第272話

 〜(ギルバート視点)〜


「あら、アスラン。昨夜は寝床にも、私のベッドにもいないと思ったらギルバート様のとこにいたの?」


 俺の腕に大人しく抱っこされているアスランを見るや、朝からセレスティアナが話しかけて来た。


「そうだ。俺の寝床に潜り込んで来たぞ。其方が来させたのではなかったのか?」


 俺がありし日の母の姿を、神様の返礼品のアルバムで見て、久しぶりに一人で切なくなっていたら、このふわふわがベッドに入って来たのだ。

 なので、思わず抱っこして寝た。


「違いますよ。猫は気まぐれに寝たい所で寝るものだと思います」

「しかし、その子は普通の猫と違うから……」


 霊獣の翼猫だからとても頭が良い。


「私の可愛いふわふわちゃん、昨夜は殿下に抱っこして寝てもらってたの〜?

良かったわね〜、今日も可愛い〜〜」


 まるで見ていたように、昨夜の状況を言い当てたセレスティアナは俺の腕に抱かれたままのアスランの額にちゅっとキスをした。


 ダメだ、ただの猫バカみたいになってる。

 とはいえ、いつもの事だから良いけどな。


「お嬢様、乙女ゲームのカフェで使う騎士の衣装の見本が上がって来ましたよ」

「ありがとう! 朝食後に確認するわ」

「ひとまず食堂へ行こう」

「ええ、アスランの抱っこ代わりましょうか?」


「……別に重くないから大丈夫だ」

「さてはアスランが可愛いから離れ難いんですね〜」

「そうだが!」


 図星だった。


「うふふ、じゃあいいでしょう。しばらく貸していて差し上げます」


 *


 食事の後に側近のエイデンが声をかけて来た。


「ギルバート様、本日は私、お休みなので出かけて来ますね」

「ああ、エイデン今日は休みだったな。

昨夜竜騎士の1人とこっそり出かけたと報告があったが……」


 深夜に何してるんだ、お前……。


「こっそりって……ちょっと川まで行って来ただけですよ」

「涼みに? あ、分かったわ。蛍を見に?」


 セレスティアナ、男二人で蛍など見に行ってどうする。

 しかも出て行ったのはだいぶ遅い時間だ。

 蛍の時間よりずっと遅い深夜だ。


「竜騎士のワイバーンに乗せて貰って、鰻の罠を仕掛けて来ました。20個程。今から確認に行って来ます」


「えっ、何でそんな楽しそうな事をするのに、私を誘ってくださらないの?」


「申し訳ありません、セレスティアナ様。

深夜の行動でしたし、まず、ミミズを触る所など見たくは無いかと」


「ミミズは見るだけならわりと平気ですけど! 動画は? エイデン卿、撮影はされてますか?」


「いや、魔石の灯りのみで周囲は暗いですし、ギルバート殿下もいませんでしたので、わざわざ記録はしていません」


 ええ〜〜! と、言うかのようにセレスティアナはあからさまにガッカリした顔をした。


「罠にかかっていてもほぼナマズかもな」

「ギルバート様、そんないきなり希望を打ち砕かないで下さいよ」

「セレスティアナ様は今から衣装の確認でしょう?」

「ああ、そうだったわ、ではエイデン卿、鰻が取れたか、撮影して来て下さい」


「空振りかもしれませんが、撮影するんですか?」

「良いので、実況しながら確認して下さい」

「……実況? で、ございますか?」


 エイデンが首を傾げた。


「えっと、今から鰻の仕掛けを見に行きます。一本目、ハズレ〜。

二本目はどうでしょうか、あ、何かがかかっていました!

……ナマズでした〜! とか、何と、鰻でした〜!! 

などという風に、お話しながらクリスタルに記録して下さい。

それと次からは罠を仕掛ける所から撮影記録しておくか、私を誘ってください」


「は、はい。しかし、私がそのように話す姿は何か面白いのですか?」

「ええ。私にとっては大変面白いです」


 セレスティアナは真剣に頼みましたよ! と、エイデンに念を押した。


 そんなに鰻が食べたかったのか。

 今度市場で買って来させようか。

 たしかにあの甘辛いタレにつけて食べるのは美味しいからな。


 俺はひとまずセレスティアナの衣装確認について行く事にした。

 場所はサロンだ。


 衣装を手にしたセレスティアナは嬉しげに微笑んで、自分の護衛騎士に声をかけた。


「……良いわね。ねえ、レイナート、ちょっとこれを着てみて?」

「わ、私がですか、わかりました……」


 レイナート卿は少し困った顔をしつつも自分の主のお願いなので断れないようだ。


「わあ! かっこいい! 素敵!!」

「ええ、本当ですね、よくお似合いです。長身が映えますね」

「本当に素敵ですわ、騎士様」


 女性ではあるが、同じセレスティアナの護衛騎士のリーゼ卿も褒めているし、思わず側にいたメイドも興奮して讃えている。


「失礼いたします。お嬢様、お呼びと聞いてまいりました」

「レザーク! 早速だけど、この衣装に着替えてくれる?」

「え、私がですか?」


「銀髪の美形が必要なのだけど、まさかギルバート様にカフェで給仕の真似事などさせられないから、ダメかしら?」

「ギ、ギルバート様にそのような事をさせるくらいなら、私が」


 ライリーの騎士に庇われた。

 別にセレスティアナが喜ぶなら少しの時間くらいならやっても構わないが、後で王にバレると厄介か。


 レザーク卿は衣装を受け取って、着替えに行き、他にも声をかけられた騎士が数人着替えに行った。


 セレスティアナを喜ばせる事が出来る彼等が羨ましい。


 せめて鰻の方に参加すれば良かったか?

 しかしエイデンも今日は休みだ。

 休日の趣味の時間に俺という護衛対象が一緒では休みにならないかもしれん。


 この後、渡された衣装に着替えた騎士達が女性達にちやほやされるのを見る時間が過ぎて行った……。


 セレスティアナが他の男をそんなに……。


 ……仕事しよう。


「ニャア」


 俺の足元にアスランが擦り寄って来た。

 可愛い……。


「よしよし、私と一緒に執務室へ行こうか、アスラン」


 俺を慰めてくれる優しい猫を抱き上げて、俺はサロンから出て行った。



 執務室でしばらく真面目に紙の仕事をしていると、窓の外から同じくワイバーンで帰ってきたエイデンと竜騎士が見えた。

 さて、念願の鰻はかかっていたのかな?

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