第239話
夏も終わり、秋の頃。
広々とした会合用サロンにて私はとある魔力持ちの騎士と魔法師を集めて言った。
目の前には大きなスクリーンがあって、河川の映像や設計図が映し出されている。
「治水作業を行いますので、本日お集まりいただいた、土と風と水のスキル持ちの皆様に、ご協力をお願いします」
「それはお嬢様までがする仕事なのですか?」
まだ幼い見習い騎士が素朴な疑問を投げて来た。
うまくスキルが使えない未熟な者でも見学だけでもして、仕事を覚えて貰う為に呼んでいる。
「治水は大事なのです。やらないと後に大変な事になりかねません。
せっかく神様から土のスキルを賜ったので。これはやらねばと」
「具体的に大変な事とはどのような事ですか?」
「水田用の水を引く工事などは先にやりましたが、今回は河川の氾濫、洪水の対策ですね。
平民は薪を入手する為、わざわざ大雨の時に激流に流されて来た流木を取りに行ったりする事があるのです」
好機! 無料の薪が流れて来た! って。
「それは……危険ではないですか?」
見習い君はその平民は無謀すぎでは?って顔で聞いてくる。
でも本当にいたのよ、前世の話だけど昔の日本人に。
「もちろん、危険ですし、それで命を落とす事がわりとあったりします。
平民にとって冬を越す為の薪は、それだけ大事で重要なのでしょう。
日常の煮炊きにも使う上に、人は寒さでも死にますから」
「枝を森に拾いに行けば良いのでは?」
「近くに良い森があるとも限らず、冬前には近場の薪になる拾える枝は争奪戦になってしまう可能性もあります。
国から支給されていた魔石のような冬越しの燃料支給が大地の浄化後に終わっていますので、慌てている人もいると思います」
「森があっても好き勝手に伐採して良い訳でも無いですからね」
先輩騎士が説明を付け加えてくれた。
特にライリーの森は大事に再生させている所なので。
「そういうわけで上流部にダムを築いたり、河川を拡幅したり、調整池や放水路を設けたりします」
「皆も知っている通り、今まで瘴気の影響で生かすのに精一杯でこの手の公共事業が滞っていた訳だ。
一気にやれずとも、もしもの時に備えてコツコツと少しずつでもやっておきたい。
もちろん、労働の対価も支払う」
サロンにお父様が入って来て言った。
「お父様」
「閣下!」
騎士達が姿勢を正す。
「すまない、火急の知らせで会議に遅れてしまった」
「何かあったのですか?」
「海から他国の難民が粗末な船で流れて来たとか」
「他国から?」
「ああ、日照り続きで飢饉が起こった挙句、魔物の被害も増え逃げて来たとか」
「まあ」
「差し当たり、治水工事の方は予定通り行う」
「はい!」
「お父様、その難民はどちらに?」
「急いで難民キャンプを手配している。
いざとなったら体力回復後には衣食住の提供の代わりに治水工事も手伝って貰うしかないか。
そこで生きるのが無理だと思って逃げて来た者を強制的に送り返しても死ぬ可能性が高い」
こっちは台風や大雨の心配をしているけれど、他国は日照り被害に遭っていたのね。
「ふむ。
とにかく治水工事に向いたスキル持ちの人手が足りないようなら王都か他領からも人を呼んでもいい。
募集をかけてみよう」
今まで黙って聴いていたギルバートが声をあげた。
「他所からまで呼ぶとかなりの予算が……」
私は貧乏性が抜けていないので思わずそんな事を言ってしまった。
「特別追加報奨として、エメラルドを付ける。大切な相手に宝石を贈りたい者が食いつくだろう。
ライリーに来ると美味しい食事も食べられるしな」
エメラルド!! ……と、ご飯!
「「ああ〜〜!」」
エメラルドと聞いて騎士達が思わず反応した。
確かに恋人にプレゼントをしたいけど金欠な下級貴族とかが特に喜びそうな提案。
「もちろんライリーの騎士や魔法師たる卿等にもエメラルドを用意する。
妻でも婚約者でも母親でも妹でも姉でも姪っ子でも好きな者を選んで贈ればいい。
一人1個それなりの大きさのを選ぶか小ぶりだけど質の良い物を二個貰うかは選べるようにする」
ざわざわ……。
「小ぶりなら妻と娘両方に渡せるな」
「娘にあげたい」
「え!? 奥方優先でなくて大丈夫ですか!?」
「じゃあいっそ欲しい方にやるといえば」
「そんなのどちらも欲しいでしょう?」
「好きな石なんて人によるだろうし」
「エメラルドを嫌いな女なんて見た事ないですよ」
「息子のプロポーズ用に取っておくという選択肢も……」
皆、現金のみならず、エメラルドも貰えると聞いて、わいわいと誰に贈るか意見を交わしている。
楽しそうだ。
宝石ってお高いからお金を貰うと堅実な人は貯金か生活費か実用的な物ばかりに目が向くけど、贅沢品を貰えるとなるとやっぱり贈る側になれるってワクワクできるものね。
「とりあえず、ここからは会議を終了して、茶会に致します。
存分に交流なさって下さい」
私はひとまず会議の終了を告げた。
お茶と茶菓子のクッキーなどは既に出ていたが、扉前で待機していたメイドと執事が追加の食事と飲み物を運び込む。
「ギルバート、ありがとうございます」
「私は国の書類仕事の対価の金を貰って、それを元手に商売もして資産を増やしているから」
ギルバートは私にこっそり耳打ちした。
え? いつの間に商売を? 治療院の他にも何かあるの?
いや、貴族や王族が商売で金儲けなんて、本来は推奨されない事だから突っ込んで聞かない方がいいのかな。
秘密のお仕事かも。
ライリーはなりふり構ってられない状況だったからか、皆何も言わないけど。
それかどうしてもうちの商品が欲しいか、うちを敵に回していい事は無いと理解しているか。
「そう言えば、難民キャンプで必要な物資を運ぶのに転移陣を使用出来る騎士を同行させる必要が有る」
お父様が風水土属性以外の騎士を選ぶとおっしゃっる。
ここに呼ばれていない炎系の人とかかな。
「お父様、私が参ります。
貴族なら転移陣の使用許可が出ますし、インベントリもあり、物資も運べます。
更に衰弱している者がいたら私の光魔法が役に立つでしょうから」
「うーん」
お父様は眉根を寄せて、思案顔。
「お父様、私だと何か問題が?」
「難民の中に、何か悪い病気を持つ者が混ざっていたら……危険だ」
ああ、ほとんど弱っている外国の方だから、そんな警戒ももっともですね。
「マスクや手袋などして感染症対策はしますよ」
「辺境伯。私も同行し、風の結界でセレスティアナを守ります」
ギルバートがお父様にそう進言してくれた。
「そうか、結界が張れるならば。大丈夫かな」
お父様の許可が出た。
そしてギルバートは騎士達の方を振り返り、声を張って話しかけた。
「皆! エメラルドの件は紙に名前と希望の個数を書いておいてくれ!」
「はい!!」
皆が声を揃えていい返事をした。
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