第208話

「お嬢様、休憩室におられたとラナンから聞きました。

休憩室に行かれる時は必ず声をかけて下さい」


 護衛騎士の一人がライリーの城に着いてから、廊下で私に声をかけて来た。


「皆、とてもモテていて、あれも社交の一部でしょうし、邪魔しちゃ悪いかと」

「護衛が一番大事な仕事ですので、次は必ず声をかけて下さい」


「でも私の入った休憩室は女性専用で基本的には安全なはずなのよ。

マークが付いていたの」


「酒に酔って間違えたふりして入る男性や、中の女性に呼ばれたとか言って入るやからも、たまにいるのです」


 確かにあやつら、中まで私を探しに来ていたな。

 でも何も無かったふりをしておこう。


 護衛に声をかけずに勝手に休憩室に行ったのは私だ。

 いざとなったら魔法があるしって軽率だったかも。


「分かったわ。次は誰か伴うから」

「はい。遠慮せずに声をかけて下さい」


 肝心なところで遠慮する気質が出てしまっていたようだ。


 例えば友達の家に呼ばれて、出された食事がすき焼きだった時、お肉を選んで食えないみたいな。

 お肉の代わりに豆腐を食べていた……。


 *


 お風呂の後で着替えを終えて、お母様のいるサロンへ向かった。


「他領の収穫祭はどうだったかしら?」

「交易の交渉も出来たし、良かったです」

「何も問題はなかった?」


「殿下がいないと凄く男性から声をかけられるので踊り疲れました」


「そう、大変だったわね。

ティアは普段から大人びていて、言い忘れていたけど、休憩室に行く時はお友達や護衛と一緒に行くのよ。

ごくたまに変な人がいるし、貴女は可愛いから」


 極レアの変な人……に会ってしまったのか。


「分かりました」


 私は何も危険な事など無かったという風に笑顔で言った。


 危ない。

 何の為に護衛騎士をつけたと思ってるのかと、お叱りを受けるはめになる所だった。


 そう言えば前世でもトイレに女の子達がつるんで行くのは、元はと言えば、校庭にあるトイレに小さな女の子が一人で入っていたら、外部から入って来た男に襲われた過去があったから……みたいな都市伝説か実話か分からない物があった。


 小さな女の子はドアを完全に閉めるのが怖くて、開けたまましてて簡単に変質者に見つかった。

 それから大人達は子供の為の安全への配慮でトイレは友達と一緒に行けという昔からの風習になっていたと推測される。


 その嘘か実話か分からない事件を知る人は多くは無いだろうけど……。

 私だって動画サイトで怖いニュースまとめみたいなのを見るまで知らなかった。

 トイレくらい一人で行けるのに何でつるんで行くのかなって学生時代は思ってた。


 何かしらそれらしい理由はあったろうに寂しいからとかそんな風に思い込んでいた。

 時間が経つにつれ、校内の安全の為に関係者以外は学校とかには入れなくはなってたとは思うけど。




 〜 (一方その頃のギルバートサイド) 〜



「もうすぐ竜の谷です。皆様! 到着前に体調を整えます。

水場の近くで野営しましょう」


 先輩竜騎士の声が響いた。

 我々も高度を落として紅葉する山に着地する。


「川だ。魚影も見えるな」


 俺は亜空間収納の魔法陣付きの布からモリを取り出した。


「殿下、魚を狩るのでしたら、クリスタルを預かります」


「ん、そうだな。壊すといけない」


 俺は側近のエイデンに言われて首にかけていたクリスタルを外して預けた。


 モリを落ち込んで魚を数匹仕留めた。


「あ! エビが取れた。……素手で」

「セス。でかした」

「カニがいました」

「チャールズ、それも食えるだろうから取っておけ」

 

 同行している側近達と川でわいわいと食材を現地調達していると、エイデンは記録の宝珠を握り込んでいた。


「エイデンは何をしているんだ?」

「川で食材を取る様子を撮っておけばセレスティアナ嬢が喜ぶかと」


「令嬢がそんな物を喜ぶか?」

「普通の令嬢は喜ばないかもしれませんが、セレスティアナ様は普通と違いますので」


 ずいぶんな言われような気がするが、否定出来ない。


「……まあ、いいか。これらはだいたい揚げれば食べられるだろう」


 亜空間収納から鍋や油などを取り出し、即席カマドで料理をする。

 油で揚げるだけだが。

 使い終わった油も亜空間収納で持ち帰れる。


 火おこしは魔法が使えるので一瞬だ。


「リアン、塩はここだ」


 俺は塩を渡した。


「殿下、ありがとうございます。串に刺した魚は尻尾の方から塩をかけて……と」


 じわじわと魚を焼いていく。

 香ばしい良い匂いがして来た。


 蟹とエビは油で揚げた。



「あ、塩味だけでも美味しい。食べても大丈夫なようです」


 誰よりも先に毒見をするエイデンがそう感想を口にした。


「じゃあ私も食べてみよう」

「この蟹、殻ごと食える。……小さいやつの方が美味しいような気がする」


「うむ。なかなかいける。

セレスティアナが持たせてくれたおにぎりもあるぞ」


 俺はトレイ上に皿ごとおにぎりを出した。

 赤と黄色に染まった木々の中で我々は食事休憩をとった。


「おにぎり美味しい……」


 皆、美味しそうにおにぎりを食べている。

 シンプルな塩味だが優しい味で美味しい。


「紅葉を見ながらの食事もいいものですね」

「ああ、セレスティアナがいたら喜んだだろうな」

「せめて撮影だけでもしておきます」


 そう言ってエイデンはまた宝珠を握った。


「食べ終わったので薪の補充をして来ます」

「ああ、気をつけろよ、ブライアン」

「はい」


 後は食事の後にテントの準備だな。

 山での夜活動は推奨されないからこの近くで寝る事にする。

 他の竜騎士コースの者達も干し肉を食べたり川で捕った魚を串に刺して食べたりしている。


 俺は昔、本で読んだ勇者の物語にこういう風景があったなと、ぼんやりと思ったりした。


「明日はいよいよ竜と対面ですね」

「ああ」


 エイデンの言葉に実感が伴って来る。

 ワクワクして来た。

 待ってろよ、セレスティアナ。きっと立派な竜を得て帰るからな。

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