第245話 祝福の日

 時は流れて15歳の春を迎えた。

 この世界では15歳が成人となる。

 今日は私の成人式なので真新しいオフショルダーのグリーンのドレスを着ている。


 胸元には美しいエメラルドとダイヤの首飾りをしている。

 贈ってくれたのはギルバートだ。


「春の初めの頃の菜の花畑、とても綺麗でしたね」

「ええ、視界に広がる黄色い花景色は素敵だったわ」

「フライドポテトも食べられる立派な観光地になりましたね。海辺の村には立派な塩工場も出来ましたし」


「治水工事も春になって一気に進んだので、本当に良かったわ。

身内向けだけど、レシピ本も出せたし」


 まだうちの美味しい料理は、外交にも使えるからと、レシピ本は身内用に少数しか刷っていない。


「あんなにお小さかったお嬢様がこんなに立派に」

「小さいと言えば、アリーシャの小さな天使のミーナちゃんも元気にしてる?」


「はい、おかげさまで」

「じゃあ、これ、可愛いミーナちゃん用に新しいシーツ。お守りの刺繍付きよ」

「まあ! ありがとうございます、お嬢様」


 アリーシャは夫と共にまだ子育て休暇中だけど、今日は私の成人の日なので、夫の門番さんに子を預けて、お祝いに来てくれたのだ。


「我が君、そろそろお時間では?」

「そうね、ラナン。今からお父様の所に行くわ」


 * * *


「早いものでもう、私の可愛いティアも成人か」

「正直を申しますと、私はまだお父様に甘えていたいです」


 私はサロンでソファ座るお父様の足元に座り、膝に頭を乗せた。


「おいおい、新しい綺麗なドレスがシワになるぞ、しかも絨毯の上に座っては……」


「いいから、頭を撫でて下さい、お父様」

「やれやれ、しょうがない子だ」


 お父様は口ではやれやれとか言いながらも、撫でてくれる手も声も優しい。

 私の大好きなお父様の声。

 世界一、かっこいい。


「ティアったら、せっかくのドレスが……」


 お母様がサロンに到着したようだ。私は名残惜しいけど、顔を上げて言った。


「今、立ちます」

「ドレスは大丈夫か?」

「シワになってない? パーティーはこれからですよ」

「大丈夫のようです」


 私はドレスを確認した。

 そこへちょうど家令が声をかけて来た。


「閣下、こちらは国王夫妻から、お嬢様の生まれ年のワインの贈り物です」

「おお、それはそれは」


 へー、私の生まれ年のワインか。


「そしてこちらはお嬢様へ、光魔法の写本の贈り物です」

「貴重な光魔法の写本!」

「まあ!」

「凄いな」


 やった──っ!!


「これは家宝になるのでは!?」

「そうね。しっかりとお礼状を出すのですよ」

「はい! お母様」


「セレスティアナ、成人おめでとう」

「ギルバート。ありがとうございます。それと首飾りもありがとうございます」

「よく似合ってる。もう準備完了か? 目がうるうるしているが」

「さっきうっかり泣きそうになったのを頑張って堪えていたんです」

「めでたい日に何を泣くのだ?」


 ……まだ親に甘えていたいという……。


「何となくです。小さい頃の私は可愛かったでしょう?」

「そうだが、今も可愛いだろう」

「自分で言いますが外見の愛らしさなら小さい頃が最強だったと思うんです」

「愛らしくて、更にとても綺麗になったからいいと思うが」


 ……臆面もなくそんな事を言う……。


「も、もういいです、パーティー会場へ移動しましょう」


 * *


 これから先、もうすぐだけどデビュタントのパーティーも有る。

 あれは白いドレスを着れば良いのよね。


 今日は地元で成人のお祝いだけど。


「着いたぞ」


 ギルバートのエスコートで城内の謁見の間に着いた。


 大勢の騎士達が美しく、雄々しく整列している。

 赤いマントを身に着けた騎士が沢山並んでいて壮観である。


 ここでまた新しく、騎士達の誓いを受ける。


 他領からも私の騎士になりたくて来ている騎士がいる。


 そう、私に忠誠を誓う騎士が増えるのだ。

 ギルバートが正式に私の騎士になる儀式も本日ある。


 「この日を一日千秋の思いで待っていた」との事で有る。


 以前からガーディアンという私の守護騎士の拝命を国王からされていたけれど、今から行うのはこちらライリーの、自領の儀式だ。


 私の護衛騎士の誓いを受ける時、まだ私が成人もしてないし、婚約も迷っていたから、仮の儀式だけ、妖精の花園でやったのだけど。



しかし、ここでありえない人の姿を見つけた。


「な、待って下さい、なぜ聖下がここにおられるのです?」


 一際目立つ方が来られた!


