第249話

〜(ギルバート視点)〜



「は〜〜、疲れた」


 時計は既に深夜の0時を過ぎている。


 風呂の後にシャツに腕を通すまではやったが、ボタンも止めずに長椅子に身を投げ出す様にして、俺は仰向けに寝転んだ。


 ズボンは流石にまともに穿いてるが、我ながら、かなりだらしない格好だ。


 ──怠い。


 兄二人が面倒な書類仕事を押し付けて来る。


 やってやれない事は無いが、できればやりたくないとばかりに、計算の書類を溜めて俺に押し付けるのは何なんだ。

 文官にやらせて欲しい。


 下手に金で引き受けた事があるから、俺は金さえ渡せば面倒な仕事をやってくれる便利なやつだと思ったのか。



 ──書類、これでもだいぶん減らしたんだが……。


 ……少しだけ目を閉じよう。今はもう数字を見たくない。

 


 コンコン!


「冷蔵庫の魔石の交換に参りました。失礼します」


 ──ん?


 この声は、セレスティアナじゃないか。

 何故そんな仕事を……。


 俺は何となく目を閉じたまま、様子を窺った。

 寝てるふりだ……。


「……寝てる……」


 長椅子の上で目を閉じている俺を見つけたセレスティアナは、小声でそんな事をぽそりと呟いてから、冷蔵庫の方に向かったようだ。


 カチャカチャという音がする。


 冷蔵庫の氷の魔石を新しい魔石と交換してるようだ。

 令嬢がいったい何をやっているのか。


 まあ、セレスティアナはだいぶ変わった令嬢なので、下女や職人の真似をするのも、あり得ない事ではないが。


 ややして、魔石の交換を終えたセレスティアナがこちらにやって来た。

 机の上にはやりかけの書類達。

 どうやら、それに目を止めたようだ。


 向かい側のソファに座って紙を手に書類を見ている……。

 俺は薄目でチラッと確認した。


 次に鉛筆で別の紙に計算をしてから書類にサラサラと数字を書き込んでいるようだ。



 ──凄い勢いで書類を書き進み……やがて……終えたようだ。

 早い!


 そういえば算術の試験は誰よりも早く提出して教室を出て、基本満点を取ると教師も言っていたな。

 彼女は書類を重ね、綺麗に並べてから鉛筆を置いて、反対側のソファから俺の方に来た。


 次にやった事と言えば、何と、靴を脱いだ!


 そして更に何をするかと思えば、俺の上に覆い被さった。


 俺の……体の上に、うつ伏せになって……寝た!

 ──!?


 なんだコレ? 


 まさか俺の胸元がはだけているから自ら布団になりに来た!?

 しかし、冬ならともかく、寒くもない春に!?

 いやしかし、冬山での遭難以外でそんな事をする必要が無い。


 それか……、猫か!? 猫の真似か?

 猫はそこに人間がいたら、乗る! みたいなとこがあると聞く。


 いや、いくら彼女が猫が好きでもそんな事……。


 セレスティアナは俺の胸元に顔を埋めた。

 ん? 次に横を向いたな、胸筋の上に頬を乗せたまま。


「……ふう」


 彼女の柔らかな吐息が胸元にかかって、ややくすぐったい。


「…………」


 もしや、このまま眠ろうとしている!?


 ガシッ!!


 俺は彼女の背中に両手を回してがっしり捕まえた。


「捕まえた!」

「……捕まりました!」


 セレスティアナはそう言って、クスクスと俺の胸元で笑う。


「何で俺の体の上に乗ったんだ?」

「そこに胸筋があったから」

「そんなそこに山があったから登るみたいに……」


「代わりに計算をしておいたので私が癒して貰うターンなのですよ」

「えーと、ありがとう……?」


「ふふ。ところでこのままだと、私は気持ち良くなって眠ってしまいますよ」

「こんな所で寝られても! 見つかったら色々大変だ。怒られる」


 俺はすぐに自分の手を離し、拘束を解いた。


 セレスティアナはうつ伏せに俺に密着してきているから、実は柔らかい体の感触が直で伝わってきて、色々まずい!


 くっついて来る猫のようでとても可愛いけど、やばい。


 セレスティアナはむくりと体を起こして、俺から離れた。


「お疲れ様です、おやすみなさい」

「お、おやすみ……」


 バタン。


 セレスティアナは俺の部屋から出て行った。

 しかし、何だってこんな夜中に魔石の交換になど……。


 ただの悪戯かな? 

 俺の寝顔が見たかったとか……。

 そう言えば人の寝顔やくつろいだ姿を見るのが好きだと言っていたが……。


 いやしかし、深夜に男の部屋に入って来るなんて危ないだろう。

 いくら婚約者の部屋でも。

 全く無防備過ぎる。


 また、気まぐれな、悪戯だったのだろうか?


 それとも、俺が書類仕事を押し付けられて部屋に篭ってると聞いて、わざわざ手伝いに来た?


 寝てる間に仕事をするという小人の真似でもしたかったのか?


 分からん!!

 でも柔らかくて可愛いかった!!



 俺はそれから、自分の天蓋付きベッドに移動した。


 眠る直前にふと、胸元に花の香りが残っていて、思い出した。

 ──あ、セレスティアナの髪に子供達が花を飾っていたあの日、今度抱っこすると、約束……した……か。

 俺はそのまま、眠りに誘われてふわりと眠ってしまった。

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