第274話
「お嬢様、鰻の泥抜きはそろそろ頃合いだと料理人が申しておりました」
「分かったわ。ああ、もうすぐ夕刻になるのね」
メイドの報告に頷いて、私は工房の壁の時計を見上げてそう言った。
乙女ゲームイメージコラボカフェのチケット先行販売をしたらチケットはすぐに完売したので、今日はお客様に贈る花に使うリボンを選んだり、予約席のテーブルに置くカードなども用意していたのだ。
「さて、鰻達の泥抜きも終わったので……」
今日の夕食にクロダイっぽいのはアクアパッツァにして、鰻は蒲焼きに。
鰻は料理人達が料理してくれるだろうから、私は手長エビでエイデンさんにエビチリを作ってあげよう。
自分用には何を作ろう。
お好み焼きにしようかな。
ソース味が恋しい。
*
厨房にて。
「お嬢様は何を作られているんですか?」
「エイデン卿にはエビチリ。
自分用には……キャベツと豚肉とチーズのガレットみたいな物よ。ソース味の」
チーズ入りお好み焼きよ。
「両親には美味しい牛肉がまだあるから、ステーキを。
鰻を取って来たエイデン卿とラインハート卿には鰻料理の量を多めに。
あ、ギルバート様やギルバート様の騎士達にも鰻を。
ナマズは欲しければあげると言ってたわ」
「ではナマズは我々がありがたく美味しくいただきます。お嬢様はステーキの方はいいのですか?」
「ええ、今日はソース味のガレットの気分なので、私の騎士達と一緒に食べるわ」
「本日はバラバラで食事をされると言う事ですか」
「そうね、これはエイデン卿達が頑張って捕ってきた鰻で数に限りがあるから、ギルバート様の騎士達が鰻で屋上で、両親はステーキを食堂で、そして私と私の騎士達が豚肉とチーズとキャベツのガレットを庭園のテーブルセットの所で食べるわ、弟もガレットが多分食べやすいから私と一緒で」
「分かりました」
そんな訳で今日はバラバラに食べる事にした。
私は自分の騎士達と弟も一緒に、白いテーブルセットが置かれている庭園へ移動した。
妖精と霊獣の猫二匹と兎も一緒だ。
屋上は今頃騎士達が鰻パーティしていて、ギルバートにクリスタルでの撮影も頼んでおいた。
両親は久しぶりにお二人で食堂でステーキ。
珍しく二人きりのディナーなので、もしかしたら仲の良いお二人はデート気分になってるかもしれない。
「ウィル、ガレット美味しい?」
「うん! クロエにはにんじんあげていい?」
「良いわよ。ガレットを食べ終えたら、デザートにはパフェがあるわよ」
「パフェ!」
妖精のリナルドは騎士達が千切った葡萄を貰って食べたり、小さな頭を撫でられたりしてる。
霊獣の猫のアスランは食べ物は何もいらないらしく、ラナンの膝の上で優しく撫でられている。
ブルーは私の騎士達に代わりばんこに抱っこされたり、吸われたりしてる。
猫吸いはここにもいた!
されるがままの猫は悟りを開いたかのような表情で、全てを許す様は慈悲深い……。
兎のクロエはウィルがにんじんをあげたり、抱っこしたりしている。
皆、可愛い妖精と霊獣をここぞとばかりに愛でている。
和やか。
私達は庭園のお花を眺めつつ、夕食にガレット(お好み焼き)を食べたり、木苺を飾ったパフェを食べたりした。
*
一方、その頃屋上では……華やかな騎士達がサンセットパーティー中であった。
鰻祭りとも言う。
白いテーブルセットがいくつか置かれていて、すでにアクアパッツァ等も用意されている。
アクアパッツァに使われているのはドラージルと言われる、この世界における鯛である。
鮮やかなトマトが彩りを添えている。
「香ばしい香りですね」
「このタレがすごく美味いんですよね」
「あれ? ギルバート様。セレスティアナ様は一緒じゃないのですか?」
「撮影を頼まれたって事は、別の場所で食事しているんだろうが」
「庭園だ! 下におられる!」
「ギルバート様、何故お嬢様と別なのですか?
