第217話

 冬が過ぎてまた春が来た。

 私の誕生日も数日前に終わって13歳になった。


 死にかけていたヒヨコも元気になり、無事に育って鶏になった。

 



 そして本日は、王太子殿下の結婚式当日である。

 両親もお祝いに行ったし、殿下も身内である兄の結婚式なので当然行った。

 おめでたい日なので王立学院も5日間は休みになった。


 お母様は藤色のドレスにイヤリング、踵に本物の藤の花を樹脂で固めたミュールを履いた装いで参加している。


 どうかなー? 会場での評価は……。

 気になる所だけど、私の方はまだデビュタントもまだの未成年なのでお留守番。


 でも蒸留器の依頼もあるから暇じゃない。

 城内にも工房を構えている天才錬金術師のヤネスさんに早速相談。


「そういうわけで、蒸留酒を作る為に、この図のような蒸留器を作って欲しい訳です」


 図を見せて制作を依頼をした。


「なるほど、原理は分かりました。

しかし、セレスティアナ嬢はお酒を自分で飲めないのに何故作るんですか?」


「自分ではまだ飲めませんが、お世話になってるドワーフの為と、化粧水などにも使うからです。

品質保持とか、様々な成分を溶かす作用、皮脂に残る汚れを浮かして取るとか色々あるので」


「へえ。そういう作用があるのですか」

「他にも、私はまだ無理でも両親や騎士達も飲めますし、交易品にもなりますしね」


「なるほど。では私が後日、準備がある程度出来たら直接ドワーフの工房に行って来て、協力を仰ぎます。

美味い酒の為なら必ず了承するでしょう」


「よろしくお願いします。

物が出来たら大型の物でも私のインベントリに入りますから、呼んで下さい」


「わざわざ令嬢を物運びに呼ぶのも何ですね」

「出来上がった物をすぐ見れるのは嬉しいので、気にしないでください。

今は倉庫として使っている場所ですが、葡萄酒工場の近くに蒸留酒用の第二工場を用意しておきますので、

蒸留器はそちらに」


「承知しました」

「そう言えばヤネスさんは王太子殿下の結婚パーティーに行かないのですか?」

「パーティーの夜の部には少しだけ顔を出す予定ですよ」

「なるほど、夜のパーティーですか」


 * *

 

 お昼には食堂で弟と並んで座った。

 今日は両親が不在なので、弟が寂しくないように。

 もうすぐ料理が運ばれて来る。


「ねーさま、おひるはなにをたべるの?」

「料理長が腕を振るったオムライスと甘エビの唐揚げよ」

「やったー! ふわふわのオムライス!」

「ふふ、良かったわね。ウィル」


 *


 昼食後、自分の部屋に戻ったら、祭壇付近の苔の側が光っていた。

 点滅するように光るその光を見ていたら、何故か猛烈に眠くなった。

 私はフラフラと天蓋付きベッドに倒れ込むようにして、そのまま眠ってしまった。




 ──そう、自室で眠っていたのに、コレは、どう言う事?

 私が絢爛豪華な王太子殿下の結婚パーティーの現場にいる!


 しかも、私が、私の体じゃない!

 鏡が無くとも手を見れば分かる。この小麦色の肌の色は、ギルバート殿下の……!


 え? ゆ、夢? 夢を見ているの?

 ずいぶんと生々しい。

 目の前のテーブル上にある、瑞々しい柑橘系のフルーツの香りまでするけど。

 

 鏡! 鏡で顔が見たい。

 肌色で誰か分かるけど、最終確認……。


 は! インベントリ! 自分のは使えるのかな? 肉体が変わっているけど。

 でも夢ならば……イケるのでは?

 ちょっと人目を避けてバルコニーに移動して試してみよう。


 私はバルコニーでインベントリを思い浮かべ、鏡を取り出した。

 あれ……普通に使える! 自分の鏡が出せた。

 やっぱりこの顔は、ギルバート殿下だ!


 そしてコレはやはり、現実では? 

 頬に当たる春の風を感じるし……。


「にしても……かっこいいな」

「殿下? どうなさったのですか? 

確かにかっこいいですけど、自分で自分の事をそんな風に言うなんて、珍しいですね」


 わ! エイデンさんだ! いつに間にか背後に!


 しまった、どうしよう。

 こんな大事なアーバイン殿下の結婚パーティーで騒ぎを起こす訳にもいかない。


 仕方ない、誤魔化そう!


