第213話

 秋の夕暮れ。

 私は厨房で料理人達と一緒に夕食の支度をしている。


 清水で泥抜きの終わった鯉を料理していく。

 料理人達も見て覚える為に私の作業を見守っている。


 頭を殴って脳震とうを起こさせて鱗を剥ぎ、頭を落とす。

 内臓を出して……う、生温かい……浮き袋大きい。


 私のちょっと辛そうな顔を見て、思わずと言った風に料理人が声をかけてくれた。


「お、お嬢様、代わりましょうか?

指示を出していただければ、代わりに出来ますので」


「分かったわ、じゃあお願い。鯉の中も綺麗に洗ってね」

「承知致しました」


「味をつける前に熱湯に入れて」

「はい、一回、お湯も変えますか?」

「そうね、念の為。お味噌汁用には臭い消しに生姜とネギを入れて」

「はい」


「アクを取って」

「はい」

「味噌汁の方に味噌を入れて」

「はい」


 指示通りに料理人達が頑張ってくれる。


「煮込みの方は砂糖とお酒と醤油で煮込むので、とりあえず落とし蓋をして、その状態でしばらく放置」


「しばらくとはどのくらいでしょうか」

「とりあえず1時間半くらいかしら」

「承知致しました」


 * *



 そして実食の時。

 家族と殿下も食堂に揃っている。


「あら、凄く美味しいのね」

「臭みも全く無いぞ」

「泥抜きが成功したのだな」


「ウィル坊ちゃま、骨も取れましたのでこちらを……」

「……おいちい」


 弟はメイドに骨を取って貰った物を食べる。

 口の中で骨が刺さるといけないからね。

 鯉料理の味は家族の評価も殿下の評価も上々だ。


 鯉の醤油煮込み、かなり美味しい。


 ──あ、本当だ、こっちの鯉もブイ骨……Vの形の骨だわ。

 などと感心していると、お父様からお知らせがあった。


「そう言えば、ティア、シルヴィアがついに侍女を雇うぞ」


「あら、ようやくですか? 

もしかしてお母様に憧れている子爵令嬢のブランシュ嬢ですか?」


「いいえ、ライリーの騎士の妻になる子よ。

その子も騎士の娘なのだけど、それなりに剣も使えるそうなの」


 うちの騎士の妻!? いつに間にかラブロマンスが!


「では、護衛兼、侍女という事ですか?」

「基本的には侍女よ。いざとなったらそれなりに戦える方だという事で」

「良かったです」


「殿下が見つけて下さったのだが、次の春には女性騎士も一人来てくれるらしい」


「え、仕事が早いですね! ギルバート殿下。

お母様の為にありがとうございます!」


「女性騎士は貴族女性の間で引く手数多で、一人しか確保出来なかったが、なんとかなって良かった」


 お母様の護衛が増えるーと聞いてほっとした!

 その日の夕食は鯉料理を堪能した。



 * *



 オレンジ色の美しい朝焼けに目を奪われた。

 可愛いらしい小鳥の囀りも聴こえる。

 収穫祭の朝が来た。


 今回の収穫祭はちょっと特別。

 城で働く騎士や使用人の婚約式が有るからだ。

 祝福に一曲だけ歌わせて貰う。


 お祝い用に生クリームと苺のケーキも用意してある。


 婚約式では婚約が決まった騎士のローウェとナリオが素敵な剣舞を見せてくれた。


 あの二人はいつの間にか良いお嬢さんを見つけていたのだ。

 しかも、ローウェの妻になる人がお母様の侍女になるらしい!


