第206話

「何故わざわざライリーの執務室で紙の仕事をやるのかって? 

ここには書類に追われる仲間がいるからさ」


 そ、そうですか……。


 半眼になってそう語った殿下の目は疲労の色が見える。

 私とお出かけしたいが為に必死になって自由時間を捻り出しているようだ。


 オタクが原稿のシュラバを乗り越える為、共に戦う仲間の姿を見て励ましあいつつやる原稿合宿を思い出した。


 ライリーの執務室で殿下は持ち込んだ鉱山関連と壊血病関連の時に新設した治療院関連の書類仕事をしている。

 壊血病患者は情報により激減したが、治療院には壊血病以外の患者も来るので。


 王家の仕事は第一王子が王太子になり、補佐ポジの第二王子や王太子の文官や最側近が頑張ってくれるようになったらしい。


 お父様や文官達もライリーの紙の仕事をそれぞれ黙々としている。

 私はお茶を運んで来て、休憩中に雑談をしているのだ。


「ところでギルバート殿下のご褒美で貰える筈の竜騎士は、いつお選びになるのですか?」


「紅葉の時期に竜の谷で自分のワイバーンを得るからそれ以降だ」

「早めに選んだ方が側近も運んで貰えるし、便利では?」

「便利ではあるが、悔しいだろう。俺はまだ自分の竜を得てないのに」

「そういうものですか……」


 効率よりプライド的な何かを優先しているのは分かった。


 それと今は稲刈りの後に鯉を捕まえるイベントもあるから今のうちに作業を頑張っているようだ。


 小豆で温かいアイマスクでも作ってあげようかな。



 後日、田んぼの鯉の掴み取り大会もある。


 まだ稲が緑の頃に泳ぐ鯉の様子を視察に行った事があるけど、のどかで良かった。


 前世で見たのは素手で捕まえてザルやタライに入れる姿。

 似たような装備で私も挑む。

 短パンの下に着る新しい水着は花柄である。



 * *


 鯉の掴み取りに行く日になった。


 秋空を翼猫で飛ぶ。

 上空から下を見ると森は徐々に秋色に変化して来ている。


 水田に行く途中で休憩と食事の為に一度地上に降りた時に、広いかぼちゃ畑を見かけた。


 複数人が畑にいて、畑にいる人がかぼちゃを一個ずつ荷台の手前にいる人に投げ、その後に荷台手前の人のかぼちゃは荷台の上にいる人に投げられ、これを見事にキャッチ。

 バケツリレーみたいに見事な連携、流れ作業の収穫風景でちょっと面白かった。



 ランチはパンケーキにジューシーな無花果をトッピングして蜂蜜をとろりと垂らしていただいた。


「無花果はヨーグルトに入れても良いですよ」


 とりあえず健康にも良いのでおすすめしてみた。


「うん。美味しいです」

「秋らしくていいですね」

「もうしばらくしたら洋梨の出番ですね」

「そっちも楽しみだ」


 *


 ランチ休憩の後に再び飛び立って水田に着いた。なかなか沢山の鯉が泳いでる。

 ワクワクして来た。


 上着を脱いで軽装になった。

 ビキニの上に軽く一枚薄手のシャツを羽織っていて、水着は短パンの下に着ている。

 無論生足を晒しているが、水に入るから気にしてられない。


 ラナンやリーゼも私と似た感じの服装。

 男性陣の方は汚れるので潔く水着になっている騎士と、シャツを腕まくり、ズボンも下を折り曲げて、頑なに露出を減らしている人やら、様々だ。


 農民は水着を持って無いので、普通の軽装。


「ギルバート殿下は水着じゃ無いのですか?」


 今年の夏にも新しいのをあげたのに。


「下に穿いてる」

「そうですか」


 しかし、シャツに腕まくりも……まあ……なかなか良いか!


「これより、鯉の掴み取りを開始しまーす!」


 私の開幕の挨拶と共に、皆、水田に入って鯉を捕まえ始めた。

 捕まえた鯉は後で食べられるから皆必死である。


「わ──っ! 捕まえた!」

「そっちに行ったぞ! 追い込め!」

「取った!」


「誰か早くこっちにも籠か桶を!」


 バシャッ!!


「うわっ! こけた!」

「何やってんだ、ほらつかまれ」

「すまん!」


「この鯉、色が綺麗だな! 食べるのもったいないくらいだ」

「俺が食うからお前は食わなくていいぞ」

「やっぱり食べる!」


 農民達もわいわい言いながら鯉を捕まえている。


 私も久しぶりに素足で柔らかい土を踏んで、感触が面白いな……などと思いつつ、鯉を数匹捕まえ、桶に入れた。


 楽しい!


 そして最後に一匹、鯉を抱えたまま私は言った。


「貴重なタンパク源です」

「何故そこで決め顔なんだ?」


 殿下はだからなんだという顔をした。

 ネタが通じる人がいれば良かった。


「えへへ、何でも無いです。どうやって食べようかな〜」

「セレスティアナ。先に清水で泥抜きするんじゃ無かったのか?」

「そうなんですけど。メニューは今から考えても…きゃっ!」


 私は桶に最後の一匹を入れようとした時に、うっかり泥に足を取られ、つんのめって泥水にダイブ!……寸前で、殿下が支えて助けてくれた!


 がっしりと腰を掴んでくれて、殿下の体にもたれかかった。

 背中に胸筋を感じる!


「気をつけろ。泥まみれになる所だったぞ」

「なあに、その時は美肌用泥パックですよって誤魔化しますよ」

「全く……目が離せないな」


 殿下は甘さと優しさを滲ませたような瞳を細めて、可笑しそうに笑った。



 さて、捕まえた鯉のメニューであるが、鯉の洗い。鯉こく。甘露煮。香味焼き。竜田揚げ。

 いくつかあるけれど、こっちの人的には刺身は生なので人気が無いみたい。


 まあ、好きな食べ方をすると良い。

 一応レシピは伝えておいたので。


 ──はあ、とにかく鯉の掴み取り、楽しかった!

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