第219話

 〜 (ギルバートサイド) 〜


 結局、セレスティアナの部屋に戻っても、妖精は見つからなかった。

 ガッカリだ。


 次の日になって、俺は朝起きて、セレスティアナの体のまま庭園を歩くと、花を選ぶ自分の姿を見た。


 爽やかな朝に、小鳥の囀りも聞こえる。


 セレスティアナは祭壇に飾る花を選んでいる。

 習慣なのだろう。俺の体でも同じ事をしている。


 俺もセレスティアナの華奢な体で、剣を振り回す訳にもいかないが、習慣として、早起きしてしまったのだ。


 しかもメイドが来る前なので、つい、部屋着のまま来てしまった。

 俺はそっと隠れるようにして、その場から逃げた。


 おはようくらい言えば良かっただろうけど、責任を取ると言う言い方で求婚されたのが、辛かった。


 好きだとか、愛では無い言葉でのプロポーズが、胸を貫いた。


 自分と同じだけの気持ちが返って来なくとも、少しくらいは、それらしい言葉が欲しかったのかもしれない。

 我ながら女々しい……。



 城の裏手にまわって、鶏小屋の近くを歩いていたら鶏が俺についてくる。

 いつか見た童話のような愛らしい風景。


 中身が俺でも外見がセレスティアナだから、鶏には分からないようだ。


 ……部屋に戻ろう。

 そろそろメイドが部屋に来る。


 そういえば、メイドから渡された交換日記。

 渡されたから、つい、中身を見てしまったが、乙女ゲームの話題が多かった。


 俺の事は、別に書いて無かった。



 * *


 〜 (セレスティアナサイド) 〜


 入れ替わったままでも、仕事はある。

 仕方ないので、工房で殿下と二人、書類を交換してお互いの紙の仕事をしていた時、私は不意に思いつきを切り出した。


「そう言えば男になったらやりたい事があったんです」

「な、何を?」

「可愛い女の子を、お膝に乗せる!」


 男のロマンだと思ってる。


「……つまり?」

「この膝に乗って下さい」

「何故俺が」

「元は私の体なんだから良いじゃないですか」


「……元に戻ったら、同じ事をしてくれるのか?」


 うっ!! 


「い、良いでしょう。男のロマンを、叶えて差し上げます!」

「ほ、本当だろうな?」

「信用できないなら一筆書いても良いですよ」

「分かった、分かった! わざわざ文書にしなくてもいい」


 私はソファに移動して、殿下の体で膝をぽんと叩いてここですよ! のアピールをした。


 殿下は私の体で、すとんと、私に背を向けて、お膝に乗った。

 軽い。


「あの、横向きでお願いします」

「ち、注文が多いな!」


 私の体のままだけど、顔を赤くしてて、可愛い。

 自分で思うけど、凄く可愛い!


 結局体の向きを横にして、座って貰った。


「良く金持ちがやるやつ! 成し遂げた! リナルド、クリスタルで撮影して!」


『妖精をこんな使い方をするの、ティアくらいだよ……』

「いいから! 後で客観視もするから!」

「後から記録を見ても、見た目が俺の体なのに嬉しいのか?」


「戻ったら女の子の体なので、別に良いんですよ」

『撮れたよ〜』

「ありがとう!」

「やれやれ、其方はなんて呑気なんだ」


 だって悩んでもどうすれば元に戻るかも分からないし、いっそ楽しんだもんの勝ちでは?




 * *


 夜になって、リナルド経由でラナンにだけ入れ替わりの事情を話した。

 そして深夜にこっそりと二人でアスランに乗り、護衛としてついて貰って、私は城を抜け出した。


 いつもギルバート殿下の、夏の蒼穹の色で染め上げたような蒼の瞳には、真っ直ぐな愛情が見て取れた。

 ずっとあの瞳で、私を見つめてくれていたのだ。

 ──好きにもなるわ。


 やっぱり、責任を取るなんて言い方のプロポーズは良くなかった。

 男の人は思いの外ロマンチストなんだから。

 

 

 城から少し離れた場所の草原に、土魔法で白い箱のような小さな家を作った。

 それは小さくて、雨宿りの休憩所のような本当に小さな仮の家。



 壁は外も内も真っ白。


 月明かりだけでは足りないので、その壁に光魔法で照明を作って、照らしながら、花の絵を描いた。

 エアリアルステッキで、描いた絵を乾かした。


 雨風に曝され、壁が薄汚れる事はあっても枯れる事はない花。


 家の中の壁の色も真っ白い。

 私は、この世界では誰も読めない文字である言葉を書いた。



 家具は小さなバス停にあるような横長の椅子一つとミニテーブルと花瓶だけ。


 ミニテーブルには、殿下が以前くれた青い薔薇が一輪挿しに飾ってある。

 保存魔法をかけて取っておいたものだ。



 翌日。


 

 未だ体は入れ替わったままだ。

 手紙で真夜中の2時頃、屋上に来て欲しいと殿下を呼び出し、二人で翼猫のアスランに乗って、この小さな家に来た。


 星の綺麗な夜。

 丸い光が浮かぶ光魔法が、この小さな家を照らしている。


「白い壁に絵が描いてある……美しいが、わざわざ夜中に呼び出して、見せたかったのはこれか?」


 私の顔で殿下が首を傾げた。


「中にもまだあります。お手をどうぞ」

「仕方ないな」


 殿下の外見をした私に手を取られ、殿下は素直に小さな家の中に入ってくれた。

 家の中も、丸い魔法の照明が照らしている。


 私の隣に座った殿下は、テーブルの上の花瓶に挿した青い薔薇を見ていた。

 かつて自分が贈った物だと気が付いただろうか?



