第234話
眩しい夏。
翼猫で空を飛び、また川に来て、鰻用に仕掛けた七つの罠を確認した。
7つのうち、5つに鰻がかかっていた!
一つの罠に二匹入ってるのも有れば、ナマズとドジョウしか入って無い罠もある。
仕掛けた場所の問題かな。
少しずつ入っていたナマズとドジョウはどうしよう。
ナマズは知らないけどドジョウも妊婦が精をつけるのに食べていた地域があるのは知ってる。
城に持って帰って欲しい人がいたらあげようか。
ともかく鰻はトータルで7匹ならなかなかの成果でしょう。
*
鰻は大暴れするので先に冷凍庫で仮死状態にしておく。
ウナギ包丁と固定用の目打ちが欲しい所だけど、とりあえず刃の長めの包丁と千枚通しを流用する。
まな板は全長65cmもある長い板を用意しておいた。
目打ち用の穴も開けてある。
「鰻の血には毒があるので、捌く時には、決して目とか触らず、流水で綺麗に洗い流して下さい。
熱したら毒性を失うので必ず火を使ってから食します」
「はい、お嬢様」
「万が一、お顔が痒くなったりしたら、鰻を触ってない人に布で顔を拭いて貰うとかしてね」
「心得ました」
料理人に注意事項を知らせてから、一回お手本で捌いて見せた。
*
お庭に横長のBBQ台と網を置いた。
炭には既に火が入っている。
長い鰻を並べて焼く。
カチカチと網の上でうなぎを叩きつけるような動きをする。
料理人はうなぎに火を食わせると言う。皮がパリパリになるらしい。
私もそれに倣っている。
時折水をかけて温度を調整し、鰻のタレをハケで塗る。
「いつになく真剣な表情だな」
「職人の気分で挑んでいるのです」
「どんな令嬢なんだ……」
ギルバートが作業を見守りつつも呆れるが気にしない。
繰り返し鰻にタレを塗ると、ものすごく美味しそうな香りがする。
「まず、鰻を獲ってきた私が毒見をしますから」
「そんなバカな。ダメだ」
「毒見ならこのエイデンにお任せを」
「……むう」
「むう、では無い。令嬢が毒見をしてどうする」
「仕方ないですね」
「お嬢様、お米が炊けました」
「ありがとう。鰻もいい感じに焼けたわ。
ではその味見用の皿にご飯を少しよそってちょうだい」
「かしこまりました」
私は料理人に指示を出し、用意されたご飯の上に一切れ分、切った鰻を乗せ、再びタレをかけた。
毒見兼、味見だから一切れだけだけど、意地悪じゃ無いわよ。
「では、エイデンさんからどうぞ」
「はい。いただきます」
「……どう?」
「大丈夫です。甘辛いタレに、ふっくらとした身も大変美味しいですね」
「成功したわ。では丼にご飯を盛って、鰻を置いてまた温めたタレをかけて」
タレはたっぷりの方が美味しい。
「これは美味いな」
「もしやこれも焼肉の時と同じでタレが美味しすぎるのでは?」
「美味しかったから、また鰻用の罠を川に仕掛けて来てもいいかな」
お父様もアシェルさんも鰻を食べて、気にいったみたいだ。
ギルバートは鰻よりタレを讃えているけれど。
「いいですよ。全員分は無理だったので、また頑張りましょう」
「お母様もどうぞ、あまり量はないのですが」
何しろ食べさせてあげたい人の数が多いから。
「……なるほど、先日のお土産の鮎の塩焼きも美味しかったけれど、これも美味しいわね」
「どじょうとナマズも料理人が喜んで貰ってくれて良かった」
「アシェル、冒険者時代、我々も食べたな、ナマズとドジョウ」
「ははは、懐かしいな。でも今日食べた鰻の方が美味しいな」
そんなわけで、本日の鰻丼も大変、好評であった。
* *
朝から雨が降る夏の日。
畑の野菜達には恵みの雨だと思う。
弟の加護の儀式が終わり、また改めて、ライリーの城にレイラ王女を呼んだ。
学院は夏休みだけど、国に帰らない、帰りたくないそうだから。
表向きの名目は乙女ゲーム好きの語らいの会だけど、実の所、レイラ王女に念の為、なぜロルフ殿下はダメだったのか詳しく聞いてみたかったので。
いや、あの魔法師さんが素敵なのは分かるけど、ロルフ殿下もかっこいいから。
私達は今、貴賓室にて、向かい合うようにソファに座っている。
