第240話
転移前にマスクや手袋などの装備を揃えた。
着ていく服もシンプルで洗濯がしやすい物にした。
私は厨房で料理長と話をした。
「長い船旅でろくに食べてなかったなら、食事もお粥のように胃に優しい物から食べさせる方が安全でしょうね」
「絶食した後にガッツリ食べると死ぬらしいですからね」
「ビタミンも大事だから野菜や果物のジュースとかも用意して」
「そこそこ元気になればりんごくらいは食べれるでしょうか」
「そうね、一応念の為すり下ろしできる器具も持って行きましょう」
食べ物の用意を厨房に任せて、お父様のいる執務室へ移動する。
「ポーションの用意は……インベントリにそこそこ入っているけど、
一応備えの分を追加で発注しておきましょう」
「ああ」
お父様がそう言ったところで、ちょうどお母様が執務室に入って来られた。
「それは私がやっておきます。
難民用の毛布や着替えも近場からかき集めておきましたから」
「お母様、ありがとうございます」
「十分に気をつけるのですよ」
「はい、もちろんです」
*
転移陣の近くの庭園内に、私は土魔法で箱みたいなシンプルな形の小さな建物を作った。
そしてメイドと執事にお願いをしていく。
「念の為に城に入る前にここで着替えて服も煮沸消毒するので、着替えをここに用意しておいてちょうだい。
同行者全員分。すぐに入浴させるから簡単な服でいいわ。
更にここで私達に着替えを渡す者はこのマスクと手袋をする様に」
私はインベントリから感染症対策セットを渡した。
「はい」
「お任せください、お嬢様」
同行していたギルバートの方を見て、私は話かけた。
「別にギルバートの結界の力を疑っている訳じゃないのですが、流石に結界を騎士全員にまでかけるのは厳しいでしょう?」
「そうだな、せいぜい私の隣に立つ其方くらいだ」
「それと万が一、結界を維持してる最中に違う力を使う事になったら常時展開は難しいと思うので」
「ああ」
「なので、念の為です。防疫行為なので」
「慎重なのはいい事だ」
特に不満は無さそうでよかった。
「同行した男性騎士達は帰ったらすぐに入浴させて、プールを魔石で温水にして使ってもいいわ、
あそこは広いから。石鹸と腰に巻く布も用意して」
「はい」
「騎士達はプールに直行させて、そこで全部脱がして服も消毒させればいいのではないか?」
転移陣からプールはさほど遠くもないから、それでいいか。
たしかにこの狭い空間は一人ずつしか入れないし。着替えのために列を作るのもね。
「そう……ですね、それでもいいです。では、騎士達の着替えはプールの方に」
「はい」
* *
準備を整えて、難民キャンプへ向かった。
最寄りの転移陣付き神殿までは小さくした霊獣と一緒に転移陣で移動した。
騎士は馬ごと。
竜騎士は竜ごとだけど幅を取るというか嵩張るから少しずつ移動。
移動先の神殿の人にもマスクと手袋を配布。
帰りはなるべく近くに寄らないようにとは言っておく。
*
現場に到着した。
テントが17個くらいある。
うち4つはお世話係用らしい。
生きて海を渡ってライリーの浜辺に来れた人の数は、今の所24人くらいしかいない。
船が転覆したり船の中で衰弱死した人も多かったとの事。
「食べ物と毛布と着替えなどを持って来ました」
「ありがとうございます」
いけない、お世話係が無防備な姿をしている。
出来たばかりの高濃度アルコールも少し消毒液として置いて行くかな。
「手と顔を石鹸で洗ってマスクと手袋をして下さい」
「はい」
「怪しい咳をしていたり、皮膚に何かおかしな所などある人はいますか?」
「水膨れを伴う酷い日焼けの人がいます」
「そうですか、見てみます」
一応インベントリからポーションも出し、渡しておく。
「……一旦テントから出て貰って難民を一箇所に集める事は可能かしら?
床に布かゴザくらい敷くから」
「分かりました、今すぐに」
「セレスティアナ、難民を一箇所に集めてどうするのだ?」
「そこまで多くは無いですが一人ずつ診察すると時間がかかるので、皆まとめて癒しの魔法をかけてみます」
広範囲のヒールだ。
「そうか、なるほど……広範囲か」
「力を増幅してくれるワンドも作ったし、いけるでしょう」
魔法使いっぽいワンドの出番だ!
