第228話
課外授業の翌日、春の日の朝。
祭壇で日課の祈りを捧げた後に、私は机に向かって歌詞を書いていた。
姉が私のゲームの為に作ってくれた曲が、もう記憶の中でしか聞けないのは、悲しいので、追加シナリオにその曲をつけて入れようと思った。
最初に大地の浄化をした時に歌った、大切な歌でも有る。
誰かに記憶して欲しいから、あの造語の曲を歌って貰う為に、歌声の綺麗な神殿の見習い巫女を紹介して貰う事にした。
謝礼は食べ物と新しい服の寄付という事で、話はついた。
『ティアはあの歌詞を何となく自分で思いついた造語だと思ってるんだろうけど、実はそれ、この世界の古代の言葉なんだよ』
「な、何ですって!? 古代!? これはでも、前世に姉が作ってくれた曲に付けた歌詞なのよ?」
『だから、日本人として生まれた、さらにもっと昔、前世はこっちの人だったんだよ、君は神に仕える巫女だったんだ。魂に刻まれた記憶から、何となく作ったと思ってる言葉は、ちゃんと意味があって、とても古い記憶からのものだったんだ。だから大地の浄化という偉業も成せた』
「祈りの蓄積や魔力が増えたからとかって言って無かった!?」
『もちろん、それが一番大事な要素だよ』
「何でそんな凄い事実を今頃言ったの?」
『言っても巫女時代の事は覚えていないだろうし、でも大地に祝福を与える歌を巫女に歌わせるって言ったから、一応』
「つまり、あの歌詞に大地の祝福を与える言葉が入っていると言う事?」
『うん』
「そして巫女があの曲を歌うと何か奇跡のような事が起こるかもしれないって事?」
『巫女の信仰心が高ければあり得るよ』
……大丈夫かな?
『まあ、あの古代語は神殿の方でも解読できる者も少ないくらいの古いものだから、知ってる人が聞いたら、よく知ってたなと驚かれるかもね』
「……ハイエルフとかは知ってるのかな?」
まだエルフの中では若い方のエルフのアシェルさんは分かるのかな?
流石に知らないかな?
『ああ、確かにハイエルフくらい長生きなら、知ってるかも。
とにかく、古い言葉だけど、大地に豊穣と祝福を与える歌なので、神職の子が覚えるのはいい事だよ。
また瘴気やら何かの影響があった時に、浄化の力になれる可能性は有る』
「そうなんだ、じゃあしれっと覚えて貰えたらラッキーくらいに思っておこう……」
それにしても私が神に仕える巫女だったとは。
二次元の巫女キャラに憧れはあったけど、びっくりだわ。
巫女時代の前世の事など、覚えていないけど……。
日本でオタクになった挙句、不摂生で死んでしまうなんて神様も驚いたかもね。
「何の神様に仕える巫女だったのか分かる? もしかして大地?」
『月の女神だよ、美と母性、豊穣、狩猟等を司る、美しく勇ましい女神様だ』
「私、前世で蟹座だったわ! 守護神が月の女神なの。
ただの偶然かもしれないけど、なんとなく嬉しいわね」
楽譜と歌詞の文字を紙に書いて巫女さんに渡す事にした。
しばらく練習して貰ってから録音させてもらいに行く事にする。
朝食の為に食堂に行きがてら廊下に出て、手紙をメイドか執事に託そうとしていたら、錬金術師のヤネスさんがいた。
「おはよう御座います、お嬢様。
ちょうどお酒の蒸留器が完成したと報告に参る所でした」
「わあ! ありがとう! 嬉しいわ! 土の曜日の午後に学院から帰ったら見に行くわね! お疲れ様でした!」
やった──っ!
「土の曜日の午後に完成した蒸留器を見に、工場に来られるという事ですね。
承知いたしました。ドワーフにもそう伝えておきます」
「ありがとう!」
*
朝食時に食堂にて両親に諸々の説明と報告をして、執事に手紙も託し、それから学院に登校。
午前中は例の青っぽい綺麗な鉱石でワンドを作る授業を受けた。
「では皆さん、先日手に入れた魔水晶でワンドを作って下さい。
デザインは自由です」
教師に説明によるとデザインは自由……か。
センスが問われる。
図画工作の授業みたいで楽しい。
持ち手の部分は手持ちの予算に応じて好きな素材を選べる。
何かの金属かイチイの木を使う人が多い。
私とギルバートはお高いけど、せっかくなので、ミスリル銀を選んだ。
石と杖の結合作業などは錬金術師が手伝ってくれる。
我々は杖に自分の魔力を入れて、杖に持ち主を認識させる。
「先生、これは後で職人に手を加えて貰って装飾を足してもいいのでしょう?」
「はい、かまいませんよ」
レイラ王女は装飾を豪華にしたいようだ。
「なかなか綺麗に作れたのでは?」
「悪くないな。後で細工師に仕上げをして貰おう」
ギルバートも自分のワンドは職人に手を加えて貰うようだ。
私もワンドとデザインを職人に渡して華やかにして貰おうかな。
ライリーの城に帰城。
私は自室に戻り、インベントリからワンドとデザイン画を描いた紙を取り出した。
「お嬢様、依頼していた靴の納品がありましたよ。演劇で使うのですよね?」
おっと、蒸留器の次は靴の依頼品が届いた。
メイドが納品された踵の高いブーツを持って来てくれて、自室のテーブルの上に置かれていた。
「ありがとう。後は肩幅を有るように見せるため、さらにマントを付け足して誤魔化そうっと」
「……お嬢様、まさか男装でもされるのですか?」
「そうだけど?」
「まあ、こんなに可愛いらしいお嬢様が男性の役なんて驚きです」
「私も驚いたけど、私的には普通に女性の役をやるより楽しいわ」
メイドは私の発言により、さらに驚いたようだった。
「学院でワンドを作ったのだけど、装飾に手を加えようと思うの。
こちらのデザイン参考に手を加えて欲しいと職人に連絡してちょうだい」
「承知いたしました」
私はワンドのラフデザイン画を封筒に入るサイズに折り畳んでから入れると、ワンドと一緒に渡した。
A4やB5くらいのサイズの書類ケースとかクリアファイルが有れば入れたんだけど……。
そう言えば、大きめの封筒はあっても前世で使っていた、プラスチックケースのような便利アイテムはないな。
前世はオタクだったから山ほどキャラ絵のクリアファイルは持っていたのだけど……。
メイドはワンドと封筒を受け取り、扉に向かおうとしたので引き留めた。
「あ、まだ渡すものがあるから、ちょっと待ってね」
「はい、お嬢様」
オタクで思い出した。
私の雇った画家の花の絵、王都の店に納品分は全て売り切れていたと報告があったのだった。
一番希望が多い花の絵を追加しておかないと。
机から紙を出して、オーダーを書く。
「こちらを画家の二人に渡してくれる?
