第209話

 事件は大きくて新鮮なマグロ入手の報を聞いて、早速受け取りに他領の魚市場まで取りに行った帰りに起きた。


 解体作業まで見守ってから、意気揚々とついでに市場見学をと、移動していた時。


 突然短剣が飛んで来た。

 私の頭部を目がけて!


 護衛騎士のレイナードが驚異の反応速度で正確に叩き落としてくれて事なきを得た。

 と、思いきや、今度は立ち並ぶ建物の上部から、矢が雨のように降り注いだ!


 一瞬血の気が引いた。


「風よ!」


 護衛騎士カーティスの風魔法のスキルが発動したのか、風の精霊が降り注ぐ矢を見えない壁が全て払い落とした!


 邪悪な気配を建物の上に一瞬垣間見た、影のようなものから感じた。


「私は敵を追う! 皆は残ってお嬢様を守ってくれ!」

「待て! レイナード! 俺も行く! 女性陣! お嬢様を頼んだ!」


 男性護衛騎士のレイナードとカーティスとエナンドの三人が敵を追い、女性騎士二人が私の側での待機をうけおった。


「はい!」

「気をつけて! 深追いはしなくても良いから!」


 私は深追いしてもっと危険な者がいた時の事を心配し、そう叫んだ。




 ビ──ッ!

 程なくして謎の音が響いた。


「敵を捕らえた合図の音です。行ってみます」


 リーゼがそう言ってラナンに任せて行こうとしたけど、


「私もラナンと行きます。敵が何者で、何故私を狙ったのかを知りたい」

「分かりました。まだ警戒は解かずに移動しましょう」


 リーゼは護衛一人だけで残して行くより、同行の方がマシと思い直したようだ。



 黒いローブを纏った男が大地に縫い付けられていた。

 肩と太腿と腹に剣が3本突き立ててある。逃亡防止か……。


 男の目は禍々しく白目の部分が赤い。ただの充血とも違う。

 まるで魔族になってしまっているような……。

 刺されている箇所から流血してるけど、まだ息はある。


「行方不明だったルーエ侯爵のようです。魔族と契約した証が目と腹にあります。

まだ生きていますので、それ以上近寄らないで下さい」


「目は赤く、腹には贄の儀式を行った者の証が刻まれています」

「贄の儀式?」


「妻や子などを生贄に魔族を召喚して力を得ると、この証が刻まれるそうです」


 指差す先を見れば、確かに侯爵の腹に赤黒い髑髏の紋章のような印が確かにある。

 禍々しい……。


「それじゃもしかしてルーエ侯爵の奥方は……」


 私が疑問を口にすると、まだ騎士の仕事が残っていたようだ。


「かもしれませんが、とりあえず記録します」


 あれ……?

 ミニ短冊型のクリスタルを首からかけていた護衛騎士のレイナードが記録の宝珠と同じ使い方をしている。


「そんな小型で……長方形のクリスタルがあったのね?」

「最近手にいれました。記録可能容量は多くは無いのですが、これで証拠を」


 ゴオッ!


 突然ルーエの体から黒炎が吹き上がってその体を燃やし尽くした!

 残ったのはルーエ侯爵の体に突き立てていた騎士の剣が三本のみ。

 骨すら残っていない。


「え!? 自害して証拠隠滅!?」

「自害とも限りませんが、とりあえず侯爵の顔と贄の邪紋は既に記録してあります」


『遠隔で魔族がルーエ侯爵にトドメ刺したんだろう』


 リナルドが私のポーチから顔を出してそう言った。


「所で……レイナードはよく贄の邪紋なんて知っていたわね」


 私は素朴な疑問を口にした。


「お嬢様の護衛騎士に任命されて以降、休みの日には魔王復活を目論む輩が目を付けそうな邪術の類を調べておりました」


 休みの日にまでそんな仕事を!?


「……え、あ、待って。私が……狙われるのを予想していたって事?」


「そうです。

魔王の復活を目論む者達の活動が活発になっていて、それらが狙うとしたら、その復活の邪魔、脅威となりうる存在、力ある者でしょうから。

大地の浄化を行えるお嬢様や、邪竜を倒せる辺境伯。

そして浄化能力者を産んだ事の有る夫人、そのいずれも」


「お母様まで! 女性護衛騎士を増やさなきゃ!

