第204話

「オリビア嬢はどのシーンがお好きですか?」

「私は騎士様がまだ見習いの頃に、白詰草で主人公に指輪を作って渡してくれる所ですわ」


「私は主人公が幼い頃、白く美しいユキノシタの花に隠れて泣いている所に、声をかけてくれた王子様のシーンがとても美しくて好きですわ」


「ああ、あのシーンも素敵ですね」

「好き過ぎて私、お庭にユキノシタを植える為に取り寄せたのです」

「攻略男性ごとに何か花にまつわるエピソードがありますのね」

「乙女ゲームのタイトルが誓いと永遠の花ですもの」


「ええ。お忍びで市井の市場に行った時に出会った、同じくお忍び中のスミレの髪飾りを下さる第五王子とのお話も好きです。

おかげで無駄に市場に行きたくなりますの」


「まあ、うふふ。

ゲームのようにならず者に絡まれて助けに来て下さる第五王子と会えるなら良いでしょうが、主人公の令嬢のようにメイドと二人だけは危険ですよ」


「勿論護衛騎士は付けると言っていますのに、まだ両親からの許しが出ないのです」

「あら、まだ市場行きを諦めていないのですね」


 テストプレイをしてくれた読書クラブのお二人……。

 オリビア嬢とジェセリン嬢の乙女ゲームの感想をあえて黙したまま、上機嫌で聞いている私。


 本日は彼女等も騎士の剣術大会に来ているのだけど、会場入り口の列に並ぶ最中にゲームの語りしてるのって久しく見ていなかった光景よ。


 とても嬉しいし、ありがたい!


「名乗れば列に並ばずに入れるでしょうに」

「静かにしろ、エイデン。お忍びで来ているのに名乗ってどうする」


 権力を使わずに大人しく列に並んでいる我々。

 エイデンさんは解せぬといった感じだ。

 イベントに行列は付き物なので、元オタクの私は慣れているけど殿下の護衛騎士的には辛いかな。


「しかし夏に剣術大会なんて、暑さで倒れたりしないものでしょうか?」


 私は疑問を口にした。

 自分はエアリアルステッキがあるから平気だけども。


「アイスフェアリーの召喚者が会場を涼しくする協力をしているそうだ」

「あ、暑さ対策はちゃんとされているのですね。良かった」


 夏に鎧着て動きまわるとかどんな苦行をさせるのかと。


「開場です! 前にお進み下さいーー!」

「ようやく動きましたわ」

「中は涼しくされているのですよね」


「エールはいかがですか!? 葡萄酒も有ります!」


 物売りの呼び込みが聞こえる。


「私達は闘技場の中で剣術大会を見て来ますけど、セレスティアナ嬢達は本当に広場の絵だけ見るのですか?」


「私の本命はそちらですので、お互い楽しみましょう」

「ええ、それでは」


 彼女等とはここで解散となる。

 スマホで通信、連絡出来るなら後で合流とかも出来ただろうけど、あのクリスタルはまだゲームや記録の機能しかないので。


 闘技場の列から外れて、私と殿下と護衛騎士達は広場へと向かった。

 お酒を飲めるテーブル席もちゃんと有るけど、涼しげな噴水に腰かけて朝からエールを飲む人達がいる。

 まあ、お祭りだからね。


「あ、あそこに串焼きの屋台が」

「今日は串焼きの屋台目当てで来た訳じゃないだろう?」

「そうでした。絵を見ます」


 とりあえず美しい色使いの風景画か花の絵を探してみよう。

 ウロウロしていると我々の美貌はすれ違い様に人の視線を奪ってしまう。

 その辺にある絵を見たまえ!


「どのような絵をお探しでしょうか?」

「色の綺麗な風景画とか花の絵を」

 

 案内係のような人に声をかけられて、私はそう答えた。


「それならば、あちらへ、ご案内いたします」

「どうですか?美しい薔薇の絵でしょう」

「……あそこに重なって置いてあるキャンバスですけど、ユキノシタの花の絵では?」

「こちらですか?」


 画家本人が絵を取り出して見せてくれたので、案内係は次の相手を探して移動した。



「良いですね、おいくら?」

「小さいですし、銀貨1枚です」


 うわ、安!


