第258話

 私は庭園に出て、清らかな朝の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

 いい朝!


 本日の祭壇へのお供え用のお花を探して歩いていると、一際色鮮やかなアマリリスを見つけた。

 赤くて華やかで茎が太い。

 

 今日の祭壇のお供えはこれにしようと思った。


 * *


 学院のお昼の休み時間はお気に入りのガゼボで、優雅にお花を見ながらのランチ。


「どうぞ、ストローン領のお土産の苺で作ったいちごミルクですよ」

「私が贈り物を届ける使者に立っている最中に、父君とお祭りと苺狩り、楽しかったようだな」


「……ギルバート様? 怒っているんですか?」

「怒ってなどいない」


 無表情でそんな事を言うギルバート。


「拗ねているんですか?」

「拗ねてなどない、其方が幸せならそれでいい」

「言葉と表情が合ってない気がするんですが」

「そんな事はない。元からこんな顔だ」


 でも、にこりともしないから、これはやっぱり拗ねてるよね?


「いちごミルク、美味しいですよ」

「……そうだな。甘いな」


 美味しいはずなのに無表情で飲んでる……。


「今度、一緒にどこかに行きましょう」

「どこかとは?」

「もうすぐ初夏です。学院が休みの日に蛍の森とかどうですか?

幻想的で綺麗な所があるのです。恋人達に人気の場所らしいですよ」


「恋人達に人気の場所……まあ、日の暮れた夜の森に其方だけ行かせる訳には行かないからな、同行しよう」


「はい。じゃあ決まりですね!」

「ああ」

「ベーグルとクリームチーズもどうぞ」

「ああ……このベーグル、モチモチしてて美味しい」


 ギルバートは恋人達のデートスポットに行けると聞いて、やっと機嫌を直したっぽい。


 やれやれ。


 でも他領の領主から招待を受けただけと言っても、こっちはお祭りで、ギルバートの方は懐妊祝いの品を届けるという、相手が身内とはいえ、シエンナ様はともかく兄の第一王子殿下とは特に仲が悪くはないけど、仲良くもないとか言ってたし。


 ギルバート的に楽しい行為でもなかったんだろうな。

 身内のおめでたでも同じ王妃の子じゃない分、居心地が悪かったのかな?

 私だけ楽しそうな事してて悪かったかも。


 蛍見物では寄り添って甘えてあげようか。

 でも森でひっついたら歩くのに邪魔かも。


 蛍見物の前に放課後デートでも誘うべきかしら。


 *


 午後からはギルバートと別の授業だ。

 我々はまた刺繍の時間。

 ほぼ自習のようなもので、教師の監視が無い。


 なので息抜きに窓から騎士コースの人達を眺めてる女生徒もいる。


「騎士コースの方達は校庭で走っておられるのね」

「騎士は持久力や体力が必要ですからね」


「あ、あそこの黒髪の方、私の婚約者ですの」

「まあ、手を振って差し上げたら?」

「でも、先生にバレたら怒られてしまいます」


「もうじき授業終りの鐘が鳴りますよ」

「あら、もうこんな時間! 片付けを始めましょう」


 令嬢達がきゃいきゃいと楽しげな会話をしていたら、リーンゴーンと本日最後の授業を終えたと、時を知らせる鐘が鳴った。


 私は席を立ち、とあるお友達の令嬢にそっとお耳の近くで内緒話をした。

 小声でお願いを告げると令嬢は何とも楽しげな笑顔を浮かべて了承してくれた。


 窓際から離れた令嬢達と入れ違いに、私達は開け放ったままの窓辺に立ち、風スキル持ちの令嬢の力を借りる。


 紙飛行機にメッセージを書いたので、それを飛ばすのに協力して貰うのだ。


 風スキル持ちの令嬢のおかげで、紙飛行機は真っ直ぐにギルバートの元に飛んで行く。

 窓から見ていた私に気がついたギルバートが紙飛行機をキャッチした。


 私は紙を開けてみて! のジャスチャーを身振り手振りでする。

 するとちゃんと意味は伝わったようで、メッセージを読んだギルバートは右手で丸を作って見せてくれた。


 少し頬を染めていて、はにかんだような笑みが、嬉しそうだった。

 

「セレスティアナ様? あの飛ばした紙には何を書いておられたんですか?」


 オリビア嬢が可愛いらしく首を傾げて訊いて来た。


「ただの放課後デートのお誘いですよ。帰る方向も同じですから」

「まあ! 放課後デート! 素敵な響きですね!」

「学生時代にやっておきたいやつですわね!」


「カフェにでも寄るのですか?」

「それもいいですけど、河川敷でいちごミルクを飲もうかと」


 前世的には紙パックのいちごミルクが見た目的には思い出深いけれど、しばらく前に蓋付き紙コップもイベント用のお試しで、ライリー出張店舗のカフェ用に作ったし、せっかくのいちごミルクが前回はギルバートが不機嫌でイマイチな感じになってしまったので、今度こそ。



「河川敷! そう言えば乙女ゲームにも出ましたわね!

将来の夢を語るシーンで!」


 そうなのだ。

 ゲームには青春物にありがちな河川敷のお約束みたいなシーンも盛り込んでいたのだった。


 他の令嬢を目を輝かせて話題に混じって来た。


「いちごミルクって美味しいですよね」

「そうなんです。

私も大好きで……今度シャッツの乙女ゲームイベントのカフェメニューにも出す予定です」


 まだ企画段階だけど。


「え!? 乙女ゲームのイベントのカフェ? それって何ですの?」

「作中に出て来た料理や飲み物が提供されるカフェを期間限定でやろうかと」

「まあ! 楽しそうですわ!」


 そんな、たわいもないけど、楽しい会話をしながら、私達は帰り支度を進めた。

 外で走っていたギルバートはシャワーを浴びてから来るから、ゆっくり行っても間に合うだろう。

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