第266話
お父様にドラゴンゾンビとの戦闘の事など、情報交換をする事になった。
お母様は今、今回の事後処理を行なっていて、忙しい。
私やギルバートとお父様は戦闘後なので、一旦休憩してくると、表向きは休憩中の密談の最中なのだった。
クリスタルでの映像でプチ視聴会もした。
「ドラゴンゾンビに気を取られていたけど、結局、今の私ってどういう存在なの?
まさか知らないうちに人間を辞めてたりしないわよね?」
私は自分がどんな存在になっているのか、今更気になってリナルドに問うてみた。
訊かずにはいられない。
『女神の権能の一部を使える……使徒って所かな。一応人間だけど、通常の聖女より強い力を持っているよ』
い、一応って何だ?
私は我が事ながら、思わずゴクリと生唾を飲んだ。
「通常の聖女ってのいうのが、どれ程のものなのか分からないけれど、何だか強そうね」
『そうだね、場所によっては、女神扱いされてもおかしくないね』
「場所って?」
「閉鎖された僻地の田舎の小さな村とか? 祭り上げられる存在だよね」
「別にそんな田舎の僻地でなくても、十分祭り上げられてもおかしくないな」
ギルバートはあっさりそう言った。
お父様も頷いた。
「とりあえず、その使徒の件は伏せておこう。他国がティアを欲しがって戦争を起こしたりすると厄介だ」
「それはそうだな。秘密にしておこう」
リナルドが権能の事を話した、あの場にいたのは私とギルバートとエイデンさんとラナンの四人。
そして今、人払い中故に、聞いたのはお父様くらいだ。
「ところで今回のレンドールのモンスターウェーブの発生は、人為的なものとか原因は分かっているのだろうか」
リナルドの私は使徒だった発言に、しばらく眉間を押さえて平常心を保とうと頑張っていたギルバートだったけど、気を取り直し、別の疑問を口にした。
それについて、お父様の返答はこうだった。
「魔族の気配があったらしい。
まだ魔王復活を狙って動いてる者がいるようだ」
「魔族達、まだ諦めてないのか。
自分たちの王の為とはいえ、奴ら魔族は魔界で大人しくしていてくれないものか。
何故人界に出て来ようとするのか」
「やはり人間の恐怖や憎しみや絶望などを吸収して力を得る存在と言われるせいか、力を欲するのかもしれませんね、本能的にも……」
エイデンさんがボソリと言った。
「人間の中にも魔族の力を借りてでも成り上がろうとか、人を超える力を欲したり、復讐を成そうとするからな」
ギルバートはやれやれといった風情で、ソファの背もたれに体を預けた。
疲れていそうだ。
「そろそろ、入浴して一旦寝ますか? 体を休めませんと。
ギルバートも勇者並の活躍だったでしょう?
あの必殺技のようなものには驚きました」
『本来勇者は予言されて産まれてくるんだけど、女神の権能の一部を持つティアと関係してるから、ギルバートも勇者並の存在になっているんだよね』
「「またこの妖精は、突然爆弾発言をする!」」
私とギルバートのツッコミが完全にかぶった!
『仲が良いね、タイミング完全に被っていたよ』
「そこはどうでもいいから!」
ギルバートが少し赤くなって言った。
「ギルバート、どうします? 勇者様って呼んだ方が良いですか?」
「やめろ、セレスティアナ。俺はガーディアンの称号だけで十分だ」
その時、コンコンとドアを叩く音がした。
「誰だ?」
「ジーク? 私ですけど」
「シルヴィアか! 入っていいぞ」
「人払い中と聞きましたが、失礼します。おそらく緊急だったので」
「どうした?」
「お母様、何かありましたか?」
お母様は私の方を向いて話しはじめた。
「さきほど、伝書鳩の手紙が届いて、レンドールの領主からの依頼なのだけど、時間のある時にでもティアに一部だけでも瘴気の濃い場所の浄化をお願いしたいらしいのよ」
「分かりました。明日にでもレンドールに行きます。
あ、そうしたら魔の森の方はどうしましょう?
ドラゴンゾンビの穢れは……」
「あそこは冒険者の収入源の魔の森の中だから、下手に浄化すると狩りごろの低ランクの魔物に影響が出てしまいかねない。しばらくそのままで様子見だ。
浄化するにしても強力すぎてはいけないから、どうしても必要なら聖水の出番かな」
「分かりました、お父様、ひとまず様子見ですね」
「一応呪いで穢れた黒い土は毒沼と同じようなものだから避けて歩けとは冒険者ギルドに知らせておく」
なるほど……。
前世のRPGゲームで見た、毒沼って歩くとビシバシヒットポイントが減っていくやつね。
あれと似たような避けて歩く危険ゾーンね。
「とにかく今日は疲れただろうから、もう風呂入って、食事して、寝よう」
「そうですね、お父様が一番お疲れでしょう、それとギルバート様も」
「ティアもちゃんと休むんだぞ」
「そうだぞ」
「そうですよ」
「はい、皆様ご心配なく。浄化の儀式があるので、ちゃんと休みます」
「そう、では明日にも浄化に向かうと返事を書いて、こちらも鳩を飛ばしておきます」
*
言ったとおりに入浴して、軽く食事を摂った後に、私は寝た。
ふわふわの猫、アスランを抱っこしながら。
*
後日。
しっかり休んだ私達は、ギルバートと護衛騎士達を連れて、隣の領地に向かった。
私は白い衣装で浄化の為の歌を歌った。
レンドールの領主には大変感謝された。
私はいつぞやのライリーへの食料支援の恩返しをしただけだと言った。
「情けは人の為ならず」という言葉がある。
かつて人に情けをかけた分、巡り巡って自分達に良い報いがきたという訳ですね。
モンスターウェーブとはいえ、お父様の救援も早めに駆けつけてくれたので、レンドールはライリー程の広範囲が穢された訳では無かった。
やはり、魔の森から現れた過去の魔物の軍勢、モンスターウェーブは規模が段違いだったのだろう。
レンドールのモンスターウェーブの発生源の森の中の洞窟も、魔の森レベルの存在では無いから。
とはいえ、いくつかの村は魔物にやられて廃村になっている。
私はいくつかの場所を浄化した。
最後に犠牲になった村の一つに足を運んだ。
そこで壊された村のパン焼き場の釜を見つけた。
魔物の襲撃前は女性達がここで集まってお喋りしながらパンを焼いていたのだろう。
切なくなって、私はインベントリから出したパンを数個お供えした。
村人達の為に、その村にあった川のそばでは、お野菜とお花をお供えして、浄化用の白い衣装から死者を悼む黒いドレスに着替えて、慰霊の歌を歌った。
時は既に夜だった。
夜の闇の中で、夥しい数の蛍が乱舞していた。
黄色の尾を引きながら、飛び交うその様は、とても幻想的だった。
川の上を飛ぶ無数の光を見たら、また過去の精霊流しを思い出した。
そう言えば……蝶の他にも、蛍も死者の魂という説を聞いた事がある。
いくつかの光は蛍同士の求愛のそれではなかったのか、空の星を目指して飛んで行く光があった。
──あれが……そうなのだろうか?
どうか、迷わずに、天に帰れますように……。
私は隣にいるギルバートに声をかけた。
「そう言えば、蛍、ここで見れてしまいましたね」
「そうだな、暗いから足元に気をつけろよ」
そう言ってギルバートは手を差し出してくれたので、私達は手を繋いで、川べりをゆっくりと歩いた。
蛍の舞う、その夜に。
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