第269話

 初夏。


 今日は朝からしとしとと、優しい雨が降っていた。

 きっと雨上がりには、庭の植物達が生き生きするだろう。


 今日はアトリエで新製品の開発作業の続きをしているのだけど、既にほぼ、形にはなっている。


 最近、成人してハイヒール……踵の高い靴を履くようになって、足の痛くならない製品を販売しようと思った。


 前世で土踏まずのあたりに耐震マットをくっつけると楽だという話をネットで見た。

 なので、土踏まずのあたりに柔らかいジェル素材っぽいので膨らみを持たせた靴の中敷きを、スライムの加工品で何とかしようって。


 ペタっと物理的に足裏に吸着するように、けれど脱ぐ時はちゃんとベタつかずに離れるように加工。


 いや、まじで長時間のハイヒールは石畳、大理石の床、ダンスなどでも地味にダメージをくらうし、貴族女性、いちいち治癒魔法師に治癒魔法かけて貰うのも辛いでしょ。


 貴族女性以外はあまり踵の高い靴を履いているのは見ないから、ひとまず貴族女性向けにスライムのジェル風、靴の中敷きを売り出してみよう。

 と、思いついてから、製品化に向けて、靴屋と錬金術師を巻き込み、今日もライリーのお城に呼んだ。


 スライムは倒しても倒しても、どっからともなく湧いてくるので、研究素材にはもってこいだった。


 フットケアといえば、ついでに癒しの魔法をかけた、アロマオイルも数滴入れたいい香りのする癒しの水。


 商品名は「アロマ香る癒し水」


 去年の聖者の星祭りに使用人用のプレゼントにした、沢山動き回る騎士とかメイドや執事にもお試しに使って貰ったら、好評だった物。


 仕事終わりの足の疲労を取るように、桶にお湯と一緒に入れて使う物をプレゼント用に少しずつ作って、城内と王都の支店にたまに置いていたら、これも売れた。


 これは私の魔力を使うので、量産には向かない品だけど、買えた人はラッキー! 的なレア商品だ。


 マメに王都のシャッツの店舗に行く人には、こんな物や新製品が買える事がある。


 話を戻そう。

 錬金術師と靴屋の意見を聞きながら、中敷きの量産の相談をしていたら、執事が何かの荷物を運び入れて来た。


 ──よし、錬金術師と靴屋は一旦帰して、荷物の確認しよう。


「では、二人とも、本日はここまでにしましょう」

「はい、製品が追加で完成したらまたこちらにご連絡いたします」

「ええ、よろしくね」



 私は二人を帰してから、執事に尋ねた。


「その荷物はどなたから?」

「はいお嬢様、モントバ侯爵夫妻からの贈り物でございます」

「え? お人形のお礼なら牛肉とお酒をいただいたのに」

「あちらはプリシラ嬢の親で有る小侯爵様からで、こちらは侯爵夫妻からでは?」


 なるほど、可愛い孫に私がお人形をあげたお礼にかな。


 錬金術師と靴屋をアトリエから帰してから、贈り物の中身を確認した。


「わ……、青と紫のグラデの、美しい花のようなドレス……」


 今度行くお茶会にはレモンイエローのドレスにしようかと思っていたけど、こっちを着て行こうかな?

 せっかくだし。



 * *


 数日後、靴の中敷きの追加分がすぐに数点出来上がって納品された。

 仕事が早い!

 私は早速メイドを呼んで指示を出した。


「こちらの靴の中敷きは茶会に招待して下さった伯爵令嬢と伯爵夫人へ贈るので梱包を」

「かしこまりました」


 今度のお茶会はお土産持参で参りましょう。

 


 * * *


 私は初夏のニイレア伯爵領のお茶会に、青と紫のドレスで参加した。


「皆様、よろしければどうぞ、お庭へ。美しいオルタンシアが見頃ですよ」


 オルタンシア……あ、紫陽花だ!

 庭園には涼しげな色の紫陽花が沢山咲いていた。

 こちらでも数日前に雨が降ったのか、花は生き生きとしている。


「とても美しいですね」


 素直に称賛の言葉が出た。

 青と紫と、水色、白もある。


 紫陽花庭園の石畳の通路の上を、ハイヒールでカツカツと歩き、伯爵令嬢が私の側に来た。


「セレスティアナ嬢の本日の青と紫のドレスの色も、このオルタンシアのようで素敵ですね。

当方の庭園のお花に合わせて下さったのですか?」


 偶然ですけど!


「うふふ、季節的に良いかと思って着てきました」

「本当にお美しいですわ」


 本当に偶然なんだけど、伯爵令嬢は嬉しそうに笑った。


 私は、今が好機かと、付き添いの護衛騎士に持たせていた物を受け取って、令嬢に渡した。


「こちらは私から、お茶会にお招き下さったお礼です」

「これは?」

「ヒールの高い靴を長い時間履くと、足が痛くなったり、疲れたりしますでしょう?

こちらを靴の中敷きとして使ってみて下さい」


「私も今、同じ物を使っていますが、楽になります」

「まあ! 早速試して来ても?」

「もちろん、どうぞ」


 伯爵令嬢は少し失礼しますと言って、中敷きを持って屋敷内に戻り、すぐに戻って来た。

 レディは人前で靴脱がないからね……。


「本当に楽ですわ! 石畳の上を歩いても痛くないので助かります!」


「それは、ようございました」

「セレスティアナ嬢、靴の中敷きと仰っていました、そちらは買える物ですか?」


 他のお茶会の招待客の令嬢も気になったのか、私に問うて来た。

 まだ試作品が数点あるだけだけど、いずれ量産する。


「ええ、数が揃えば王都のシャッツの店舗でも売る予定です」

「まあ、私も見つけたら購入させていただきますわ。正直ダンスレッスンの時も足が辛いのです」


 他領の令嬢が興味と購入意思を示してくれたし、伯爵夫人も試して下さったのか、私に声をかけに来て下さった。


「セレスティアナ嬢、私にまで、贈り物をありがとうございます。これは大変良いものですね」


 伯爵夫人にも喜んで貰えたようだ。


「素敵な贈り物をありがとうございます。

こちらからも何か御礼を差し上げたいのですが……あ、オルタンシアはお好きですか?」


 伯爵令嬢は、良い事を思いついた! という感じで訊いてくれた。


「はい、オルタンシアはとても綺麗なので、もちろん好きです。もしや株分けをしてくださるのですか?」

「ええ、ここの庭のオルタンシアの花は両親が私に贈って下さった物なので」

 

 伯爵夫人も穏やかな微笑みを浮かべて頷いてくれている。


 やった──っ! 綺麗な紫陽花をゲット!



 ──そんな訳で、

 社交で足がしんどいから思いついたこのスラジェル靴の中敷きという製品、結果的に貴族女性によく売れる事になる。


 案の定口コミで、直接プレゼントした伯爵夫人と令嬢が広告塔になってくださったので。

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