第250話
湖で釣った大きなマスに似たお魚は、ギルバートが下処理までしてくれた。
何気に彼氏力が高い。
お父様に初めて釣った大きなお魚を見せて、「凄いな」のお言葉を貰って満足した。
それから、お魚をどうやって食べようか悩んでいた所、リナルドのおすすめでバターで焼いて食べた。
身はふわりと柔らかく美味しかった。
両親やギルバートにも美味しいと言って貰えた。
エイデンさんは結局鰻が三匹も釣れていて、ギルバートと同じ護衛騎士仲間一人に鰻の蒲焼きを振る舞っていた。
じゃんけんで決めたらしいけど、勝ったのはセスさんだった。
彼はクールでやや可愛い感じの外見の騎士だけど、何気に美味しい物が好きな騎士さんだ。
私はそれからデビュタント用の白いドレスをデザインして、すっかりミシンを上手に使いこなす針子達にお願いして、依頼を受けたシエンナ様の領地に行く準備をした。
シエンナ様は松林の成長を早めたくて手紙で私を呼んだ。
松の成長を願って歌を歌って欲しいと。
こそっとポーション育成法も教え、その後、松の背は1メートルくらいには育ったと聞いたけど、2メートルくらいにはしたいらしい。
どうも夏までに松葉サイダーを用意して飲みたいようだ。
背の低い小さな松からそこそこ葉を貰うのは気が引けるのだろうし、エーヴァ公爵領に行くのは初めてだし、松林は海の近くに作ったらしいし、他所の土地に興味があるので承諾した。
* *
「春の海……綺麗」
「朝からわりと人が多いな、そこかしこに、まるで祭りでもあるかのように」
ギルバートは海より人の多さが気にかかっているようだ。
今は朝の九時半くらいだ。
「まだ泳ぐには早いし、漁師……に見えない人が多いですね。小綺麗な服の人もいるし」
「噂の令嬢を見に来たのではないかしら?」
豪華な貴族用馬車に同乗するシエンナ様があっさりと言った。
正面に公爵夫妻が並んで座っていて、反対側の座席にギルバートと私が座っている。
護衛騎士達は馬で前横後ろなどに配備され、同行している。
「ええ!? もしや私が来るのを一般人が知っているんですか?」
「歌って貰うステージには平民が近づき過ぎないよう、規制をしたの。
どなたが来られるのかと、聞かれたら、やんごとなき貴族の令嬢と兵士に答えさせておいたのだけど」
「ま、間違ってはいないな」
ギルバートが苦笑した。
「逆にどんな令嬢が来るのか気になったのでしょう」
「え、わざわざ歌用のステージを作られたんですか?」
「わざわざ歌って貰う為に、エーヴァの領地までご足労いただいたのですもの、ステージくらい用意しますとも。そんな大規模な物ではありませんが」
大規模だったら困るよ!
有名な歌手でも無いし、照れる。
「それじゃ儀式というかプチコンサートになってしまうような……」
「何か問題でも? 秋の収穫祭でもステージで歌ってらしたではないですか」
「それはそうですが、今回は多くの人に注目される心構えをしていませんでした」
「あら……、でもセレスティアナ嬢は今日も綺麗で可愛いわよ」
「あ、ありがとうございます」
今日は爽やかな水色の美しいドレスを着ている。
薄手のチュールレースが軽やかにしてエレガント。
海辺に行くのでアクセサリーの宝石はパライバトルマリンを使っている。
地面より1メートルくらい高いステージは美しい春の花やリボンなどで美しく飾られていた。
ここで大地の女神に感謝を伝える歌を歌う。
今日の目的は松の木の成長。今の松の高さは膝丈くらいの可愛いものだ。
お揃いの白い衣装を着ている楽師による伴奏で曲が始まった。
爽やかな潮風が水色のドレスの裾をひらひらと揺らす。
「風よ、水よ、光満ちる母なる大地よ。
命の芽生えよ。
金色なる命の冠。
そは慈悲深き恵をもたらす。
大いなる女神よ」
周囲の植物が光りはじめた。新緑の緑色がとても綺麗。
「その髪に花を飾ろう
その袖に花を飾ろう
その足元に花は咲き、花は空を見上げて、光を受けて実りをもたらす」
松の木がぐんぐんと育ちはじめた。
通常じゃあり得ない成長スピード!
ギャラリーが奇跡的な光景に、目を見開いて驚いている。
「──ああ、大いなる者よ。
あなたにこの祈りと喜びと歌を捧げる。
幸いあれと……」
曲が終わった。
当初膝丈位の松の木の高さがいきなり2メートルくらいにはなっている。
植物が凄い勢いで成長する奇跡を目の当たりにした人々は興奮を隠せぬ様子で歓声を上げた。
「セレスティアナ嬢、素晴らしい歌をありがとう」
「ええ、本当に素敵な歌声だったわ。今日の水色のドレスやアクセサリーも本当に爽やかで綺麗」
公爵夫妻にも感謝された。
ややして、役人のような人がテーブルの前で人を募集する。
役人風の男の人がガランガランと手持ちの鐘を鳴らした。
「松の若葉を収穫して下処理をする仕事をしたい人はこちらの列に並んで下さい!