「いただくわ。それと白詰草やスミレの花はあるかしら?」

「あります! こちらです」


 若い画家は慌てて重なるキャンバスから目的の絵を出し、私に見せた。


「……良いですね。綺麗な色です。こちらのお値段は?」

「どれもさっきと同じ銀貨1枚です」


「貴族のお嬢様は素朴な花より、薔薇のような華やかなものを好むかと思っていました」


 今日の私はアリアカラーで平凡な色の髪や瞳に見えるはずなのだけど、可愛いお顔はそのままなので、そこそこ綺麗な服を着ていたら普通に良いとこの令嬢に見える。


「私は色んな花が好きですよ。薔薇なら青とか白とか黄色が」

「青……ですか。王城の庭園にはあるそうですね」


「ああ、一般人が入れない場所にあるから見た事が無いのだろう」


 さっきまで静かにしていた殿下が口を開いた。

 今日の殿下も私同様色変えお忍びモードで黒髪にルビーアイのガイ君カラーではあるけど、これまた顔立ち等は変わっていない。

 見る人が見れば……。


「あれ、貴方は……、いえ、貴方様はもしや」

「しー……」


 殿下は人差し指を口に当てて静かに! の仕草をした。


「は、はい」

「ねえ、貴方は描きたい絵しか描きたくない人?

人にこういう絵を描いて欲しいと言われて似た絵を複数描ける?」


「似た絵? 贋作を描けとか言うのは無理です」


 画家は怯えた目をして言った。


「違うわ、贋作とか盗作では無いの。

ユキノシタやスミレや、指定された花の絵を複数描くとかで、

あくまで貴方のサインの入った、自分の絵で良いの」


「そ、それなら大丈夫です。花の絵を描くのは好きなので」

「お名前を聞いても良いかしら」

「ベンジャミンです。姓はありません」


 なるほど、平民だから姓は無いのね。


「ベンジャミンね。ではこれはシャッツと言う商社の紹介状よ。

ここから依頼が来た絵を希望の枚数、描いて納品してくれる?

その商社のお店で貴方の絵を売りたいの。

詳しいお話は後日その住所の店舗でするわ」


「は、はい。分かりました」


「この画家だけで良いのか?」

「もう一人くらいは見つけていきたいと思っています」


 風景画も探そう。


 ぐるぐると歩きながら会場内を探す。


「……わあ。この水面の写り込み描写、綺麗ね」

「あ、ありがとうございます」


 他にもイーゼルに飾られた絵を見ていくと、気に入ったものがあった。


「この水辺の絵と森の絵とお花畑の絵はおいくら?」

「どれも銀貨4枚です」


 それで生活出来るの? 画材代もいるのに。

 いや、カツカツっぽいな、くたびれて絵の具もついたままの服装を見るに。


「この3枚を買います。あなたのお名前を聞かせてくれる?」

「キースです。姓はありません」


 私はキースにも先程のベンジャミンとの会話と同じような話をして、シャッツの紹介状を渡した。


「目的は達成したか?」

「はい。ですが、せっかくなので串焼きは買って行きましょう」

「ははは。やっぱり買うのか」


 殿下に笑われてしまったけど、買います!


「おじさん、今焼いている分、全て買います」

「へい、毎度!」


「わあああ!」


 ──ふいに、闘技場から歓声が聞こえた。


「闘技場が盛り上がっているようだな」

「お兄さんとお嬢さん達は見に行かなくて良いのかい?」

「私は絵を見に来たので」


 アイスフェアリーとやらはちょっと気になるけど。


「そうなのかい。騎士は女性に人気が高いが」

「確かに私も騎士様は好きですけど、既に素敵な護り手がいるので」

「おお。……なるほどな」


 串焼き屋台のおじさんは私の隣に立つ、冒険者風の服を着ているが妙にオーラの有る殿下の姿を見て納得したようだ。


 殿下は少し照れたように笑った。 ふふ、可愛い。


 私は買った串焼きをインベントリに入れて、会場を出た。


 ライリーに帰ったらまだ乙女ゲーム関連の作業や葡萄踏みや鯉掴み取り大会の準備があるし、わりと早めに帰る事にした。

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