第244話

「あの演劇のシナリオだが、やはり、貴族も見に来る演劇だし、もっとこう、家督争い以外の内容にしないか?」


 本読み、セリフ稽古直前にそんな事を言い出すギルバート。

 フィクションで実際は存在しない家門なのだけどそんなにやばいかな。


「む──」

「む──ではなくて、そうだ。何か其方の言う事を俺が聞いてやるから」


 え?


「……何かとは?」

「俺で出来る事……かな」


 そんなアバウトな事を言って、私がとんでもない要求したらどうするつもりなの!?


 ──いや、落ち着いて、私。

 ここは最大限に、有効に権利を使わないと。


「セレスティアナ様、私もこの内容は過激かと思われます」


「エイデンさんまでそんな……。

では、ギルバート様には、いつか私の要求を聞いて貰うとして、代替案はありますか?」


「えー……そうだな……冒険者の話で、魔族を倒しに行くとかどうだ?」


「……うーん。

では、ここは俺に任せて先に行けシーンを入れますか。

そして仲間を守ってかっこよく死ぬ」


 せっかくだし、死ぬまでに言ってみたいセリフを入れてみよう。


「絶対仲間が死ぬシーンを入れるのか……せめて瀕死で、後で回復がギリギリ間に合ったとかにしないか?」

「考えてはみますが、そうするかどうかはシナリオを書きつつ決めます」


 ノリと流れで決めます。


「……ふう」


 ギルバートはほっと息をついた。


 とある村に三人の幼馴染がいた。

 男二人は親友で冒険者。

 魔族の生贄にされる為に誘拐された村一番の美しい乙女を救出に行く。


 男二人は乙女の事を幼い頃から大切にして来た。

 その際、親友が自己犠牲で敵に囲まれた時に主人公に先に行けって言う。


 ──まで、考えた。

 まあ、この線で行くかな。


「ところで、星祭りのパーティー用のドレスの準備は済んだのか?」

「それより演劇の、冒険者風の男装衣装を考えなければならないのです」

「男装用なら俺の昔の服に入るのがあるかもしれない、手をいれるなり、ハサミを入れるなり、好きにしていい」


 亜空間収納の魔法陣付きの布を出して、そこから昔の殿下の服が出て来た。

 なんだか、懐かしく感じる……。

 私が着てた訳じゃないのに。


 それにしても王族って昔の入らなくなった服、捨てるのかと思った。

 いや、母親が一般人だから? 関係ない?


「……冒険者の服にしては質が良過ぎるような」

「いや、演劇をするのは貴族の其方な訳だし、皆そこまで気にしないだろう」


 そう言ってギルバートは服をいくつか渡してくれた。


「ありがとうございます」

「ドレスは代わりに買って来て、俺が贈ろう」

「既にある物で良いですよ。今シナリオ考えるので頭いっぱいなので」

「品格維持……来客がドレスを覚えていたら恥をかくぞ。

星祭りのプレゼントという事なら、受け取ってくれるか?」


 うう〜〜。


「じゃあ、ギルバートの好みで選んで良いですよ」

「よし、任せろ!」


 こうして結局やたら張り切ったギルバートが選んでくれたドレスを着る事にした。


 深夜、いや、明け方に自室の暖炉の前でシナリオを書き上げた。

 冬休みなので気兼ねなく夜更かし!


 原稿修羅場明けテンションのようにハイになってる私は、前世で見たアイドルのようなダンスを腰を振りつつ、一人でしていたけれど、先に寝床に入ってたリナルドが『何やってんの? 終わったなら早く寝なよ』と、冷静に言うので、寝る事にした。


「ちょっと、寝る前に体をほぐして血流をよくしようとしただけだから……」


 リナルドの存在を忘れて一人で謎ダンスを踊ってしまった……。

 恥ずかしい……。

 エゾモモンガ似の愛らしい妖精相手に言い訳する私。


『はいはい、いいからおやすみ、ティア』

「……おやすみなさい」


 人に見られた訳じゃないからセーフって事にしよう……。

 ほぼモモンガだし!