作業が早い者ほど賃金は多くなります!」
わあっ! っと、仕事が欲しい人達が集まった。
「子供でも出来ますか!?」
「女でも良いですか?」
「年寄りでも良いですかのう?」
「下処理がきちんと出来れば年齢は問いませんので! とりあえず今回の募集人員は50人です!」
凄い速さで定員は埋まった。
仕事を貰えた人は札を受け取っていた。
あれが証明書になるのか。
*
「狙い通り松が成長したのは良かったのですが、雑草もかなり育ちましたね」
「薬効のある草も育っておりますので、気にされずとも大丈夫ですよ」
地元のギルド職員さんがそんな事を教えてくれたし、シエンナ様も
「得したわ」と、言ってくれた。
「そうですか、それなら良かったです」
「海の側の別荘があるの、景色が良いからゆっくりして行ってね」
「あ、もしかしてあの高台の白い建物でしょうか?」
「そう、あれよ」
一際目立つリゾートホテルみたいな立派な建物があったので、そんな気がした。
我々はラグジュアリーな別荘に招待された。
「クリスタルで別荘や海を撮影しても良いですか?」
「もちろん、どうぞ」
私は白いワンピースに着替え、足元も砂浜に行くのでサンダルを履いた。
別荘内を撮影した後に、海へ移動した。
磯はワクワクする。
石の近くにワタリガニに似たカニを発見!
「ねえリナルド! あのカニ! 食べられるやつじゃない!?」
私は肩に乗っている妖精のリナルドに訊いてみた。
『小さいから身は少ないけどミソが甘くて濃厚で、美味しいやつだよ』
「小さいからそんなには入らないでしょうけど、甲羅酒が出来るやつ?」
『うん、出来るよ』
「上品なお母様はともかく、お父様は元冒険者だし、好きかもしれない。
後はドワーフのゴドバルさんにお土産を……」
「セレスティアナ、蟹のハサミは危ないから、私が代わりに取って来よう」
「ギルバート様、ありがとうございます!」
「数はどのくらい必要だ?」
海辺の散歩なので白いシャツにクリーム色のズボン。
足元もサンダル姿という軽装のギルバートは、腕捲りをしながら訊いてくれた。
「沢山探すのは大変でしょうから、お父様とゴドバルさん用に二杯ずつ、合計四杯くらいが希望です」
「我々も手伝います!」
「ありがとう」
同行の騎士達が名乗りを上げ、靴を脱いで、やる気を見せている。
私はインベントリからバケツ代わりの持ち手付きの桶を出して彼等に渡した。
「甲羅でお酒ですか、通っぽい飲み方ですね。多く取れたら我々も試してみていいでしょうか?」
お酒好きっぽい騎士がお伺いを立ててきた。
「もちろん良いわよ。
ここの領主の公爵様が海の幸も山の幸も好きに獲って、食べて構わないとおっしゃっていたから、
漁業権の心配もいらないらしいし」
「分かりました!」
「あの辺の石の下が狙い目だと思うわ。なんなら鰻もいるかも」
「探して来ます!」
鰻と聞いて目の色を変えた騎士達がいる。
「このカニ、結構獲れましたよ」
「鰻も4匹獲れました!」
「わあ、蟹がこんなに……桶いっぱい頑張ったわね」
桶の中で蟹がわさわさ蠢いている。
「甲羅酒を試してみたい者が多かったみたいです」
「鰻捌きは私に任せて下さい。完璧にマスターしました」
「エイデン卿はこの間も鰻を食べていましたね」
「ははは、数が足らないと同僚に文句を言われたから、少しずつでも分けますよ。
二口くらいで終わっても許して欲しい。今日は四匹だ」
「皆、とにかく必ず火は通して食べてね」
「はい!」
「私は鰻は良いから、カニでリゾットでも作ろうかな」
鰻は四匹分しか無いので騎士に譲る。
*
昼過ぎくらいの時間に別荘のお庭で早速海の幸をいただく事にした。
オーシャンビューで景色も最高。
騎士達もバーベキューセットの前でわいわいやってる。
「カニ、甲羅焼けたぞ」
「小さな体でもミソいっぱい入ってるな」
「ミソと内子などをこのスプーンでほじほじして取り出して……」
私はスプーンで身を取り出した。これでリゾットを作るのだ。
「甲羅酒って美味しいものなんですね!」
「これは美味しい……」
騎士達は飲酒年齢に達しているので甲羅にお米のお酒を入れて楽しんでいる。
私はリゾットを完成させた。
「甲羅から出汁を取ったトマトソースのリゾットも美味しいな」
「カニの身をほじくるのが少し大変ですけど、味は良いですね」
白いテーブルセットにギルバートと並んで座って、私はトマトソースのカニのリゾットをいただいた。
「鰻が一瞬で無くなった」
「大きくても四匹だし、仕方ないだろう」
「でも美味しい」
「もうタレだけでも良いからこの米にかけてくれ」
「鰻のタレ美味しい」
「貝や魚の差し入れもあるので焼いていきます!」
「これはシンプルに塩焼きでいいか?」
「良いと思う」
そんな訳で本日はエーヴァ公爵領の海辺の別荘にて、賑やかに海鮮バーベキューを楽しんだ。
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