第278話
久しぶりにライリーにも大雨が降った。
それはいつもなら川が氾濫しているレベルの大雨だった。
「早く! 倅よ! 家族を連れて早く逃げるのじゃ! 壁の色が変わってるとこまで水が来る!
このままここにいたら死ぬ! 高台の教会まで避難するんじゃ!」
「わ、分かったよ、父さん。落ち着いて。母さん、財布は持ったか?」
「はいはい」
「早くするんじゃ!」
とある村の老人は高台の教会に逃げろと声を上げ、慌てて家族を連れて逃げた。
しかし、高台の教会から様子を窺って見下ろす川は、もはや決壊しなかった。
治水工事後、それは正しく機能したのだ。
しっかりと工事された川岸から水は溢れなかったので、家屋や人や家畜が被害を受ける事は無かった。
老人は奇跡だと泣きながら神に感謝をした。
その様子を見て、老人の息子は言った。
「領主様の命で騎士様達がしばらく前に河川の工事をしていたんだよ。
皆の命と財産を守る為のチスイ工事とか言ってたかな?
あの河川敷は浄化後は食べられる野草がかなりあったから、正直言っていじられるのは嫌だったんだけど、本当に大事な工事で、効果があったんだな」
──と。
* * *
城内のシアタールームのスクリーンや椅子等も準備を終えたあたりで、お墓参りに行く時間になった。
大雨の後に、よく晴れた日は、先代の辺境伯のお墓参りである。
ライリーの瘴気被害がここまで広がったのは、モンスターウェーブの後の、豪雨と洪水だった。
戦場で流れた魔物の血と無念のうちに亡くなった死人の血が、川の水を汚染した。
流れた血と水が、瘴気の被害を拡大させたのだった。
けれど、今回は川は決壊しなかった。
自然豊かな場所にある、先代の墓前に花を添えて、お祈りする。
美しい木々の新緑が、風に揺れていた。
「それと、もう一箇所……」
「はい、あなた」
お父様の言葉にお母様が頷いて、もう一つのお墓に向かう。
数年前に亡くなった家令のお墓が、先代領主のお墓近くにある。
よく仕えてくれたから、領主の側にお墓が作られた。
こちらにもお花を添えた。
しんみりとした気分になると、私の肩の上にちょこんと乗っていたリナルドが、頬にすりよって慰めてくれた。
私は小さくて柔らかいリナルドを手のひらで包んで、そっと胸に抱きしめた。
*
墓参りから戻って、城門を通り抜け、石畳の通路を歩いてライリーの城内に向かう途中、ギルバートが話しかけて来た。
「さて、先代の辺境伯のお墓参りも終わったが、セレスティアナ。
チャールズ卿への御褒美とは?」
「何故ギルバート様がそんなにチャールズ卿へのご褒美を気になさるのか分かりませんが、良いですよ。
これがそれの一部です」
私はポケットに入れていたメモ紙を出し、ギルバートにそれを渡したが、ギルバートはチャールズ卿にメモを渡した。
「チャールズ、読み上げてみろ」
「はい、ギルバート様」
「七日の間、朝昼夜のいずれかの一食に自分の食べたいメニューを出して貰える。
なお、騎士達の食堂で同じ物が出される為、同僚も同じ物を食べる事になる」
「つまり、チャールズ卿にメニューの決定権があるという事ですね」
「そうです、入手難易度のやや高い食材を使う場合には時間的余裕を考えて料理長と相談してください。予算は私が出します」
「チャールズ卿! サーモン! サーモンにしよう!」
「イクラにしよう!」
「照り焼きチキン!」
「マグロ!」
「マグロは高いだろう」
騎士達が一斉に自分の好みのメニューをリクエストしている。
そう言えば彼等も頑張って汗を流しつつ、ツルハシをふるったのだし、意見を言っても良いよね。
「私が予算を出すから高くても大丈夫よ。
ただマグロなら先に魚市場に連絡を入れておかないといけないから、食べたいなら早めに言っておいてね」
「ありがとうございます!」
「チャールズ卿、焼き肉も入れよう」
「ステーキなら王都でも食べられるぞ」
「違う、あの秘伝の焼き肉のタレで食べる焼き肉だから」
「ああ、なるほど、それなら確かに」
「チャールズ卿、グラタンやチーズフォンデュなら女性騎士のお二人も喜んで下さると思うが」
「わ、私達の事はお気になさらず。ツルハシもふるっていませんし」
「はい、私も何もしていませんので」
「グラタンやチーズフォンデュは皆好きだから、それも入れようか」
リアン卿の優しい提案にリーゼとラナンは恐縮したのかそう言った。
「メニューを七日のうち、一回ずつといいましたが、30日間に延長します」
私の提案に騎士達は喜んで、わいわいと楽しそうにメニュー談義をはじめた。
給食のメニューを自分達で決めて良いと言われた生徒達のようだ。
だけど一日三食のうち、一食のみ指定出来るようにするのは、料理長が栄養バランスを考えて一日の献立を決めるからだ。
「後で紙にリクエストをまとめておいてね。
何日の夜に何を食べたいとかそういう風に」
「はい!」
チャールズ卿の元気なお返事に思わず笑顔になった。
*
夕方になって私はギルバートの執務室へ向かった。
ギルバートの騎士達もそこにいるみたいなので。
「石採掘の功労者の皆様達はこの日、アトリエで採寸を受けて下さい。勿論ギルバート様も」
「何の為にだ?」
「勿論、頑張った皆様に贈り物です。新しいパーティー用の礼服を作ろうかと」
「ああ、服であれば、お二人の結婚式で着れますね」
「なるほど、ありがとうございます」
などと騎士達に感謝されてしまった。
そんな意図では無かったので、ちょっと照れる。
*
夜、寝る前に私はひと仕事。
空の魔石に太陽光、熱をイメージして魔力を込める。
家全体を暖かく出来るように。
火の魔石の数の足りない分を補う結婚式の記念品。薪が入手困難な領民達の為の冬越しの備えだ。
皆、だいぶん頑張って火の魔石を集めてくれてるから、私も頑張ろう。
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