 * * *


 そして、冬の聖者の星祭り、当日になった。


 時は既に夕刻。

 星祭りの本番は夜だからだ。


 ライリーの城の前には祭り会場が出来ている。

 屋上から賑やかな祭りの様子を眺める事が出来る。

 沢山の出店が並んでいる。


 貴族の客はライリー城の敷地内に招かれている。防犯の為だ。

 星祭り会場の飾りはインベントリ内に保管されていた沢山の白い花と白いテーブルクロス。

 そして銀色のリボンや星の飾りが使われていて、キラキラしている。


「雪の女王のような白い、美しいドレスね、素敵だわ」

「よく似合っていて、良かった」


 シエンナ様とギルバートに褒められた。


「なんて美しいレースでしょう、見惚れてしまいます」

「首元に有る差し色のエメラルドのグリーンも美しいですわね」


 レイラ夫人と来賓の貴族の知り合い達も褒めてくれる。


「ちょうど雪も降っているしな、本当に似合っている」

「ありがとうございます」

「殿下の正装も素敵です。黒系はやはりカッコいいですね」

「ありがとう、辺境伯夫妻が贈ってくれた物だ」


 少し離れた場所で他の来賓のお相手をしているお父様とお母様も、本日はいつにも増して美しい装いだ。


 すっかりあたりが暗くなった夜には、篝火以外に魔石による魔法の灯りが追加された。

 テーブル上に並ぶご馳走もいつも以上に美味しそうに見える。


 外には雪が降って積もった為、クリスマスイルミネーションのような魔法の灯りに照らされ、雪をかぶった庭園の木々も、大地すらも白く輝く。

 幻想的で美しい夜だ。


 祭りの屋台では、クリスマスコフレのように化粧品も美しい包装で売り出したら、大変好評だった。


 庭園内でも城外の祭り会場でもホットワインやホットチョコドリンクなどをお出ししている。

 吐く息も白く、寒い夜に、温かくて美味しいと、こちらも大変好評だ。



 ギルバートとダンスを一回踊って、軽く食事をしてから、今度は劇の為の着替えと男装メイクをした。


 ギルバートの要望で貴族の家督争いのお話ではなく、同じ村出身の幼馴染のお話になった。

 親友の男二人は冒険者役だ。


 生贄用に攫われた村一番の美しい乙女の幼馴染の役はラナンにしてもらった。

 こちらは冒険者じゃなく、村で薬を売っている美しい薬屋の看板娘。

 ラナンは外見がとても可憐だから似合ってる。


 * 


 ──そして、舞台の幕が上がる。


 敵に囲まれるシーンにて、

「クルス! ここは任せて先に行け!」


 念願のセリフである。


「セオドア! 後できっと助けに戻る!」

「早くマリナを助けに行け!」


 クルスと言う名の主人公役のギルバートに生贄の幼馴染の救出を任せ、自分はついに扉の前で、もたれるように倒れる演技をする。

 口からはトマトジュースの血を流す。


 姿変えの魔道具で今回は銀髪になっている私。

 ギルバートの方も姿変えで金髪になっている。


 ちなみに横になって倒れないのは、客席から顔が見えるようにだ。

 死ぬシーンで物悲しい曲を流す。


「約束、した……からな、死ん……でも、お前……達を守ると……、クルス、後は……マリナを頼ん……だぞ……」


 瀕死の演技の中、最後のセリフを口にし、目を閉じて、ガクリと項垂れる。

 セオドアは力尽きて、そこで死んだのだ。


 客席からすすり泣きが聞こえる。


 ──場面転換。


 主人公は敵を倒し、生贄の祭壇に寝かされていた幼馴染ラナンを助け出した。



 ギルバート、主人公クルスの独白のシーンに入る。



「ある日、俺はアイツと、セオドアと似た色を持った不思議な猫を拾った」


 特別出演はアスラン! (霊獣の翼猫)


 ちなみに翼は霊力で出来ているので消す事も出来るので、今は翼を消してある。


「俺は冒険者なので、森などで食べられる物を探し、食べられそうな果物などを口にしようとするが、ある日それを猫が叩き落とした。いつも良い子なのに珍しいなと思った。

自分で食べる訳でもない、せっかく狩った魔物の肉も、叩き落とした。


もちろん流石に落ちた肉など人間は食べない。


しかし肉がもったいないと思った冒険者仲間が犬にあげたら、その犬は泡を吹いて死んだ。


あの魔物の肉には毒があったのだ。

そういえばいつも食べてる魔物と種類は同じなのに、色が違った。

前回の果物も、もしや同じように……毒があったのだろうか?


まさか、セオドア……? 本当にお前なのか?

俺を守るために、会いに来てくれたのか?」



 猫は何も言わず、ただ主人公、クルスの指を舐めた。


 ──暗転。(場面転換)


「その後、村に帰ってクルスはマリナと結婚した」


 (ナレーション、私の護衛騎士)


「夫婦となった彼等のそばにはセオドアの名をつけられた猫がいた。

 どちらかが泣いたり、落ち込んでいる時は、いつもセオドアがそっと寄り添ってくれた」


 ──完。


 舞台の幕が降りた。


 パチパチパチパチ! 拍手が響いた。


「うう、猫ちゃんがセオドア君の生まれ変わりだったの……l

「可愛い……」

「健気な動物を見たら、私、泣いてしまうのです」


 ──結果的に、猫、大人気!!


 劇が終わり、私がアスランを抱いてパーティー会場に戻ったら、

「撫でさせて下さい!」


 という人達が殺到した。


 一度に多くの人を相手するのは大変なので、アスランは体を大きくした。

 人を背に乗せて飛ぶサイズ。


 多くのレディが大きくなったもふもふに抱きついたり撫でたりして、本当に大人気だった。


「最後、猫に全てを持って行かれるようなシナリオだったが、これで良かったのか?」


 ギルバートがやや呆れている。


「これから猫系のモチーフの商品が売れそうですよね。

肉球クッキーとか作って売りましょうか」


「其方は……」

「そういえば私からのギルバート様へのプレゼントは、寝室の枕元に置いておきました」

「何故、寝室に」

「深い意味はなくて、なんとなくです」


 プレゼントの中身は、私だ。

 正確には、お父様とお母様が画家に描かせた私の肖像画だ。


 正直、自分の肖像画を贈るとか恥ずかしいけど、他に特にいいプレゼントも思い浮かばない上、両親がこれにしなさいって言うので、折れて、それを本当に私からという事にした。

 

 ──その後、パーティーも終わって、ライリー内の自室に戻ったギルバートは、枕元の大きな布に包まれたプレゼントの中身を見て、とても大きな声を上げ、


「ああああああああっ!!」


 エイデンさん、曰く、とても喜んでいたそうである。

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