第218話

 〜 (ギルバート殿下サイド) 〜


 目が覚めたらセレスティアナだった。

 人前でこれを言葉に出せば、一体、何を言っているんだと言われてしまいそうな状況だが、真実だ。


 鏡台に映る自分を見ても……。

 めちゃくちゃ可愛い!!


 いや、セレスティアナが可愛いとかそんな事は分かりきっている。


 何故グランジェルド王国の第三王子のギルバート、この俺が彼女の中にいるのか! 

 そこが問題だ!


 俺が彼女の体の中にいるなら、彼女の魂は一体どこへ!?

 まさか神に召されて遠くの空に行ったとか言わないだろうな!?

 足元が崩れていくような感覚に襲われた。


「お嬢様、お顔が真っ青ですよ。大丈夫ですか?

昨夜は入浴もせず、ドレスも着替えずに寝台に倒れてらしたので、こちらで体を拭いて着替えをさせていただきましたが……」


 部屋にいるのは彼女のメイドだ。 

 確かアリーシャとか言う名前だった。

 そしてここはセレスティアナの部屋に違いあるまい。


「だ、大丈夫……。ありがとう。ついでに着替えも頼む。

──と、その前に顔を洗う」


「はい」


 俺は洗面器の器からセレスティアナの華奢な手で、水をすくって顔を洗った。

 メイドが顔拭きを渡してくれる。


「お嬢様、顔色がよろしくないので、やはり後でお医者様をお呼びしますか?」

「医者はいらない。ちょっと疲れていただけだ」


 とりあえず、変なことを言って発狂したとか、悪魔に憑かれたとか思われてもいけない。

 状況を把握せねば……。


「そうですか。では、本日のドレスはこちらでよろしいですか?」


 メイドはタンポポみたいに暖かな黄色のドレスを用意していた。


「何でもいい、目を閉じているから着替えさせてくれ」

「お嬢様。口調がまた男性のようですが、また何かのごっこ遊びなのですか?」

「え、あ、そ、そう。王子様ごっこなのだ」

「あらあら、王子様なら仕方ないですね」


 メイドは苦笑しつつも何故かデタラメな言い訳に納得してくれた。

 普段どんなごっこ遊びをしているのか、彼女は。


「セレス……いや、ギルバート殿下はどこにいるか知っているか?」

「まだ王城から戻られていないようです」

「辺境伯……いや、両親は?」

「昨夜遅くにお戻りになりました」


「変わった様子は無かっただろうか?」

「特に何も。今のお嬢様の方がおかしいくらいです」


 う!!


「そ、そうね、ごめん」


 やはり言葉使いは修正すべきだな。もっと女性的に。

 とりあえず雑談のふりして多少情報を集めてみたが、俺の体はライリーに戻っていない。

 せっかく部屋も貰っているのに。

 何故だ。何かあったのか?


「すぐに朝食ですから、食堂へ向かって下さいませ」

「ああ……。じゃなかった、ええ」


 食堂にはいつもかっこいい辺境伯と、いつも美しい辺境伯夫人がいた。


「おはようティア」

「おはよう」


「お、おはようございます……」


 俺はぎこちなく彼女の両親に挨拶を返した。


「ティア、少し顔色が悪いようだけど、また遅くまで何かを作ったり仕事をしていたの? 

ちゃんと休みなさいね」


 夫人に心配された。


「私は大丈夫です。

あの……ギルバート殿下は昨夜はどうして戻らなかったのかご存知ですか?」


「兄君の結婚式だ。王城の家族の側にいたいだけではないのか?」

「そ、そうでしょうか……体調が悪いとかは?」

「昨日私が見た時は、元気にいろんな令嬢とダンスを踊っていたけれど?」

「はは、たいぶモテていたようだし、もしかして踊り疲れたのかもしれないな」


 俺の体で令嬢とダンスをしていたのは、もしやセレスティアナなのか?

 体が入れ替わっているのか?

 俺には他の令嬢と踊りまくった記憶はないから。

 とにかく俺の体にいるのがセレスティアナなら、早く帰って来てくれ!


「あ、そういえば、リナルドは!?」


 こういう時に頼りになりそうな妖精はどこへ行った!?


「あら、部屋にいなかった?」

「いませんでした」

「貴女、リナルドはたまにふらっといなくなると言っていたし、今は妖精界なのかしらね」


 くそ! 肝心な時に不在とは!


「ティア。後で頼まれていたパーティーの様子を見せようか?

ちゃんとクリスタルで記憶して来たぞ」


「い、今! 今、見たいです!」

「食事の途中だが、仕方ないな」


 辺境伯は苦笑しつつも執事に申しつけて、丸いクリスタルを台座に嵌め込み、スクリーンの用意をしてくれた。


 確かに華やかな笑顔で令嬢達とダンスをしている俺の姿がある。

 笑ってる場合か!?


 しかし、あれが俺とは……。

 何か必要以上にキラキラして見える。


 後方に何やら少し首を傾げて、違和感を感じているようなエイデンの姿まで写っている。


 ──ううむ。

 やはり俺では無い別人が中に入っている。

 セレスティアナなのか!?