 私は今から大事な話をすると決めてた。


「他の誰にも言っていない、秘密をギルバート殿下、貴方だけにお話します」

「秘密?」


「私には前世の記憶が有ります。

創作活動の好きな女でしたが、趣味に没頭して、不摂生な生活をしていたため、20代で急に死にました」

「不摂生……」


「好きな事にのめり込みすぎて、睡眠時間とかが足りて無かったんですね」

「ちゃんと寝ろ」


「ごもっともですね。

でも、今大事なのはそこでは無く、私の前世はこの世の者ではなく、別の世界で生きていたという事」

「!?」


「こんな事を言うと、頭がおかしいとか、悪魔憑きだと思われるかもしれないと、両親にさえ言っていません。

一度邪竜の呪いで死にかけた時に、前世の記憶が蘇りました。

なので、外見は子供ですが、中身は実は殿下より年上です。

こんな私は気持ち悪いと思いませんか?」


「……確かに臨死体験をして、前世を思い出すと言う者はごく稀にいると聞く。

別に、気持ち悪くはない」


「貴方達の世界にはまだ無かった発明品や料理のレシピは、前世で得た知識から来る物です。

私が考えた物ではありません。

そのせいで両親は私を天才だと勘違いするかもしれないので、夢の中の図書館で見たものだと言って、誤魔化していました」


「あの両親にさえ秘密にしていた事を……俺に話したのか」


 殿下は凄く驚いた顔をしている。私の顔だけど。


「はい。いつか、私のテントに花を飾ってくれましたね。

可愛いくて、何より私を喜ばせようとしてくれたのが、嬉しかったです。

でも、全く同じ事をしても芸が無いと思われそうなので、

私は花の絵を描いてみました」


「それで壁に青い薔薇の絵を……」


 私は頷き、それから後ろを向いて、壁の文字を指差した。


「この壁に書いてある文字が読めますか?」

「……読めない」


「でしょうね。

これはかつての私の世界の、私の国の言葉で、あなたを愛してます。

と、書いています」


「……!!」


 それから私はインベントリから小さなダイヤのついたペアの指輪を取り出した。

 

「この指輪はフリーサイズです。

輪の部分に切れ目があり、尚且つ、曲がる金属で出来ていて、成長してもつけられます」


 私は私の体に入ったままの殿下の左手を掴んで、薬指に指輪を嵌めた。


「私と、結婚して下さい」

「……!!」


「いつお互い元の体に戻れるかは分からないし、そちらの私の体がまだ子供なので、まず、婚約からですけど」


 本当は、自分が15歳になったら婚約の話をしようと思っていたけど、彼を傷つけたまま、放っておけない。

 だから今、改めて想いを共に伝えた。


「……っ! お、俺が言うはずの言葉だし、婚約指輪は、俺が贈るはずの物なんだが!」


 殿下は私の体のまま、涙目になってしまった。


「この指輪は細めに作っていますので、同じ指に二つしてたって良いんです。

指輪の重ね着け、前世でも一時期流行っていましたよ。

もし、体が元に戻ったら、貴方からも贈ってくれるのでしょう?」


「……ああ。愛している。

其方が、どこの世界から来た者でも構わない」


 華奢な指が私の頬に触れて、唇と唇が軽く触れ合った。

 羽根のようなキスだったのに、魂が震えるような感覚だった。



「「……あれ? 体が……戻った」」


 お互いの顔を見て、魂と体が元に戻ったのが分かった。

 ふとテーブルの上の青い薔薇の側で、あの日、祭壇近くで見た光が現れた。


「この光が、もしかして私達の中身を入れ替えたいたずら妖精なの?」

「一体なんでこんな事を?」


 光は私達の問いかけに何も答える事はなく、小さな窓から音も無く出て行った。


「あ……行っちゃった」

「な、何だったんだ?」


「分からないけど、もしかしたら、愛を伝えよと、キューピッドみたいな事をする妖精だったのかもしれませんね」


「愛を……。こ、こちらからの指輪は、大至急用意する!

そして辺境伯に、其方との婚約の申し込みをする」


「はい」

「も、もう一回、キスしてもいいか? 今度は、ちゃんと元の体で」

「良いですよ」


 ずいぶんと逞しくなった腕に、まだ未成熟で細い腰を引き寄せられ、私達は、もう一度、軽く触れるようなキスをした。

 まだこちらの方は肉体年齢が13歳なので、配慮してくれてるのだろう。


 私達は小さな家から外に出た。


「そう言えば、王城の殿下の部屋に泊まった時、壁に私が昔あげたリスの刺繍のハンカチが飾ってあったのですけど」


 つくづく、可愛い事をする人だなと思った。


「で、出来が良かったから! 金運も上がると言っていたし!

と、ところで、このわざわざ作った小さな家はどうするのだ?」

  

 照れて話題をすり替えている。マジで可愛い。


「旅人が歩き疲れた時や、雨宿りに使うと良いのでは?

別に子供達の秘密基地になってもかまいません」


「俺に告白するためにわざわざ作ったのに人に使わせるのか?」

「幸せのお裾分けですよ。

もしかしたら、新たな恋の伝説とかが生まれるかもしれないでしょう?

そうなれば素敵じゃないですか」


「全く……」


 殿下はやや呆れつつも、奇跡という花言葉を持つ、青い薔薇の描かれた外壁に触れた。

 その左手の薬指には、小さな星のような輝きを放つダイヤの指輪がある。

 気がつくと、殿下はとても優しく、幸せそうな笑みを浮かべていた。


 それは暖かい春の日の夜の事だった。

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