「今日の喜ばしい日に祝福を授ける神官の役を、私がもぎ取ったからです」


 ええ〜〜っ!!

 びっくりしたけど、わざわざ御足労いただいたので、有り難く祝福を授かろう。


 私は儀式にのっとり、聖下の足元に膝をついた。


「光の神の元、セレスティアナ・ライリーに祝福を授ける。大神の加護のあらん事を」


 聖下の手によって、額に聖水をほんの数滴落とされる。

 更に、聖下の手の平から光が降り注ぎ、私の全身が光に包まれた。


 ──派手では!?


「おお……」

「清らかで美しい光だ」


 ギャラリーもびっくりしてる。儀式の派手さに。



 その後、騎士の叙任式。


 まず、自分の剣を鞘から抜き出し、主に預ける事から。


 そして主人がひざまずく騎士の肩を長剣の平で叩き、騎士叙任の宣言と誓いの言葉を交わす。


 最初に本人の念願だった、ギルバートから。


「汝、謙虚であれ、誠実であれ、礼儀を守れ、

裏切ることなく、欺くことなく、いかなる強者にも臆する事なく、勇ましく、命有る限り、この天と地の元、我が剣となり、盾となり、我が騎士である身を忘れる事なかれ」


「はい。この命有る限り、我が剣、我が力、主たる貴女の為に」


 ミスリルの剣が一際強く輝いた気がした。


 儀式は滞りなく進んだ。


 終わった頃には、以前よりまた背が伸びて、端正な顔を上げたギルバートは、誇らしげに、強く美しい蒼い瞳を輝かせていた。


 * 


 誕生日なので、次はガーデンパーティーだ。

 美しい庭園の花を眺めながら和やかに。

 ご馳走も沢山並んでいる。


 *


 ──ふと、賑やかな会場で人々の様子を眺めた。

 皆、美味しい物を食べたり飲んだりして、幸せそうに笑っている。



「ずっと城にいていいのだから、そんなに寂しがる事もない。

ティアは能力が高い。

狙われる可能性を考えると、出来るだけ私の側にいて欲しいし、この結界の有る城の中の方が安心だ。それでも新婚のうちは別荘にでも行って二人でいたいと言われたならそれでもいいし、転移陣もある」


 脳裏にはいつぞやお父様に言われた言葉が思い出された。

 

 そうね、城から出て行く必要もないし、早めに結婚して学院を卒業すれば、両親と一緒にいられる時間も増やせるし、良いかもしれない。



 パーティーは本当に華やかだった。

 私が貧乏性なので、豪華にする必要は無いなどと言ったけど、そこかしこに美しく、あまりこの辺では見た事がない珍しい花までが飾られている。


 ギルバートは色んな所から美しい花を集めたらしい。

 何なら自分でワイバーンに乗って花を集める事もあった。


 お陰で会場は爽やかな四月の風が吹く度、芳醇な香りに包まれる。

 ギルバートが私の手を引いて、二人で少し庭園内を歩いた。


 そして、背の高い花木の影に二人でちょっと隠れた。


「セレスティアナ。私はわりと頑張ったと思わないか?」

「そうですね、ご褒美をあげないと」


 私は背伸びをしてギルバートの頭をひき寄せ、その頬にそっとキスをした。

 ここではこれが精一杯だ。

 庭園内だし、いつ、人が来るか分からないし。


「ありがとう」


 ギルバートは頬を染め、嬉しげに微笑んだ。


「そうだ、ロルフ兄上も魔王信者の大規模集会の場所を見つけ、そこに自ら踏み込んで多くを捕らえ、勢力を削いだから、その功績でルーエ領会得のノルマを達成したとみなしたよ。

其方達を狙う者がゴッソリ減ったからな。

どうせこれからも魔物は減らす為に戦うし、伯爵令嬢も領地持ちと結婚したいだろうから」


「まあ、ロルフ殿下も大変頑張ってらしたんですね。お祝いを贈らないと」




 私達は花木の影から出て、両親を探したら目立つからすぐに見つかった。


 お父様とお母様が私の生まれ年のワインを開けて、まだ昼だけど祝杯を上げておられる。

 いつもクールなお母様の目にまで涙が浮かんでいた。


 乳母とメイドの一部は号泣している。


 翼猫のアスランとブルーとうさぎのクロエは令嬢達に大人気で抱っこされまくっている。


 リナルドは春の庭園の木々の間を元気に飛び回っている。

 お父様のグリフォンは今日も屋上からこの城を見守っている。


 こんな優しい日々がずっと続けばいいな。

 ──心から、そう思う。

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