アトリエに本人がいなければ画家の部屋の依頼箱に届けてくれたら良いから」
手紙を机の上に置いておいたら、資料や他の紙などに埋もれる可能性がある。
なので、ポストのような物を画家の部屋に設置しているが、それが依頼箱だ。
「はい、分かりました」
*
晩餐後、自室内に戻って明日の用意をする。
「お嬢様、今夜はギルバート様の温泉地の別荘の方で入浴をされるのですよね?」
「ええ、そうよ。温泉に入ってそのまま客室を借りて、一泊してあちらから直接、学院に行くから」
「着替えはこちらにまとめてあります」
「ありがとう。じゃあ、行ってくるわね」
私は用意されていた着替えをインベントリに突っ込んだ。
演劇前に肌をいつも以上に美しく保つ為、温泉にも入るぞ。
私は転移陣から護衛騎士のリーゼとギルバートの別荘へと移動した。
すぐに別荘の管理人に客室に通され、それから別荘内にも温泉が引いてあるので、浴室に向かった。
せっかくなので、髪を洗って欲しいからと言って、リーゼも一緒にお風呂に入って貰った。
そうでも言わないと、外で待機しちゃうから。
頼んだ通り、リーゼが髪などを洗ってくれた。
お風呂について来たリナルドも気持ちよさそうに温泉に浸かっていると言うか、浮いている。
リーゼと二人で乳白色の温泉に浸かってマッタリとしていると、ガラリと浴室の戸が開いて、全裸の男性が入って来た。
「「え!?」」
「ギルバート様!?」
リーゼが驚いて声をあげた後に、慌てて私を自分の背に隠す。
「セ、セレスティアナ!? と、護衛騎士!? 何故ここに!?」
ギルバートはすっごく驚いて、凄い速さでくるっと後ろを向き、慌てて扉の向こうに戻った。
私は扉向こうにいるギルバートに、乳白色の濁り湯に入ったまま、話しかけた。
「ギルバート! 私、温泉に入りたいから泊まると数日前に言っていたじゃないですか!?」
数日前にギルバートが劇の台本を側に置き、お茶してる時に話した事を思い出しながら、私は説明した。
ちなみに私は別に怒ってるわけではなく、扉向こうにいるギルバートに聞こえるように声を張っているだけである。
「え!? 今日だったのか!?」
「そうですよ!」
「す、すまない。入浴中だと知らなかった! わざとじゃない!
こちらに来ると言った時に、演劇のセリフを覚えるのに夢中で上の空で返事をしたかもしれん」
「私も直前に、今日学校で会った時にまた言えばよかったのですが、ワンドの事に夢中になっていて、言うのを忘れていました! 申し訳ありません!」
「そ、其方が謝る事はない!」
「今からリーゼと布を巻いて出ますので、そちらは腰に布でも巻いて少し待ってて、入れ替わりで入って下さい!」
何かガタンゴトンと騒がしい音がしてから返事が返ってきた。
「もういいのか!? 十分温まったのか!?」
「はい! もう大丈夫です!」
まさかこの身にお風呂でばったりっていう、ラッキースケベなラブコメ事件が起こるとは!
良いけどね!
でもよく考えたら体が入れ替わった時もある意味アレだった……。
今更だけど、今回は湯気もあったし、あんまり見えてないからセーフ!
私とリーゼは湯から出て、インベントリからタオル代わりの布を出し、それを体に巻いて、脱衣所に戻った。
リナルドも平然と一緒に出て来た。
「失礼しまーす。ギルバート、じゃあ、ごゆっくり……」
「あ、ああ」
言われた通りに、腰に布を巻いて私達を見ないように背を向けてたギルバートは浴室に入って行ったんだど……。
お湯に入る前から耳まで真っ赤で可愛かった……。
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