第229話 学園演劇

 私は護衛騎士と共に土の曜日になって、お酒の蒸留器を見に工場に行った。

 

 工場の中に入ると、錬金術師のヤネスさんと、ドワーフのゴドバルのおやっさんが出迎えてくれた。

 目の前には図面の通り、立派な蒸留器が出来上がっていた。

 大きい……!


「わあ、凄い。ゴドバルさん、ヤネスさん、お二人とも、お疲れ様です!

 ありがとうございました! 早速葡萄を使って作ってみましょうか」


「その言葉を待っていたぞい! もちろん、その用意もしてあるとも!」

「セレスティアナお嬢様、もちろん、我々もできたら飲ませて貰えるんですよね?」

「当然ですとも! あ、こちら、ひとまず、仕事料です」


 私はお二人に袋に金貨を詰めて渡した。

 袋はずしりと重い。


「うむ。ジークのとこのお嬢ちゃん、ありがとうよ! よし、酒を作るぞ!」

「「はい!」」


 そんな訳で、張り切るドワーフのおやっさんの勢いに押されるように、蒸留酒作りは開始された。



 * * 



 そして数日、時は流れ、──ついに、学院の文化祭の日が来た。

 暗い演劇の会場の中、いよいよ幕が上がる。


 照明は、舞台の上のみに当たる。


 そして客席は全部埋まってるみたい。

 多くの父兄も見に来てる。

 うちは万が一の襲撃が怖いから、アシェルさんがクリスタルで撮影係をしてくれてる。

 両親達はお留守番。


 それにしても客席が満員になるとは思って無かった。

 皆演劇が好きなんだね? それともお目当てはイケメンのギルバート様?


 


 演目は「ローランとメアリー姫」

 

 メインキャスト。


 ヒーロー ローラン   : ギルバート様

 ヒロイン メアリー姫  : レイラ王女

 ライバル ガイウス   : セレスティアナ (私)


 この演劇の物語の中では、対立する二つの有力な貴族の家門があり、ローランとガイウスは恋愛でも、家門同士でも敵だ。

 この辺ちょっとロミオとジュリエットみたいだ。


 メアリー王女はろくな後ろ盾もない、名ばかりの第8王女。

 彼女は忘れられた存在のようにひっそりと離宮で過ごしていた。


 一応お姫様なのに正妃の子では無い、お手付きのメイドとの子の為、王が全く大事にしていない。

 いずれどこかの有力者に売り飛ばす為に生かしているだけで、護衛騎士すらもいない。(凄い設定だ)


 メアリー姫は離宮の庭園で彼等と出会った。

 王家内では存在感が薄いメアリー姫は、メイドに変装して街に出る事もあった。

 そこでローランと愛を育んだ。


 ローラン役のギルバートと、メアリー役のレイラ王女のイチャイチャシーンがしばしばある。

 キスシーンはフリだけなのでまあいいのだけど。


 でも愛し合う二人の姿を影から悔しそうに見るのが、今回の私の役。


 私は主人公ローランのライバルの男役のガイウス。

 男装メイクを仮面舞踏会の仮面で顔の上半分を隠した状態で舞台に上がる。


 財産も女性としての尊厳も、人としても尊厳も、奪われ、最後には命すらも奪われた母親の為、幼い頃から復讐に生きろと親族に言われ続けていた男ガイウスが、メアリー姫に会って、初めて恋をし、愛を知った。


 彼女はガイウスを初めて人間扱いしてくれた人だった。


 だが、メアリーが選んだのは、あらゆる事に恵まれていた、貴族の子息のローランだった。

 ローランとガイウスはお互い敵対する家門の者で、光と影のような対照的な存在。


 *


 さて、次の私の出番は、殺された母の仇討ちのシーンだ。

 

 偽の情報で薄暗い路地に呼び出した、母の仇筆頭の、母の夫だった男、父親を追い詰める。


 他に女を作って……母と、子であるガイウスまでを捨てた非道な男。


 妻を捨てただけでなく、ならず者を雇って殺すように命じた外道だ。

 ならず者はガイウスの母をただ殺すだけでなく、凌辱の後に殺した。


 母方の親族はガイウスの母の死の真相を知って、激怒した。

 母方の親族から仇を取れと、ガイウスは昔から厳しく育てられた。


 *


「地獄へ落ちろ! お前が! お前達が我が母を殺したのだ!」


「うわあ──っ! 助けてくれ! ガイウス! ワシを許せ!」

「クズめ! 跪いて許しを請うても無駄だ! ここで無様に死ね!」


 私の蹴り飛ばす演技に合わせて、自ら吹っ飛び、無様に地を這う、仇の父親役のお髭をつけた老けメイクの生徒さん。


 仇の胸に剣を突き立てるガイウス!


