第263話
〜(ギルバート視点)〜
初夏。
いつものように俺は早朝に起きて鍛錬を終え、シャワーを浴びた。
エアリアルステッキを使ってもまだ髪も乾ききっていないが、滴る程ではない、半分くらいは乾いた。
俺は足早に庭園に向かった。
朝の庭園にはセレスティアナがいるはずだ。
祭壇にお供えする花を選んでいるから……。
──あ、やっぱりいた!
しかも! セレスティアナが庭園の噴水の側でまた、絵本の中の妖精のように花の蜜を吸っている!
朝を告げる鳥の囀りが響く中、妖精のように愛らしいセレスティアナ……。
……可愛いな、めちゃくちゃ可愛い。
花を吸っている姿が愛らしくて本当に似合う。
さらに今なら護衛騎士がいない。
千載一遇!
「あ、ギルバート、おはようございます」
「おはよう」
俺はぐいっとセレスティアナの細い腰を引き寄せ、彼女のさくらんぼのような色の唇に唇を重ねた。
「……!!」
彼女は驚いて手にしていた花を噴水に落とした。
そしてセレスティアナが俺の腕の中で軽く身じろぎをしたが、すぐに大人しくなった。
「……やっぱり、少し甘い気がする」
「は、花の蜜を吸っていたので……。と、いうか、びっくりするでしょう?」
「今なら監視が居ないから、今のうちにと」
「ご、護衛でしょう?」
「そうだな……」
俺はそう言ってぎゅっと、セレスティアナの柔らかく女性らしい体を抱きしめていた。
彼女も抗わず、大人しくしていたので、俺は抱きしめたまま、しばらくそのままじっとしていた。
鳥の声と噴水の水音だけが聞こえる、静かな時間が流れる。
…………。
そろそろ離して欲しいとか、会話で解放を願うとかするのが普通だろうが、彼女は、目を閉じて、首を傾け……これは、ね、寝ようとしている……!?
この体勢で!? 立ったまま!?
「待て、其方、何故この状況で寝ようとしている?」
「離して下さらないという事は、離したくないのだろうと、さりとて拘束されたままでは出来ることも無いのです。もう寝るくらいしか」
「いや、そろそろ離して下さいとか、普通言うものだろう?」
「だから離せと言うと、しょぼんとしてしまうと思って、じゃあいっそ温かいし、固定されているから寝るか! と」
「普通そうはならんだろう。全く、想像の斜め上に行く女だな」
俺は彼女の面白い発想につい、笑ってしまった。
「ぬいぐるみかお人形のように大人しく可愛いらしく、抱っこされていたのに……」
彼女は可愛いらしくむくれてみせた。しかしその時、
ガーン!! ガーン!! と、重い鐘の音が響いた。
「え!?」
「何だ!?」
「警鐘の音です!」
「警報! 伝令より近隣の領地よりモンスターウェーブ発生! 救助要請が届きました!
当領地でも警戒体勢に入ります!」
騎士の声で切迫した説明がなされた。
さっきまでの甘い雰囲気が吹き飛んだ!
「早朝から活動する珍しい魔物なんでしょうか?」
セレスティアナがそんな疑問を口にした。
「魔物は昨夜から暴れていて、伝令が先程届いたようです!」
セレスティアナの護衛騎士のラナン卿が肩にリナルドを乗せ、説明しつつ慌てて駆け込んで来た。
「ギルバート殿下! 緊急招集です! 会議室へ!」
鍛錬後、同じくシャワーを浴びていたはずのエイデンも走って来た。
「これは訓練じゃないんだな!?」
「殿下、これは残念ながら本物の緊急事態です!」
俺はセレスティアナを解放して、会議室へ向かう事にした。
「わ、私も状況が知りたいので会議室に同行します!」
「分かった!」
セレスティアナも走りながら追って来たので一緒に会議室に行った。
まだ寝癖のついたままの騎士や、濡れた髪のままの騎士も集まっていた。
「緊急事態だ。近隣の領地でモンスターウェーブが発生した。
先程救援要請がライリーにも届いた。
我が領も警戒せねばならないが、救援用に派遣部隊も編成する。
救援には私が出向く、殿下にはこの城と妻と子を頼みます」
「私はセレスティアナのガーディアンだ。城と辺境伯の家族の事も任されよ」
「感謝します、ギルバート様。
それと私は今回グリフォンのシュバルツで移動しますが、足が速い竜騎士を貸していただきたい。」
「分かった。竜騎士を3人とも貸す。
それぞれ一人くらいならワイバーンに同乗出来るからな、ライリーの腕利きを三人は空から運べる」
「あなた、私の霊獣の兎のクロエも戦闘向きではありませんが、一応早く飛べますので、貸しましょうか?」
「ああ、そうだな、シルヴィアの兎のクロエと翼猫のブルーも借りるか、ティアのアスランは念の為に残しておく」
「お父様が出るのですね。私もできれば参戦したいですが……」
またセレスティアナはそんな事を! 予想出来た反応ではあるが。
「ティアは危険だから、とりあえずポーションの用意でもしていてくれ」
「辺境伯の言う通りだ、とりあえず皆の無事を祈りながらここで警戒をしておこう」
「そうですよ、ティア。城も守らないといけませんし、情報を中継する者も必要ですよ」
「分かりました……。
ライリー内でも何が起こるか分かりませんから、皆で移動する訳にいきませんね」
一応聞き分けてくれて良かった!
辺境伯と一部の精鋭と竜騎士達は慌ただしく出陣した。
我々は飛び立つ彼等を屋上から見送った。
「騎士宿舎の方にも伝令を飛ばして警戒すべき各所に配置しなければ、伝令馬を走らせて!
それとポーション、回復薬の確保と製造を」
「ひとまず私は祭壇で無事をお祈りしてきます!」
彼女が走り出した先に花を抱えた庭師がいた。
祭壇用か?
「お嬢様、これを!」
「ありがとう!」
セレスティアナは御礼を言って花を受け取り、そのまま祭壇の間へ走って行った。
とりあえず城内に向かうだけだし、ひとまずセレスティアナは大丈夫か。
そう言えば俺は王都にも連絡をせねばならぬのでは?
ガーディアンはいざとなれば聖騎士も動かせるし。
「誰か王城には連絡をしたのだろうか?」
俺はシルヴィア辺境伯夫人に訊いてみた。
「夫が騎士を二人、転移陣から王都へ報告に向かわせました」
良かった。
「しかし私からも深刻な状況なら救援の騎士を増やして貰えるよう、今から書状を書いておくか」
「ありがとう存じます。よろしくお願いいたします」
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