 ローウェの婚約者がキリっとした美人系で、ナリオの婚約者が可愛い系だった。


 男性達はそれぞれお相手の女性の髪に薔薇の花を飾っていた。


 ……とても良いわね。

 思わずクリスタルで撮影までしちゃう。


「お嬢様、そろそろ出番ですよ」

「分かったわ」


 クリスタルをインベントリに入れて、私は紫色のドレスに葡萄の髪飾りを付けて、舞台に立った。


 そして祝福の歌を歌った。

 皆の喜ぶ顔を見ていたら胸が温かくなった。


 * *


 ライリーの収穫祭も盛況で無事に終わった翌日の朝。

 私は庭園で祭壇に飾る花を選んでいた。

 今朝はガーベラにしよう……。


 そう思ったところに、城内の見回りに来ていたローウェとナリオの姿を見つけたので、今更だけど相手との馴れ初めの話を聞いている。


 収穫祭で婚約式をした二人だけど、結婚式は星祭りの有る冬にするらしい。


 自分の護衛騎士を持ってから、最近は城付きの騎士である彼等との交流は減っていたのだ。


「お嬢様が見合い用の絵を描いて下さって、それを実家に送ったら、壁に飾られた肖像画を見た客人、親の方からうちの娘と結婚を考えてみないか?と、言われて、休日にそのお嬢さんに何回か会ったのですが、手土産にライリーの食べ物を持って行くと、結婚して欲しいと言われたんですよ」


「こちらもローウェと似た流れで」


「え? じゃあ結局は食べ物に釣られたという事なの?」

「最初のきっかけは肖像画ですよ。決め手が料理なんだと思います」

「ナリオやローウェはそれで良いの?」

「食の好みが合うと言うのは良い事でしょうし」


 ナリオと似た好み……ピザとか?


「彼女の親が俺と同じ騎士ですし、綺麗で凛々しくてスタイルも良いので」


 そう言えばローウェはラナンは無理と諦めたのね……賢明だけど。


「私の婚約者は愛らしい人なので」


 そうか、ナリオの相手も可愛い人なら良かった。

 食に釣られてそうなのがやや心配だけど……。


 でも結婚するのに土地の料理が美味しいって事は、前世でも高ポイントなのは同じだったなと思い直した。


「貴方達がそれで良いなら……ところでどこに住むの? お城の近く?」


「俺の婚約者はこちらで奥様付きの侍女として雇っていただけるそうですので、城の中に広めの部屋をいただきました」


「そうなの、良かったわね」


 わあ! 通勤までの移動時間なし!

 それと、いざとなったら戦える騎士の娘ってかっこ良いよね!


「私の嫁は商売人の娘なので、計算にも強いです。

辺境伯に相談したら城内の経理で雇っていただけるそうですから、こちらも城住まいです」


 やったー! 数字に強い女性良いじゃない! 素敵!

 私は二人に白とピンクのガーベラをそれぞれ2輪ずつ贈った。


「二人とも、改めておめでとう」

「「ありがとうございます」」


「ヴォルニーやレザークやヘルムート殿も大変モテてはいるみたいですが、理想が高すぎるのか、なかなか相手を決めませんね」


「そうなんだ。どこかで劇的な出会いでもすれば恋に落ちるかもね」

「ヘルムート殿は亡くなった奥様が忘れられないから再婚をしない可能性はありますけど」

「ああ、ヘルムートは結婚経験は有るのね」


 眼帯の渋い騎士、ヘルムートのプライベートの詳しい事は知らなかった。

 真面目に実直にお城を守ってくれているのは知っているけど。


「そう言えば、収穫祭の婚約式で振る舞っていただいた生クリームと苺のケーキも最高でした」


 ナリオがふと、思い出したように言った。


「あれは本当に見た目が華やかで綺麗で女性陣も感激していました」


 ローウェもナリオもニコニコしながら話してる。

 幸せそうだ。


「あ、先日の鯉料理も美味しかったですし、

おやつに出して下さったツナマヨレタスのクレープ!

あれもとても美味しかったです!」

 

「クレープは一人一個だったけど、本当に美味しかったです」


「クレープを焼くのに技術がいるから一人一個までだったの。

でも分かるわ、ツナマヨクレープ美味しいわよね」


 そんな雑談をしていると、殿下が現れた。


「おはよう、セレスティアナ。そろそろ朝食の時間になるぞ」

「あ、ギルバート殿下。おはようございます。今日も剣の鍛錬でしたか」


 しばらく前には芝生のゾーンから剣戟の音が聞こえていた。


 殿下は既に軽くお風呂で汗を流して来たのか、少し髪が濡れているし、良い香りがする。


「鍛錬は終わって、既に湯に入って来た所だ。秋休みは終わって今日からまた学院だぞ」


「そうですね、ちょっとのんびりし過ぎました。では、祭壇に寄ってからまた食堂で」

「ああ」


 私は綺麗なガーベラを抱えて私は祭壇の間に向かいながら考えた。

 冬の結婚式には二人の花嫁さんには、ブーケを作ってあげようかな?

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