第207話

 田んぼで捕まえた鯉はしばらく綺麗な水の中で泥抜きしておく。


 領民にも、よほどきちんと管理された清水で育てられた状況でないと、刺身は寄生虫の危険が有ると伝えてあるし、やっぱり皆も火を使う料理で食べるみたい。


 と、その間に、殿下は竜の谷へ行く。


「竜の谷、どんな所か興味がありますので、風景を撮影して来て下さいね」

「分かった」

「本当は自分で行きたいのですけど」

「危険だからダメだ」


「ですよね──。そう言われると思いました。

正直アスランがいなければどうにか頑張って行きたいと粘ったでしょうが……ギルバート殿下も気をつけて行って来て下さい」


「あ、危なかった……やっぱり谷に行きたかったのか」


 えへへ。



 * * 



 〜( ギルバートサイド )〜


 ギルバートは風を切って森の上空を借り物のワイバーンで竜の谷を目指して飛んでいた。

 同じワイバーンに側近のエイデンが同乗している。


「……はあ、心配だな」

「殿下、谷でちゃんと竜を得られるか心配なのですか?」


「いや、竜の谷行きのスケジュールと他領の収穫祭の招待が被ってしまったから、俺のいぬ間に祭りに乗じてセレスティアナを口説こうとする令息がいるのではと」


「それはあり得る話ですが、セレスティアナ様はライリーから出ずにお嫁に行かないつもりのようですし、理想がジーク様ですから、そんじょそこらの令息には靡かないでしょう」


「なるべく早く自分の竜を得て帰るしかない」


 ギルバートは空飛ぶワイバーンの速度を上げた。

 周囲にもワイバーンは複数飛んでいる。


 自分の竜を得る為に、竜騎士コースの者達と先輩竜騎士が付き添いで谷へ向かっていた。



 * *


「セレスティアナ嬢。ようこそ、我が領の収穫祭へ」

「お招きありがとうございます」


 しばらく学院の社交を頑張っていたので、他領から収穫祭のお誘いがあった。

 他所のお祭りにも興味があるので参加してみる事にしたのだ。


 転移陣で護衛騎士達と一緒に他領に着いたら早速領主自らが出迎えてくれた。


 祭り会場はめちゃ広い貴族の庭園と館のパーティーホール。

 館に入れるのは貴族と特別な許可のある者だけで、平民は祭りの為に特別に解放された庭園内のみだ。


 昼の収穫祭は令嬢達と問題なく楽しく過ごしたし、いくつか交易の交渉も出来た。


 祭りはいつもと違う賑やかな変化に皆が喜び、日常に彩りを添える。

 平民も昼から飲んだり食べたりと、楽しんでいる。


 他所の令嬢は串焼き屋があっても食べ無いようだったので、私も我慢。

 上品な料理のみであったが、お祭りの雰囲気は味わえた。


 セクシーで綺麗な踊り子さんの踊りも見れたし。



 祭りも夜の部になって、ギルバート殿下の協力で作った星のドレスを着た。


 せっかくだから他所のパーティーでもお披露目よ。

 美しい星のドレスは、沢山の賛辞を貰った。


 秋のパーティー会場は赤や紫や黄色などの秋色コーデの方が多かったので、私は一際目立ってしまった。


 正直他の令息に口説かれ無いよう、盾の代わりになるかなって思ったけど、殿下のいぬ間に、めちゃくちゃ口説かれる。


 盾にはならなかったよ……。

 やはり本人が隣にいないとダメなのか。

 殿下は今頃は山中で野営中だろうか……。


「あまりの美しさと可憐さに、夜の女神も嫉妬してしまいそうだ。

どうか攫われてしまわないよう、私に貴女の手を取る栄誉を与えて下さい」

 

 おっと、ぼーっと考え事してると、またどこぞの令息が目の前に。


「一曲踊っていただけませんか?」

「は、はい……」

 

 ファーストダンスはなるべく断るなとかいうマナーを考えたの誰よ……。

 断れないまま踊るハメになった。

 

 


「素晴らしいダンスでした。 次は私とも踊って下さい」


 次々とダンスの誘いがある。

 疲れる。


 踊ってる最中にも、殿下が遠出で今がチャンスとばかりに話しかけてくる令息達がいる。


 ライリーの騎士達は私が未だに婚約者をはっきり決めていないので、私にダンスの相手を願い出ている令息達の邪魔を、騎士達は立場的に迂闊に出来ない。

 貴族の令嬢の結婚は大事なので。


 大事な交易相手でも有るかもしれないとか、そういう理由も有る。



「ライリーにはよほど優秀な錬金術師がおられるのですね。

次々と目新しい商品が出て……あの馬車は素晴らしいです。

旅の苦痛が和らぎます。

良ければ我が領のパーティーやお茶会にもいらして下さい。

色んな話をゆっくりお話したいので」


「機会があれば……」


 (本当に行くとはかぎらない……)