喧嘩とかしていませんよね?」
「喧嘩などしていない。料理人、理由を知っていたら説明してやってくれ」
料理人は目の前のBBQセットで鰻を焼きつつ、説明をした。
「お嬢様がおっしゃるには鰻はエイデン卿達が頑張って捕って来た物なので数に限りが有る事ですし、騎士仲間の方達と食べればいいと、気を使っておられました。また、ガレットを食べたい気分だとも」
騎士達はなるほどと、納得したようだった。
「そうか、あっちはガレットか。辺境伯夫妻は何を食べておられるのか?」
「牛肉のステーキとデザートにレモンのソルベでございます」
「そうか」
「あ、皆様、鰻が焼けました。お米の用意も出来てございます。
デザートのプリンはあちらに」
「やった! 待ちかねた」
料理人は慣れた手つきでご飯の上に鰻をのせ、再びタレをかけた。
「やはり美味いな。身がふわふわだ」
「本当に美味い。しっかりと脂がのってるようだ」
「今日も甘辛いタレが効いている」
「ん? 料理人、このエビ料理は?」
「お嬢様がエイデン卿へと、料理名は……エビチリだとおっしゃっていました」
「なんとお優しい事だ。……これは、ややピリっと辛いけど、美味しい!」
「エイデン、それ、一人前なのか?」
「手長エビの量が多くなかったから私にだけ下さったのだろう」
「……一口だけ」
「セス卿は綺麗な見た目によらず、食には貪欲だな、良いぞ」
執事がすかさず取り分け皿を用意した。
「エイデン卿、ありがとう。……美味しい!」
「辛いのも良いよな。酒が欲しくなる」
「お飲み物をどうぞ。お酒はこちらです。貝などの海産物もございます」
「ありがとう」
オレンジ色の夕景が美しい屋上でわいわいと、騎士達も美味しい夕食を楽しんでいた。
「あれ? 綺麗な歌が聞こえるし、空中にキラキラしたものが舞っている」
「セレスティアナ様が庭園で歌っておられるのか」
「あ、歌の影響なのか、下でオルタンシアが急成長しています!」
「其方、こんな高い所から目が良いな」
「視覚強化の魔法でよく見えます」
「そんな魔法があるのか、流石は竜騎士のラインハート卿だ」
騎士達は素直に同僚を称賛した。
「下も盛り上がっていますね。楽しそうです」
「セレスティアナが今日歌うなんて聞いていないが、あちらにも撮影班はいるんだろうな?」
「ここからでも 歌声は小さくとも聞こえますが」
「エイデン、鰻美味しかったぞ、ありがとう。私は今から下に降りる」
「はい、ギルバート様、お気をつけて」
「チャールズ、こちらの撮影は任せたぞ。クリスタルを預ける!」
記録の宝珠をチャールズに押し付けるギルバート。
「はい、任されました!」
そしてギルバートは屋上を気に入って普段の居場所にしているグリフォンを見上げて言った。
「辺境伯のグリフォンだと分かってはいるが、ちょっと私を下まで連れて行ってくれるか?
俺の竜は今、竜舎に入っているのでな」
「キュイ!」
短く鳴いて返事をしたグリフォンはギルバートを背に乗せ、城の屋上から庭園へ舞い降りた。
階段を降りるよりも飛んだ方が早いのだ。
「行ってらっしゃいませ〜」
「下の庭園に降りられただけだけど……」
「本当にセレスティアナ様がお好きなんだな。歌を聴いて我慢出来なくなって降りて行かれた」
「なに、いつもの事だ」
「違いない」
あははは!
ライリーの城の屋上に、騎士達の平和で楽しそうな笑い声が響いた。
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