今、目の前には不安げな顔でゴザの上に集まって座る難民達がいる。
これからお裁きを受ける罪人じゃ無いから安心して欲しい。
ゴザより布にすべきだったか……。
「えー、今から辺境伯令嬢たるセレスティアナ様がその方等に癒しの力を使って下さる」
自動的に一定範囲内で双方に翻訳が可能なペンダント型の魔道具を持っている騎士が解説をしてくれてる。
なんて便利な魔道具だ。
他国の人とも問題なくお話出来る。
ざわ……ざわざわ……。
「……癒し?」
「……ま、魔法?」
「ミゴザマ?」
「今、辺境伯令嬢デ言ワレタガラ、ミゴデハナガロウ」
難民の声がしゃがれてるのに気がついた。
カラオケで歌い過ぎた人みたいだけど、もちろんそんな理由で声がおかしくなってる訳では無いだろう。
私は魔力を練り上げ集中する。
『慈悲深き癒しの神よ、清浄なる癒しの光よ……エリアヒール!』
難民が清らかな光に包まれ、驚きの表情を浮かべた。
「……!!」
「水膨れが消えた……!」
「……もう、どこも痛くない……!」
「あ、ありがとうございます!」
「もしかして……聖女様ですか?」
難民の皆さんが涙を流してこっちを見てる。
「違います、聖女ではありません。
けれど、皆様がこれよりこの地で、法を順守し、ここで生きていたいと望まれるのであれば、心穏やかに生きていけるようにと、私も願っております」
「……!!」
「なんとお優しい方だ! 俺達の国と大違いだ!」
「やはり聖女様では?」
……君らは一体、どんな国で生きて来たのか?
苦労が偲ばれる……。
ギルバートは難民の反応は想定内だと、私に話しかけて来た。
「セレスティアナ、食事はどこで取らせる? もうここでいいか?」
「そうですね……集まっている所なら言葉も通じますし、……あれ?
もしやこの様子なら、別にお粥みたいに柔らかくした米でなくても食べられるのでは?」
私は自分で癒しておきながらそう言った。
「気がつくのが遅かったな」
「でもおかずをつけてやれば良いのでは?」
騎士が気を使ってそんな提案をしてくれた。
「そ、そうね。とりあえず、テーブルと椅子を作ります」
「作る?」
難民が薄汚れた服の袖で涙を拭いつつ、こちらを見た。
持って来るの間違いでは? と、思ったのだろう。
私は土魔法で簡単なテーブルと椅子を作り出して、インベントリから食事も出した。
「わあ! また魔法だ!」
「天使様だ!」
「それも違います。人間です」
私はクールに否定する。
お粥、お魚の塩焼きと甘辛い佃煮、漬物などを出した。
「これ、こっちで最初に出されたミルク粥より美味しい……」
目の前のそれは出汁入りのお粥ですね。
コリコリ……。
「キュウリをどうやったらこんなに美味しく出来るのか……」
「神の御業では?」
神ではなく、浅漬けの素の力だ。
「この小さいお魚、甘くてとても美味しい……」
醤油と砂糖で煮た甘辛の佃煮は子供にも好評だ。
お魚まるごとだからカルシウムも取れるでしょう。
──ひとまず、食事も気に入ったようで安心したので、他の作業をしよう。
「清潔は大事だものね」
私は食事の場所から離れた所に、これまた土魔法で簡易的なお風呂も用意した。
もちろん、女性もいるので衝立代わりの壁も作った。
まだ残暑があるから外のお風呂でもそこまで寒くないと思う。
「お嬢様、これは……?」
「水と焼いた石か炎の魔石を入れて使えばお風呂になります。
しっかり石鹸で体を洗うように言って下さい。
着替えも持って来たので、洗濯もするようにと」
「はい、分かりました!」
現地のお世話係の人達は珍しい物を見た! とばかりに目を輝かせている。
必要物資を置いて、お世話係に後はよろしくお願いする。
とりあえず精神的にはまだ疲労しているかもしれないのでここでしばらく休ませて、大人は働く気があるなら仕事を紹介すると言って貰う。
ここでも手仕事くらいは出来るだろうから、裁縫道具と布くらいは置いて行く。
「では、我々は撤収します」
「はい!」
ライリーの城に帰城した。
「結界は維持されていましたが、せっかく自分で作った訳ですし、感染症を持ってるかもしれない相手と会った時の対策を他の人に覚えておいて欲しいので、あえてこの小さな箱家で着替えをします」
「せっかく着替えも用意してくれているからな」
ギルバートの目線の先には言いつけ通りにマスクと手袋装備のメイドと執事が待っててくれた。
私の後にギルバートが着替えを終えたら、すぐさま箱家を解体した。
結界の守りが無かった同行の騎士達は転移陣からプールへ直行している。
転移陣の足元には高濃度アルコールを撒いて貰っている。
そして私はお城のお風呂に入った。
は──、生き返る。
食堂に向かう途中で同じくお風呂上がりのギルバートと会って訊かれた。
「平然として見えるが、あれだけ魔力を使って疲れていないのか?」
「あれだけ?」
「広範囲ヒールに土魔法も何度か使ったではないか」
「ワンド効果か、あんまり……疲れていませんね」
「俺はキャンプにいる間ずっと結界張っているだけでだいぶ疲れた。
神殿に着いてから魔力回復の飲み薬を飲んだほどだ」
「長時間結界の方が維持時間があるので疲れるのかもしれませんね」
「それにしても其方の魔力は多いと思うぞ」
「もしかしたら気を張っていて疲労を感じないだけで、どこかで寝落ちするかもしれませんね」
そう言って私は、あはは! と、笑っていたのだけど、子供のように食事中に気を失ったのだった。
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