第275話
「お父様、今、少しお時間よろしいですか?」
私が執務室で話を切り出した瞬間、周囲の空気がピリついた。
この場にいるのはお父様と文官と執事である。
「話を聞くのは構わないが、また何かのお願いか?」
お父様が緊張感を滲ませてそう問うた。
「そ、そうですが」
「言っておくが、結婚前にダンジョンに行きたいとかはダメだぞ」
「そんな危険な事ではありません」
私の言葉の後に、ふうっと、一斉に安堵のため息が出た。
なんなの執務室の皆!? 私がこの状況でそれを言い出すと思ってたの?
「皆、すまない、ちょっと娘とその辺に散歩に出て来る」
「はい、行ってらっしゃいませ」
*
文官達に見送られ、執務室を出て私とお父様は庭園の噴水前に移動した。
「教会の日曜学校のお勉強の後のご褒美とか、うちの城でも日曜か土曜の夜に映画……いえ、スクリーンで何か素敵な映像を見たい人もいるかもしれないので、ひとまず暑くて遠出がしんどい夏と冬に城内の一区画でも見れるようにしたいなと」
「領民や使用人達の娯楽を増やしてやりたいと言う事か?」
「そうです。
平民の子供で山育ちとかの子には海の中の風景とか興味深いかもれないですし、水中の綺麗な映像とか癒されますし、旅先の綺麗な映像もあります」
海外の旅番組とか私も前世で見るの好きだったし。
「なるほどな、あまり重要では無い映像の公開だけならいいぞ。」
先日の魚、鰻捕獲映像は、場所がバレるとあれだけど、バレても問題ない系の映像をまとめて編集して音楽もつけてみようか。
「ありがとうございます。
ひとまず、私が出た演劇のクリスタルの映像とか有りますし、
あ、温泉街にも娯楽施設としてあってもいいかもしれません。
ここだけは収益が出るようにしても……」
「そうだな、働く平民の大人や貴族は日曜学校には通わないから、旅行、観光地にはそういう物もあっても良いかもしれない。
それと、雄大で美しい風景でも、上空から下の地形が分かりやすい映像は省くように。
つまりは戦略侵攻の情報になり得そうなものは省く」
「はい、分かりました。そのように編集致します」
そんな訳で、シアタールームのお話をお父様にしてみたら、城内と日曜学校の教会と温泉街で作る事を許された。
もっとも教会では見せる時だけスクリーンを用意し、映像を見せに行く、貴重なクリスタルを扱う人間をきちんと決めて出張して貰う事にした。
開催も月に一度で周辺の教会を持ち回りで、希望する教会のみ。
上空からの地形が把握出来そうな映像は省き、人魚の海も人魚の姿の写っていないシーンを編集して作る。
海の人魚は魔力が強くて通常の魔力も無い平民や漁師程度に捕まる存在じゃないらしいけど、美しいので、力有る悪い人間に狙われ無いように、見せないようにする。
錬金術師のヤネスさんにそのようにお話して編集作業をお願いした。
もちろん仕事料はお支払いする。
* *
「え? 結婚祝いで欲しい物ですか?」
昼食の時にそんな事をお母様に聞かれた。
本日のメインはステーキだ。
付け合わせには私の好きな甘いにんじんもついているし、焼き立てのバゲットの他にはサラダやスープも用意されている。
ギルバートも結婚祝い品の話という事で、こちらを注視した。
「ええ。先に知っていたら今からでも準備が出来るでしょう?」
「それはそうですね。
では後でリストに書いておきますので、その中から実現可能な物を選んで下さると嬉しいです」
「実現可能な物? そ、そんなに無理かもれない凄い物が有るの?」
「もしや伝説の武具とか、あるいは物では無いのか?」
お父様もすごく驚いた顔をしている。
「基本、物ですけど、まだこの世で見て無いから作る必要があるかなと。
魔道具師や錬金術師に相談しないといけないような物があって」
両親はえらい事を聞いてしまった! という風な顔をしている。
「わ、私も協力する! 可能な事なら」
ギルバートは両親に気を使って声をかけたみたい。
「そうですね、ワイバーンと魔法の収納布を持ちのギルバート様には一個、可能そうな物が有ります」
「なんだ? 可能そうなものだけでも今聞いておこうじゃないか」
ギルバートから妻を得るための試練を受ける人みたいな気迫を感じる。
「今、お皿の上にはステーキがあって、これを今、我々は食べていますよね」
「あ、ああ。牛肉のステーキだな」
「こういうステーキをより美味しく食べる為に、溶岩プレートが欲しいのですが」
「「溶岩プレート?」」
家族とギルバートが何それって顔で、セリフが被った。
「過去に噴火した火山があれば、冷めて固まった溶岩の塊がどこかにあると思うのです。
板のように四角、もしくは楕円などに切りそろえて、その上で熱々の溶岩プレートの上にお肉をのせて食べる! という事がしたいのですが、無理なら鉄の板で。その下に、耐火プレートとか火傷防止の木製のトレイを嵌め込んだ物でも良いです」
「びっくりした、伝説の武具とか言い出すかと思った」
お父様ったら、かぐや姫じゃないからそこまではないですよ。
「つまり、過去に噴火した事のある火山に行けば見つかるという事だな」
ギルバートがやる気に満ちた顔でそう言った。
「そうです。間違っても噴火中の所ではなく、安全に」
「わざわざ溶岩を探さなくても鉄の板でもいいのでは無い?」
お母様が心配そうに言う。
「ええ、別に溶岩の大きい塊入手が難しいなら他のしばらく熱を保つ性質の金属でも良いですし、取れた溶岩の塊が小さい物ばかりでも、一回細く砕いて、私が土魔法でくっつけて板状か楕円に加工出来るか試してみますので」
「では必ずしも溶岩プレート自体は完成形でなくてもいいのか」
難易度が下がった事に安堵したのか、ふうと、お父様が緊張を解くように息を吐いた。
「はい。あ、金属の場合、下のトレイは木製で、職人にお願いすると思いますけど」
「溶岩の塊なら私が竜騎士達と探して来よう」
「ギルバート様が行くなら私も一緒に……」
「私が行くから、待っていてくれ」
え──、なんで?
「ティア、大人しく待っていなさいね」
「なんなら私が殿下に同行するから待っていなさい」
両親から止められた。
「贈り物なのだから、其方が自分で行くのはおかしいだろう」
「それを言うならギルバート様も結婚祝いを貰う側では」
「私は妻を得る為の多少の課題くらいあってもいいと思っているのでいいんだ」
「……そうですか、分かりました。無理ない程度にお願いします」
じゃあせっかくやる気になっているようだし、お願いしよう。
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