いい感じの人が見つからない場合は当面の間リーゼやラナンが交代でついてくれる?」


「「分かりました」」


 リーゼとラナンは揃って頷いた。


「とりあえず、こちらの領主家と辺境伯に報告し、王家にも報告書や記録を提出しないといけませんし、安全の為にもライリーの城へ戻りましょう」


「分かったわ、レイナード」


 流石に私もこの状況でまだ市場見学にこだわる事はしない。

 なんだかあまり現実感が無いけれど、確かに私が魔王の部下だったと仮定して、その復活を願う立場なら私のような能力者を狙うわね。


 帰路について移動の途中も騎士達と少し話をした。


「……狙われる可能性をあえて今まで言わなかったのは、心配しすぎて心を病んだり、怯え暮らすような事になって欲しくは無かったからです。

引きこもって命を繋ぐだけの人生は息をしていても生きているとも言えない気がするからです。

我々が御守り致しますので、なるべくお一人にはならないようにして下さい」


「ええ、お嬢様は明るい光の下で笑っているのが一番似合いますから」


 護衛騎士の皆から、私を心配する気持ちと、慈しみの心を感じた。


「……ええ。ありがとう」


 どの道、貴族の世界も毒殺されたり、馬車事故を装って暗殺されたり、そんな事がよくある世界よね……。


 人間はいつ死ぬか分からない上に、貴族である以上どこかで何かを狙われる。

 なんらかの利益か領地か命か……。


 何とか自衛の力を強化するか、狙われる度に応戦するか、狙って来る敵を根絶やしにするか……。

 とはいえ、まず魔王の信者なんてどうせ普段は隠れてて普通に探しにくいでしょうし、先制攻撃も難しいし……。


 こっちが怯え、引きこもって生活してもな……。


 積みゲーや面白い本がいっぱいある状況なら当分城に引きこもっててもいいけど、自分で萌えを供給しないと世間に増えそうに無いのよね……。


 狙われる恐怖を萌えで払拭しようとしてるのか私……?


 差し当たって出来る事は、御守りを自分で自分に作るとかかな?

 とりあえず黒炎に包まれた護衛騎士の剣を浄化したい……。


 * *


 転移陣の有る場所からライリーに戻って、騎士がお父様に報告をしてる間に私は侯爵を地面に縫いとめて黒炎に包まれた騎士の剣を祭壇の間に持って行って聖水をかけて、浄化の祈りを捧げた。


 黒炎に包まれた剣を、何となく、そのまま使わせたくなかったのだ。



 そんな事をしていると、血相を変えた両親が祭壇の間に走って来たと思ったら、ガバッと抱きしめられた。


「無事で良かった!」

「もう、ティアったら帰ったのにどうしてすぐに顔を見せに来ないの!?」

「すみません、お父様、お母様。すぐに剣の浄化作業をしたくて」


 私の騎士の剣が呪いのアイテムに変化したら嫌だったので。


「黒炎が気になったのか」

「はい」

「リナルドはこの剣から何か感じるか?」


 祭壇の側にいたリナルドにお父様が問う。


『もう浄化済みだから、今は邪悪な気は何も』


「今はってことはやっぱり何か障りがあったの?」


『魔族の炎だったから多少は……。

でもそもそもその剣は邪悪な気に対する抵抗力は強い方だよ。

ティアが自ら手にして自分の騎士に渡した剣だし』


「そうなんだ」


『時間が経てばティアの側にいるだけで、自浄作用が働いたと思う』


 え!? そんなギミックあったとか知らなかった……。

 びっくりだわ。


「そういえばレイナードはあの小型長方形のクリスタルはどこで入手したの?」

「先日呼ばれたダイレル領の収穫祭のパーティーにも来ていた、サフィニア嬢のツテです」

「そう。優秀な錬金術師の知り合いのいる令嬢なのね」

「そのようです」


 そういう人脈は大事にした方が良いわね。


 私と違って記録のクリスタルを萌えの瞬間記録ではなく証拠確保、任務に使っているようだし。

 もしや本来の使用用途ってそういうのを想定して作られたのだろうか?


 ……でも、大事な思い出を残す為に使う人がいても良いでしょう。

 多分。

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