見すると大量のミミズ! これは……!
「赤い髪の騎士様にミミズを沢山あげるとお小遣いをくれるので、朝の涼しいうちから近所の林で取って来ました」
「なるほど、さてはエイデンさんが鰻釣りの餌を買い取ってくれるのね」
「ねえ様! ボクは赤い実をいっぱい取って来ました! キレイでしょう。
あげます!」
ウィルの桶に入っているのはミミズではなく、艶のある綺麗な赤い実だ。
赤スグリかな?
弟は最近丁寧な言葉を使い始めた。えらい。
そういう教育も始まったらしい。
「ありがとう、ウィル。いっぱい採れたのね。
これは、赤スグリかしら」
『そうだよ〜〜』
私の肩の上にいるリナルドが肯定してくれた。
「やっぱりそうなのね。じゃあ、これはあとでジャムにしてあげるわね」
「ジャムに?
騎士がこれはそのまま食べるとすっぱいですよって言ってたんです」
「砂糖を使ってジャムにすれば大丈夫よ。甘酸っぱいジャムならパンに塗っても美味しいと思うわ」
ウィルの顔がパアっと輝いた。
赤スグリの実と砂糖を煮詰めてジャムにする。
それと砂糖とリンゴ酢を漬けた赤スグリのサワーシロップを作ろう。
煮沸消毒した綺麗な瓶などに入れて保管し、砂糖が溶けたら完成。
水や炭酸水で割って飲むと、赤スグリの赤色が鮮やかで甘酸っぱいサワードリンクになる。
「あ! エイデン様だ! ミミズ獲って来ました──!」
子供達がエイデン卿を見つけて駆け寄って行った。
側にはギルバートもいた。
お二人に挨拶をした後に、私はこれからジャム等を作ると言って、一旦別れた。
作ると言っても料理人に作り方を教えて後はよろしくって言うだけなんだけど。
*
料理人に赤スグリのジャムとシロップ作りを任せて、図書室に向かう途中、
廊下でもう一度ギルバートと出会った。
チャールズ卿にだけ特別なご褒美をあげると拗ねるのかもしれないので、婚約者の方にも頑張ってくれたご褒美をあげようと思った。
「ギルバート様、ちょっとお時間あるのでしたら、図書室へ来られませんか?」
「構わないが」
「新しい夏用ドレスが出来たので、着替えて来て、お見せしますね」
「そうか、新しいドレスか。それにしても何故図書室でお披露目なんだ?」
「それは今は気にしないで下さい」
「はあ、まあ良いけどな」
*
私は新しい夏用のシュミーズドレスに着替えた。
素材は薄く透けるモスリンを重ねて作ったエンパイアラインのドレス。
ロミオとジュリエットのジュリエットの衣装に似ている。
胸元も結構開いてる、思わず抱きしめたくなるようなドレスだと思う。
「や、柔らかそうで爽やかな素材のドレスだな。夏っぽくて愛らしいが、それ、寝巻きじゃないよな?」
「シュミーズドレスです。寝巻きではありません。ちょっとあちらの棚の向こうへ。護衛騎士は扉のそばか、その向こうで待っていて下さい」
「はい」
素直に返事をした護衛騎士からギルバートを引き剥がして、図書室の奥へ、本棚の向こうに移動した。
「ギルバート、少し屈んで下さい」
「……ん?」
よく分からないまま私の正面に立っていたギルバートが素直に屈む。
そこで素早くギルバートの頭をスッと掴んで私の胸に顔をぽふんと埋めた。
「え!?」
豊かに育った私の柔らかい胸に顔面を突っ込んだ状態のギルバートは、腰を曲げたまま、驚きのあまり固まった。
完全にフリーズ!
「これは……婚約者や夫にしかあげられない特別なご褒美ですよ……」
私は小声で甘く囁いた。
しかし、ずっとこの体勢は腰が痛いだろうし、ややして解放した。
「……なっ、何を」
「だから、採掘を頑張ってくれたご褒美ですよ」
「そ、そういうのはっ、結婚後にしてくれないと、この後、どうにも出来ないのに……っ!!」
「この後?」
「ま、まだ仕事があるので、これで失礼する!」
ギルバートは顔を真っ赤にして足早に去って行った。
「ギルバート様!? お顔が真っ赤ですが、大丈夫ですか!?」
「何でもない! 少し暑かっただけだ!!」
護衛騎士が声をかけているのが聞こえた。
……柔らかいたわわに顔を埋めるのは私的に素敵で最高なご褒美だと思ったんだけど、何か間違ったかしら?
私なら絶対に喜ぶのにな……。
前世からの憧れなんだもん。
* *
数時間後のお茶の時間。
何故かギルバートはサロンに来なかった。
忙しいのね。
ウィルはお友達と完成した赤スグリジャムと焼き立てパンを持って行って食べるらしい。
使用人の子供達がいる方に行った。
分けてあげるなんて優しい子。
「これが赤スグリジャムか、美味しいな。焼き立てのバゲットも香ばしい」
「ええ、初夏にぴったりなジャムですね。ありがとうティア、美味しかったわ」
両親は赤スグリのジャムとお茶を美味しくいただいた後、すぐにサロンを退出して行った。
お二人とも、忙しそう。
「お母様は最近何をしているの?」
お父様が忙しいのはいつもの事だけれど、最近はお母様も社交のお茶会参加以外に家族とのお茶の時間も、取るには取るけど、あまりゆっくりお話する事もなく、一杯飲み終わると、すぐさま席を立つので、そんなに忙しくする何かがあるのかと、私はお母様付きのメイドに訊いてみた。
「お嬢様の花嫁衣装の刺繍部分を大事に縫っておられますよ」
わ、私のウエディングドレスの為に!!
思わず涙腺が決壊して泣いてしまった。
「お、お嬢様!?」
メイドは突然滂沱たる涙を流す私に驚き慌てた。
「か、感動のあまりに……だ、大丈夫よ」
「ああ……感動されたんですね、分かります。
何しろ大切な花嫁衣装にお母君自ら手を入れて下さっている訳ですから」
お母様が尊過ぎて泣いた。
ハンカチで涙を拭く。
「ちなみに辺境伯の方は空魔石に火の魔力を数個分、込めて寝るのが日課になっておりますよ。
こちらもお嬢様の結婚式の記念品用ですよね」
再びぶわっと泣き出す私。
私も寝る前に同じ事をやってるけど、言い出しっぺの法則なので当然と思うけど、両親の愛が尊くて泣いた。
とりあえずお茶の時間にもサロンに来なかったギルバートには、執事に頼んで赤スグリのジャムとパンを届けて貰う事にした。
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