 コホン。 咳払いを一つして、言い訳開始。


「いや、なんでもない。今日は私も礼服を着ていて、見栄えがするだろう?」

「ええ、確かに」

「ちょっと身だしなみを確認していただけだ。気にするな、エイデン」

「はあ……」


 ……首を傾げ、ずいぶんと訝しんでる。

 やはりエイデンさんは殿下と付き合いが長くて、すぐに違和感を感じてしまうのか。


「パーティー会場に戻る」


 人混みに紛れた方がマシかもしれない。



「それにしても辺境伯夫人のイヤリング、本当に素敵ですわね。

立体的で本物の藤の花のような形もさる事ながら、透明感もあって、キラキラして、見惚れてしまいます。

一体どちらの細工師の作品なのでしょうか?」


「え、ああ、これは娘からの贈り物で、詳しくは私も存じませんの……」


 あ、私のお母様が私が作ったアクセサリーだと言う訳にもいかず、困って言葉を濁している。


 それにしても、シルヴィアお母様はやはり、美しい。

 美しい貴婦人達に囲まれていても、一際美しい!

 紫のドレスも最高に似合っている!

 

 未だ美貌が衰えないマジ女神……。


「まあ、ギルバート殿下! 確かライリーの令嬢とは大変仲がよろしいとか? 

殿下なら令嬢のお気に入りの細工師の事などご存知では?」


 おっと、知らない貴婦人、今度はこちらに質問して来たか。


「あ、ああ。それは……妖精の仕事だな。魔力を対価とする為に量産は難しいらしい」


「よ、妖精ですか? 精霊ではなく?」


 もちろん口から出まかせである。

 専業アクセサリー職人でもないし、あんまり沢山の注文受けるのは無理だから、それらしい理由がいる。


「ああ、何故かライリーには妖精がいるのだ。

まあこの世には精霊が存在するのだから、妖精がいても珍しくはあるまい」


「アクセサリーを作るのに魔力を必要とするのが妖精ともなれば、おいそれと頼める存在ではありませんわね。何しろ人ではないもの」


 貴婦人は残念そうである……。


「しかし、たまにシャッツの、ライリーの王都の出張店舗にそのような美しいアクセサリーがたまに入荷されると聞く」


「まあ! 本当ですか?」

「ああ、藤では無いが、スミレの花やバラの花のアクセサリーがあるとか。

入荷するとすぐに完売してしまうらしいが」


「それならうちの娘に頼まれて入手しましたよ。

ライリー産のスミレのイヤリング」


「まあ! 伯爵! 本当ですの!? 令嬢はここに来られておられますか?」


「はい、立体的で艶やかな花のアクセサリーは、本当に当家にあります。

しかし娘はまだデビュタント前ですから屋敷におります」


 見た目がレジンアクセサリーっぽいから、透明感と艶があるのよね。


「残念ですわ、見るだけでも見たかったのですけど」


 アクセサリーを欲する夫人が心底残念そうな顔をする。


 お母様は、いや、両親が不思議そうな顔でこっちを、私を見ている……。

 正確には殿下を見ているのか。


「今度妻がお茶会を開きますので、娘にご挨拶をさせますよ。良ければその時にでも」


「まあ、嬉しいですわ、そう言えば伯爵の奥様は──」


「あちらで子爵夫人と話をしています」

「では、夫人にご挨拶に行って来ますわ」

「はい、なんなら一緒に行きましょう」

「ありがとうございます」


 二人の貴族がこの場から離脱してくれた。


「ギルバート殿下、本日は本当に喜ばしい日ですわね。一曲踊っていただけませんか?」

「ずるいわ、殿下! 私とも踊って下さいませ」


 おっと! 気が付けば華やかな令嬢達に囲まれている!


 凄いモテてる! 嬉しい! こんな風に一度、女の子にモテてみたかったんだよね!

 まあ、今は外見がギルバート殿下だし、ある意味当然か。


「……では、一曲だけ」


 無下に断って波風立てるのも良くないからね!

 エスコートの為に私は、最初に声をかけてくれた令嬢に優雅な仕草で手を差し出した。


 令嬢の顔がぱあっと明るくなった。とても嬉しそうで可愛い。

 中身が別人で本当にすまない。


「まあ、流石に今夜はギルバート殿下も機嫌がよろしいのね。

いつもはダンスのお誘いなど、ほとんどお断りになるのに」


 殿下ぁ──っ! そんなに断っていたの!?

 そんな噂話が聞こえて、私は内心背中に冷や汗をかいた。


 

 でもお父様とお母様のダンスを、クリスタルで何度もガン見してたおかげか、男性パートでもなんとか踊れた!


「ありがとうございます、殿下」

「殿下、次は私とも踊って下さいませ」

「じゅ、順番に……」


 わらわらと令嬢が寄って来る様は花に誘われる蜜蜂のようだ。

 モテ過ぎるのも大変だ。

 それは、自分の体の時でも知っていたけど……。


 ──しかし、いつ自分の体に戻れるのかな?


 ライリーに戻ってリナルドに聞けば何か分かるかな?

 まず何が原因でこうなったのかも、不明なのだけど……。

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