第211話

「ティア、御守りをありがとう。でも自分の分はあるの?」


 お母様は早速御守りの指輪を嵌めてくれている。


「ひとまず私には聖下の下さったリボンも有りますし、今度作ります」

「襲われたのは自分なのに後回しにするなんて……しばらくこの指輪を自分で持っていてはどう?」


 そう言って指輪を外そうとするので私は慌てて言った。


「私にはその指輪は少し大きいですし、護衛騎士もいますので」


「ティア。私用に編んでくれたブレスレットをもう一つ出来るまで自分で持っておけば」

「お父様のはもっと大きいので、すっぽ抜けますし、自分のもすぐに作りますので」

「全く、自分を後回しにしすぎでしょう」

「ご心配無く! 今夜、寝る前には作ります!」


 私はお母様のお部屋から逃げるように出て来た。


 


 本当にすぐに自分用も完成させないと心配させてしまうな。

 そんな事を考えつつ廊下を歩いていたら、殿下の最側近のエイデンさんと殿下に会った。


「セレスティアナ様、竜の谷で殿下が川で魚をモリで突いてる映像を記録してきましたよ」


 え!? マジで!? エイデンさん、でかした!

 前世で某動画サイトでサバイバルやら、素潜り漁師の動画などを好んで見ていたので、そういうの大好き!


「エイデンさん、ありがとう! すごく見たいわ! 

すぐにスクリーンの用意をするから大きい画面で見ましょう!」


「ほら、殿下、喜んだでしょう?」

「そ、そんな事でそんなに……。えーと。竜の谷と紅葉の映像もあるぞ」

「ありがとうございます! お茶の時間にして一緒に見ましょう」


 * 


 サロンに移動して両親と殿下と側近の皆で殿下のクリスタルで撮って来た映像の鑑賞会。


 私はイケメンがモリで魚をゲットして焼いて食べる映像に大満足した。


「わあ、上手! お見事です。……魚も上手に焼けましたね」


 美味しそう……。


「魔法を使わずともこれくらいは可能だ」


 殿下はドヤ顔でそう言った。


「紅葉……綺麗ね」


 お母様も紅葉の映像に微笑みを見せてくれたが、何か儚い雰囲気でまだ心配だわ……。


 微笑より、もっと元気にさせたい……。

 よし、一か八か……。


 私はおもむろにお父様に鉛筆と紙を渡した。


「お父様、猫の絵を描いて下さいませんか?」

「……私は……、絵はあまり得意では無いのだが……」


「お父様の描いた絵が欲しいだけなので、上手い下手いはどうでもいいのですよ。

上手い絵が欲しいなら今は城に絵描きが二人もいますし」


「……そうか? ならいいが」


 そう言って、お父様が鉛筆を握って描いてくれた。


 ……! これは……っ


「……っふ、ふふふ、ふっ」

「……ふっ……く」


 いけない、笑いが……! へ、下手すぎて可愛い! 


 こんなにカッコいいお父様も絵は苦手なんだ。

 私の襲撃事件の事で浮かない感じだったお母様まで、うっかり吹き出した様子。


「や、やったな、流石は辺境伯。夫人まで笑わせる事に成功したぞ」



 殿下のフォローも流石である。

 お母様もまだ笑いを堪えて肩を震わせている。


「妻と子が楽しい気分になったなら、恥をかいた甲斐はあった」


 お父様は照れ笑いをしている。

 可愛い!! 愛おしい!


「お父様、この絵は額縁に入れて飾りますね」

「えっ!?」

「ティア、ジークのこの絵は私が貰っても良いかしら?」

「はっ!?」


 おや、お母様もそんなに気に入りましたか。


「じゃあ、お母様に譲ります」

「シルヴィア、正気か……?」

「正気ですよ。見ると微笑ましい気持ちになれます」

「まあ、其方がそれで満足なら……」


「セレスティアナには俺が猫を描いてやろう」

「え? ギルバート殿下が? ありがとうございます」

「よし……」


「……あら、普通に上手くて可愛い」

「普通って……もっと笑える絵を描くべきだったか」


 殿下は苦笑いだ。


「いいえ、そんな。

この猫ちゃん、可愛いのでこれは私の部屋に飾りますね」


 二匹の猫が並んでいて、普通に可愛い。

 ほのぼのしてる。


「今夜遅くにはアシェルも指名依頼から戻ると言っていた。

今夜はしっかり寝て、休んだ明日の昼には、私とアシェルで裏庭で肉や魚を焼いてやろう」


「お父様が!?」

「まあ……」


「ああ、冒険者時代は普通にやっていたからな」

「わあ! 嬉しいです!」


 明日のランチはお家バーベキュー!

 実は今はあまり長くはない、学院の秋休み中なのだ。

 殿下は竜騎士コースの課題で竜の谷へ行っていたけど。


「今宵の晩餐は料理長が腕を奮っていますので。殿下が竜を得たお祝いに」

「ああ、ありがとう」


 *


 その日の晩餐は城内で豪華な料理が出た。


 この城の料理人には私が教えたレシピと調味料も揃っているから、大満足の味。


 私はかつての殿下にいただいた狩りの戦利品の虹色鱗で作ったイヤーフックを耳に飾って、深まる秋のような赤いドレスを着た。


 そんな私の姿を見た殿下は「懐かしいな」と言い、照れたように笑って、私はくすぐったいような気持ちになった。


 美しい少年が眩しいくらいに美しく、凛々しい青年になっていく姿を、私も近くで見て来た。


 これからも、見守っていきたいと思う。

 殿下が私の側にいたいと望んでくれる限りは……。



 * *


 その後、本当に額縁に入れて殿下の描いた猫の絵を部屋に飾った。


 窓からは美しい光を放つ月が見えた。


 寝る前に自分用御守りを一つ作った。

 月灯りに見守られながら指輪の魔石に守護の祈りを込めた。

 左手の中指に御守りの指輪を嵌めたまま寝る事にした。


 今夜は穏やかな気分で眠れそうだった。

 そうだ、アスランを抱きしめて寝よう。

 ふわふわの猫の夢を見れるかもしれない……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る