 ザクッ!! (音響の効果音が響く)


 実は客席からは角度的に見えないけど、脇の間に剣を刺してる。


「ぐはッ!!」


 ガイウスの仇のやられ役さんも迫真の演技。


「クズめ……あの世で母様に許しを請え。……許される事は、無いだろうがな」


 私は狂気を宿したような目で嫣然と笑う。


 観客も演技に引き込まれ、固唾を呑んで見守っている。



 ピ──! 衛兵の吹く笛の音が響く。


 衛兵に見つかって闇の中を走り去るガイウス役の私。


 ガイウスと敵対する家門のローランは不幸なガイウスに同情しつつも、殺人鬼となったガイウスをローランは見逃す訳にはいかない。


「待て! ガイウス!」


 ガイウスを追って来たローランの剣がガイウスの仮面を斬り飛ばした。

 カランと割れた仮面が地に落ちた。


 その、瞬間。


「きゃ──っ!」


 斬られたのは仮面だけなんだけど、観客席からは女性の悲鳴が上がった。


 (え!? やだ、かっこいい!)

 (あの素敵な騎士役の方はどなた!?)

 (パンフレットは!? あ……暗くて見えませんわ)

 (え!? セレスティアナ様よね!? まるで別人のようだわ! 素敵!)


 なんか私の変身ぶりに驚いてる女性達の声だったようだ。



 なんだかんだと、ガイウスの出番のクライマックスに来た。

 ヒーローとライバルは剣で鍔迫り合いをする。


「あの日たった一人の母を無くし、一人絶望の中途方にくれていた私に、白詰草の絨毯の上で、幸運を見つけたから、あなたにあげると、幼い私に、四葉をくれた、私の、唯一望んだ、光……。

私のメアリー……! 

ああ、俺の全てをお前が奪ったのだ、ローラン!」


 ガキン! 力強く剣を弾き飛ばす勢いで私とギルバートはやや距離を取った。


「ガイウス! 何故、他の道を選べなかったんだ」


「私が自分で選んだ道だ。メアリーと共にあれるようにと。

お前が道を壊しただけだ。ローラン! お前が……憎い……!」


「そんな血塗られた道を! 行かせる訳にはいかないだろう!」


「つくづく目障りな男だ!」

「諦めて投降しろ! 罪を償え」


「悠長に無駄な説得してる場合では無いぞ。俺を倒さねば、解毒薬は手に入らない」

「やはり、信じたくは無かったが、屋敷の井戸に毒を投げ込んだのは、お前だったのか!」


 結局ローランとガイウスは殺し合うしかなかった。

 対立する二人の剣と剣がぶつかる音が響く。


 ローランは激しい戦いの後、ついに、解毒薬の為、ガイウスに剣を突き立てた!


 (ああ……!!)

 観客席が再び息を呑む。


 血を吐く私。(トマトジュースだけど)

 私の迫真の演技のせいか、ギルバートが涙目になってる。

 お互い悲壮な表情がドラマチックなシーンに合っている。


「ガイウス! 解毒薬はどこだ!?」

「さあ……な」

「言え! メアリー姫まで毒で死んでしまうぞ! 愛する者まで殺すつもりか!?」

「な……ん、だと……何故……」

「知らずにあの井戸から汲んだ水筒の水を飲んだんだ! 解毒薬はどこだ!?」


 完璧な復讐をするはずが、ガイウスに目の前が真っ暗になるような絶望が襲う。

 でも、メアリー姫の為、最後の力を振り絞ったような声で私は言う。


「……母……の墓……。メアリーを……助け……」


 舞台袖に待機してるレイラ王女が見えた。

 彼女は震え、涙目でこちらを見ていた。

 あれ? 我々の演技に感動してる?


 通し稽古の時は演技控えめだったし、メイクもしてなかったから、反応は普通だったと思うんだけど。


 最後に、血塗れの手でローランの頬に触れ、事切れるガイウス役の私。

 最後は愛するメアリーの為に解毒薬のありかを話して死んでしまった。


 ガイウスの母の墓にあった解毒薬が間に合い、メアリーは助かった。

 即死毒じゃ無いのが不幸中の幸いだった。


 ラストはメアリーとローランの抱擁シーン。

 そして幕が降りる。


 わ──っ!!

 会場に歓声と拍手が響く。

 席を立って泣いてる人が多い。


「お疲れ様です、セレスティアナ様! とっても素敵でした!」

「ありがとう、オリビア嬢」


 オリビア嬢はローランの屋敷のメイドの衣装のまま、泣いていた。


「セレスティアナ様! 私、こんなに劇で感動したのは初めてです!

お姉様とお呼びしてもいいでしょうか!?」


 ……ん!?

 感極まった声に振り返ると、


「……え!? レイラ王女!? お、お姉様? 私が!?」

「こんなに素敵な男装の麗人は初めて見ました!」

「は、はあ……」


「何故こんな事に……」


 ギルバートもローランの衣装のまま、呆然としている。

 つい先日までギルバートに向けられていたはずのレイラ王女の思慕の瞳は、今私を見つめている。


 レイラ王女はガイウスみたいに愛が深くて不遇不憫な男が好きだとか、宝◯系が好きな素養があったのかもしれない……。

 


 そして、◯塚系男装の役に落ちる女性はレイラ王女だけじゃなかった。

 多くの令嬢からお姉様と呼ばれる事になったのだった……。

 同年代にまで、解せぬ……。

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