 また別の男性にダンスを申し込まれ、踊ってる最中に、とんでもない要求が飛び出してくる。


「こんなに美しく愛らしい人は他に見た事がありません。

どうか私と婚約していただけませんか?」


「む、無理です。

私はライリーから出ませんので、嫁ぐ予定は無いのです」


 ストレートに来すぎ! 

 段階を踏んで無いし、大ジャンプし過ぎでしょう。

 無理!


 とりあえずダンスで踊り疲れたと断って、私は休憩室に逃げようとした。

 昼の間にいつくか交易のお話は他領の人と出来たし、もう休んでいいでしょう……と、


 しかしその休憩室に向かう廊下で、全く興味の無い男に両手で壁ドンまでされた!


 ぎゃあああ!

 美男美女の私の護衛騎士がパーティーで令息や令嬢でつかまってる間に!


「逃げないで下さい。 愛らしい人」


 鳥肌が立つ。さてはお酒に酔ってるでしょう!?

 年齢も身長も私よりだいぶ上の人だ。

 20代半ばくらい?


 私はシュッとしゃがんで両腕の隙間から抜け出し、ダッシュで逃走!


 あ──っ!

 踵の高い靴で走るの辛い! 足首ひねりそう! 踵折れそう! 

 そうだ! 魔法使おう!


 相手が酔って無ければ即追いかけて来ただろう。

 今のうち!


 私は走りながら足と靴に強化魔法をかけた。

 これで踵も折れないはず!



 休憩室を見つけたので、私はそこにコソコソと逃げ込んだ。


 靴を脱いでソファでひと休みしていたら、廊下を歩く靴音が聞こえる。

 人が来る気配がして、私は慌ててソファと壁の隙間に隠れた。

 狭いが仕方ない。


 また私を口説きに来たどこぞの令息だったら厄介だもの。


 扉を開けて誰かが休憩室に入って来た。


「ライリーの生ける宝石はいたか?」

「いない。ダンスに疲れて休憩室に行くと言っていた気がするのだが」


 ふ、二人かがりで私を探しているの?


「違う休憩室かもしれないな」

「隣は使用中……お楽しみ中だったぞ。色っぽい声が聞こえていた」


 え? 休憩室って男女でエッチな事をするんですか!?

 化粧直しとかしたり、茶を飲んで一服する所だと思ってた。

 隠れてて良かった。


「正直ライリーの発明品を作り出す謎の錬金術師や技術とか商品とかより、令嬢本人がとても可愛いらしいから是が非でも我が物にしたい」


 私は物じゃないぞ。

 聞き耳を立てる私は脳内でツッコミを入れている。


「年が離れ過ぎなのではないか」

「貴族間の結婚ではよくある事だ」

「私は一晩だけでも良いなあ。記念に」


 貴族の令嬢相手にワンナイトは無理でしょ!

 しかも私はまだ成人前の子供ですよ! ロリコンか!?


「なんか無性にムラムラして来た。

仕方ないから祭りの賑やかしに来ていた色っぽい踊り子でも呼びつけるか?」


「その行為は目立ち過ぎるだろう。

素直に自分で娼館に行くか、寝室に女を呼んだ方がいい」


「会場で別の女を引っ掛けるとか」

「後腐れなく遊べる貴族の女なんて寡婦くらいでは?」



 もはや、やれるならなんでもいいのか……。

 しばらく息を殺して静かにしてたら男達は休憩室から去って行った。

 セーフ!!




 「我が君!」


 廊下側からラナンの声が聞こえたので私はそっと休憩室から出た。


「ここよ」

「申し訳ありません、抜け出すのに時間がかかりました。大丈夫でしたか?」

「ええ、大丈夫よ。でも疲れたので他の護衛騎士を連れて帰りましょう」


「はい。けれど交易のお話はもうよろしいのですか?」

「交渉は済んだわ。

サツマイモ……いえ、紫芋とマグロと絵の具は手に入るから、ひとまず大丈夫」


 会場に戻って他の護衛騎士達を連れ、とっととライリーに帰ってしまおう。

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