扉向こうにはお互いの護衛騎士が立っているけれど、今は侍女達も下がらせ、二人きりだ。
「ロルフ殿下は私には眩し過ぎる存在と言いますか……」
「眩しい?」
「あの方はグランジェルドの第二王子で正妃の子。
比べて私は側妃の子です。
グランジェルドの王妃様は正妃の子ではない私が大切な息子の妻になると、きっと嫌な気分になるでしょう。
グランジェルド国の王妃様に嫌われたくはないですし、周囲に蔑まれて生きていきたくはない。
愛する人と幸せに心穏やかに生きていければ、贅沢な暮らしも望みません」
なるほど……身分の問題だったのか。
引け目を感じつつ生きるのが辛いのね。
それは確かに気持ちが分かる気がする。
だから最初は正妃の子では無いギルバートをロックオンしていたのね。
同じような立場で親近感もあったのかもしれない。
どの道、陽キャのロルフ殿下より、やや影のあるあの魔法師が好みできゅんきゅんしちゃうなら、仕方ない。
ほっといてもきっと幸せになれそうなロルフ殿下より、憂いを感じる瞳の魔法師を幸せにしたい!
と、思ってしまう乙女心……か。
窓の外の雨は勢いを増して、室内で雨音を聞きながら、レイラ王女は俯いていた。
「納得しました」
「セレスティアナ様にはせっかく場を設けていただいたのに、こんな事になり、申し訳ないとは思っています」
「私はかまわないのですが、国元にはどう対応するのですか?
本気で事故で死んだフリを?」
王女様に駆け落ち貧乏生活は無理だと思う。
「父王は要するにお金のために私をなるべく高く売ろうとしているので、私が死んだと思わせ、諦めさせるか、お金を用意すればいいかと」
「き、金策を考えましょう。
死んだフリして生きていくのも大変でしょうし、万が一生きてるのがバレたらややこしくなります」
「いざとなったらセレスティアナ様の凄いメイク術を習って別人のような顔を作って生きてもいいかと思っていたのですが……」
「うーん。やっぱり、何とかしてお金を稼ぎましょう」
「……ダンジョンで一攫千金でも狙いましょうか」
「それは私達ではまだ危険だと止められるでしょう。
目利きを発揮してぼったくりにならない程度で買い集めた物に付加価値をつけて売るとか、どうですか?
レイラ王女のスキルはエンチャントですよね」
「私の強化スキルは鉄にしか使えませんけど……」
「あの魔法師さんに相談したら鉄以外にも強化のエンチャントが出来るようになったりしないでしょうか?
それと追加で私の祝福をのせて更に価値を上げてもいいです」
「私の為に、セレスティアナ様にそんなお手間をおかけしていいのでしょうか?」
「お友達がお金の為に売られるのを見過ごすわけにはいきません」
「私、セレスティアナ様にそんなに優しくされるような良い子じゃありませんでした。
カメリアだって本当は贈り物には向かない花で」
私の正面の椅子に座っていたレイラ王女は膝の上でギュッと拳を握り込んだ。
私は椅子から立ち上がり、彼女の前まで歩いて行き、膝をついた。
そして、爪が食い込むと痛いだろうと、私は彼女の手を取って、拳を開かせた。
「いいえ、椿油は大変有用ですから、私は大変喜びましたよ。首から落ちる花でも美しいですし」
「ご存知でしたの……」
「何も問題ないですよ」
「ごめんなさい……」
「何も怒っていませんけど、貴女にとって必要なら、謝罪を受け入れます」
私が笑顔でそう言うと、レイラ王女は自らも横にずれるようにしてソファから立ち上がったので、私は邪魔にならないよう、少し下がり、彼女を見上げた。
すると今度はレイラ王女が私と同じ様に絨毯の上に膝をつき、私に抱きついて泣いてしまったので、背中を優しく抱いてみたり、子をあやすように優しく手のひらで背中をぽんぽんと叩いてみた。
王女はしばらく私に抱きついたまま泣いていたけど、対して外は雨が止み、陽が差していた。
高き天上から地に落ちた雨は、地にある緑も潤した。
優しさを受けたかのように葉を伝う雫も、キラキラと輝いていた。
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