第214話 聖夜のキス

 冬の訪れ。


 朝早くに庭に出ると足元に霜柱が出来ていて、踏むとサクサクとした感触が面白い。

 吐く息は白く、庭園に咲く花は既に少ない。


 強く冷たい風が吹いて髪が乱されたと思ったら、風が止んだ。

 正確には、私の周囲だけ、冷たい風から守られたようだ。

 

 ギルバート殿下が風の精霊を使ってくれたみたい。

 いつの間にか朝の鍛錬に出て来ていたのだろう。


 彼は私の乱れた髪を一房分くらい、手のひらに乗せるようにして触れたけれど、指通りの良い髪はサラリとこぼれ落ちるように流れた。


「おはよう、セレスティアナ。今朝は冷えるな」


 そう言いつつ彼は、風の結界で身を切るような冬の冷たい風から守っている。私を。

 私は今よりもっと幼い頃、城の騎士のマントを風避けに使った事を思い出した。


「おはようございます。こんな事で貴重な魔力を使わなくて大丈夫ですよ」

「じゃあ、マントの中に入れてやる」


 ふわりとマントに包まれた。

 ずいぶんと背が伸びてこんな事も出来るようになったのだなと、妙に感心した。


 私は暖かいマントに守られたまま、インベントリからハサミを取り出し、寒さの中でも健気に凛と咲く、水仙を手にして言った。


「風避け、ありがとうございました」


 私は風避けになってくれた王子様に笑顔でお礼を言って、花を祭壇に捧げる為に城へと戻った。



 * *


 月日が過ぎて、聖者の星祭り当日となった。


 まだ前日に降った雪も残っていた。


「寒いのに王都の店舗には乙女ゲーム購入の為に開店前から行列が出来てるそうです」


 伝令がそんな報告をくれた。

 お店の開店は朝10時なのに、朝7時くらいにはもう人がいたそうな。

 早朝4時5時や徹夜じゃないだけ若干マシだけど。


「勿論並んでるのはほぼ使用人でしょうが、申し訳ないわね。

念の為に用意していた整理券を渡すようにして。騎士を連れて転移陣を使って良いから」


「承知致しました」


 想像以上に口コミの威力があったのと、新しい物好きはどこにでもいるのでしょう。


 店舗の現場も見に行きたいけど、自分の城で働く人の結婚式も有るから様子を予備のクリスタルで撮影して来て貰う事にした。


 午前中の間に乙女ゲームもクリスタルもすごい勢いで完売したと報告を貰った。

 売れ残らなかったのは良かった。


 冬ごもりの間に、令嬢達には暖かい部屋でゲームを楽しんで欲しいな。


 所で完売が早くて追加搬入の希望も多数出ている。さて、どうしたものか……。

 クリスタルの実機の方が用意が大変だ。

 一応追加で錬金術師には連絡しておくけど。



 * *



 ローウェとナリオのお嫁さんの為にブーケも作った。

 嫁達も騎士二人も、とても喜んでくれて良かった。


 星祭りなので私は殿下の星空のドレスを着た。

 これに白いふわふわのケープを纏うと印象が変わる。

 これで髪には白いリボンを付ける。


「賑やかな音楽が聴こえて来たわね」

「夜の部が始まりましたね」


「お嬢様、殿下がお迎えに来られたようです」

「今、行くわ」 


 窓の外を見れば、空には降って来そうな星空が広がっていた。


 夜の使いのような黒い礼服を着たギルバート殿下にエスコートをされて、私は宴の会場へ向かった。



 冬ではあるが、会場にはインベントリ内で保管されていた美しい花が飾られている。

 空に、星、テーブルには花とご馳走とケーキ、地には白銀の雪の共演の贅沢な夜だった。



 聖夜の合同結婚式では神官の前での神聖な誓いの後に、新郎から新婦へ、唇が頬に触れると、新婦の頬が薔薇色に染まった。


 ローウェとナリオの新郎側は騎士の黒い礼服を着ていて、新婦の二人は雪のように白く美しいドレスを着ている。


 同じ新郎新婦の使用人達も白いドレスや黒い礼服を着ていた。

 皆、幸せそうだし、素晴らしく映えるので、クリスタルで記念撮影をしてからインベントリにしまった。



 その後、会場内を歩く新婦が突然ブーケを投げた。


 私はうっかりローウェのお嫁さんから投げられたブーケを受け取ってしまった。


 花嫁のブーケは結婚適齢期の他の人に譲れば良かったのに、目の前に飛んで来るんだもの。


 その時、ふいをついて、私の頬に口づけが落とされた。


 ギルバート殿下が白い天使の飾りの有る宿木の下にいる者にはキスが許されるんだと言って、いたずらっぽく笑った。


 なんか前世の地球でも似た話を聞いた事がある。

 聖夜に宿木の下でキスをしたら永遠に愛が続くとかなんとか。


 私は朱に染まる頬を押さえて言った。


「い、いつの間に、私はここに……」

『さっきギルバートに手招きされてのこのこ誘導されていたのに、気にもとめてなかったんだね』


 リナルドが近くのテーブルの上に乗って葡萄を食べながら、またあっさりとそんな事を言った。


 同じテーブルの側には小さくなったアスランとブルーを籠に入れて抱いているラナンもいた。


「新郎新婦に見惚れていたのよ……ほぼ無意識で移動したわ」

「あはは。だろうと思った」


 か、確信犯!

 まあ、頬だし、祭りだから許しますけど!

 びっくりした!


 ローウェやナリオはそんな様子の私と殿下を見て、楽しそうに笑っていた。

 両親はあらあらまあまあ。みたいな表情だった。


 私は美しい花のブーケで赤くなる顔を隠した。


「そう言えば本日ずっとライリーにおられますけど、ギルバート殿下は王都の星祭りに参加しなくて良かったのですか?」


「第一王子と第二王子と、姉上も公爵と参加しているから別に良いだろう」


「そうですか……あ、あそこに殿下の選んだ竜騎士三人が挨拶をしたそうに、こっちを見ていますよ」

「そうか、ではちょっと行って来る」



 殿下は自分の竜を得て、ようやく自分の部下の竜騎士を選んだ。

 皆、強そうでカッコいい。


 周囲を見ればローウェとナリオ達も騎士仲間や家族から祝福を受けていた。


 その後、ダンスを踊ったり、皆でご馳走を食べたり、楽師の奏でる音を楽しんだりした。


 そうそう、当然だけど両親のドレスアップ姿も素敵だった。

 二人を宿木の下に追いやって、キスをして貰った。

 人前なので頬だけど。


 周囲からは拍手が上がった。


 ヒュー! (私は心の中で口笛を吹く)


 自分の照れ隠しに周囲の人の記憶を、麗しい両親のキスシーンで上書き完了!

 多分!


 その後、本日結婚した人達も宿木の下に追いやられ、キスをする羽目になっていた。

 彼等の愛が永遠でありますように……。

 お幸せに!


 ──本当に……良い夜だわ。


 その夜に食べたデザートの、雪の様に白い生クリームのケーキは、一際甘く感じた。

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