 * *


 朝食後。


「お嬢様、転移陣に反応があったようです。殿下がお戻りにな……」


 !!


 ダッ!!


 皆まで言う前に俺は、庭園にある転移陣までドレスを掴んで走り出した。


「お嬢様! そんなに走っては転びますよ!」


 メイドが叫んでいるが、今はそんな事をかまってられない!


「はあ、はあっ」


 この体はちょっと走っただけで、すぐに息切れするな。


「あ、おはようございます」


 目の前には転移陣から出てきた「俺」がいる。

 何も無かったみたいに笑う自分の顔がなんだか憎らしく感じる。


「セ……、いや、その、殿下? お話があります!」

「は、はい」


 俺の皮を被った者は、俺の鬼気迫るオーラに若干気圧されたような顔をした。




 〜 (セレスティアナサイド) 〜


 二人で話をするために、私がアクセなどを作る時に使う部屋、アトリエへ移動した。


 やっばい、すごく怒ってる?

 帰るの遅れちゃったから?


「その体の中に入っているのは……?」

「セレスティアナです。そちらは……」


「──はあ。ひとまず、魂は無事だったか。

こちらはギルバートだ。セレスティアナ。心配したんだぞ!

何故すぐにライリーに戻らなかった?」


「ご、ごめんなさい」


 映画、漫画、ラノベで良くある、セオリー的には普通に入れ替わりだと思った私は魂が無事かとか、そこまで心配されてると思って無くて、申し訳なかった。


「で? 普段は父親にべったりで離れたがらないのに、何故今回に限ってすぐに戻らなかった?」


「せっかく王族の体に入ったので、王族以外侵入禁止の図書館で、王族のみ閲覧出来る光魔法の本を読んでました。

持ち出し禁止だったので、図書館内で読ませていただいたんですが、読むのに結構時間がかかり、いつしか眠くなって、帰るには遅い時間になりまして」


「全く……」


 私の体に入ってる殿下にぎゅっと抱きしめられた。


「で、殿下……」

「本当に、心配したんだぞ」

「ええ〜、抱きついて来るの可愛い」

「な、自分の体だろう!」


「客観的に見ると、私、改めて可愛いなって」

「なんて呑気なんだ……」


 殿下は私の顔で呆然としてしまった。


「そう言えば、殿下、リナルドはどこに?」

「こんな時に限って不在だ」

「ラナンは?」

「休みらしいぞ」


 あら〜。とても間が悪かったようだ。


『ただいま〜』


 開いた工房の窓からリナルドが帰って来た!


「噂をすれば!」

『あ!! 変な事になってる!』


「そうなのよ! これ、どう言う事かしら!?」

「助けてくれ! どうすれば元に戻る!?」


『落ち着いて。恐らくは、妖精の悪戯だ』


「妖精のいたずら?」

「妖精とは?」


『もちろん僕以外の妖精の仕業』


「どうすれば戻るのだ?」

『分からない。何かの条件を満たすか、いたずらした妖精の気が済めば戻ると思うけど』


「ええ!? では、いつ戻るか分からないのか!?

風呂とか、着替えとか色々困るのだが! 今朝は目を閉じて全部メイドに頼んだが」


「あ、ごめんなさい!!」

「な、なんの謝罪だ?」

「えっと、せ、責任はとります」

「何の責任?」


「着替えとか、その、ちょっと体を見たり、触ってしまい」

「ああ〜〜……!」


 殿下は私の姿で、顔を両手で覆ってしまった。


「でも、全く触らず色々致すのは、無理でしたので、その!

責任取って、結婚します!」


「そんな責任とかで! 大事な事を決めるんじゃない!」

「でも、無責任より責任取る方が良くないですか!?」


「だから、辛くなるから、責任感だけでそんな事を決めないでくれ!」

「せ、責任感だけで言っている訳でも無く……」


 殿下が私の顔ではあるけど、悲壮感溢れる顔だったので、私は慌てて言い募った。


「では……、つまりどう言う事だ?」

「その、今は言うべき時では無いというか……」


 う、某名探偵みたいなまわりくどい事を言ってしまった。


「……確かに、この入れ替わった状況のままでは色々不都合だな」


 あれ? 

 でもなんだかんだ言っても、結婚するって言ったのに、嬉しくないのかな?

 ……今は俯いていて、表情が見えない。

 責任取るって言い方が悪かったかな?


 常ならば私もシチュエーションや言い方にはこだわる方だけど、今はその、緊急事態だったので……。

 いや、これは私の失態だわ。失言と言うか……。


「と、ところで、いつ戻るかも分からないけれど、私達にいたずらした妖精は私の部屋の祭壇近くにいませんでした? 

入れ替わりの寝る前に、何か光るものを見たのですけど」


「いなかった気がするが、もう一度部屋を探して来る!」

「私も!」

「今はその姿では入れないだろう! 未婚の令嬢の部屋に!」


 そ、そうでした! でも、部屋の前までくらいなら……と言う話で合意して貰った。

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