第203話

 それは学院の夏季休暇中の事。

 私はお母様のお部屋で雑談をしていた。


「画家の展示会? 絵が欲しいの?」

「ちょっと描いて欲しい絵があって」


 自分でも書こうと思えば描けるけど、乙女ゲームの背景というか、キービジュアルと言うかイメージグラフィック的なものを描いて欲しいので好みの画風の人を探したい。


 それと冬にはゲームを売り出すから、トレーディングカードやポストカードの代わりに絵のある商品も作りたい。


 買うのは貴族だから画家の絵のような高価な物でも大丈夫だろう。

 キャラグッズを画家に作らせていいのか微妙だけど、小遣い稼ぎをしたい人もいるかもしれない。

 夢だけでは生きていけないはず。

 そう、イラストレーター的な仕事でもやってくれる人が欲しい。


「絵って、もしかしてジークの肖像画?」


「え!? あ! それも素敵ですね! 

 でもそろそろ貴族的に芸術家のパトロンになっても良いかなって。

 貧しくて芸術家が苦しんでるなら多少は支援したいですし」


 そうだ、その手もあったわ。肖像画。

 公式お父様グッズが手に入るじゃん。


 そんな事を考えた所で扉をノックする音が聞こえた。

 メイドか執事だろう。


「失礼します。ギルバート殿下がお嬢様に面会を求めていらっしゃいます」

「そう、どちらでお待ちなの?」

「サロンでございます」


 お母様との会話途中だったけど、お母様が行きなさいと言うジェスチャーをしたので、メイドの知らせに頷いてサロンに向かう。


「ギルバート殿下、どうかなさいましたか?」

「近日王都でオペラの公演があるのだが、興味はあるだろうか?」


 おっと、これはデートのお誘いかしら。


「今行きたいのはオペラよりも絵の展示会です。

それも新人や、才能を持つのにまだあまり売れていない埋もれている画家を知りたいので」


「画家のパトロンにでもなろうと言うのか?」

「はい。私の希望する絵を描いてくれる者ならば、と」

「ふむ。では絵画の展示会があるか私が調べてみよう」


「ありがとうございます」


「きゃ──っ!!」


 風を入れたくて開けていた窓から、急に女性の悲鳴が聞こえた。


「何事なの!?」


 私と殿下は窓に駆け寄って外を見た。

 強風に煽られてスカートを押さえるメイドの姿があった。

 ……メイドさん、顔真っ赤。


「スカートが……」

 殿下はぼそりと一言言って、すぐに窓に背を向け離れていった。


「……今日は風が強いようですね」


 私は吹き込む風に乱される髪の毛を押さえながらそう言った。


「ああ、命の危機は無いようだし、俺は展示会の情報を調べて来る」


 殿下はサロンを出て行った。


 私はふと思いついて工房に行く事にした。


 風が強い……それで閃いたのは弟や城で働く子供の為に凧を作る事。

 とりあえずダイヤ型にしよう。


 作り方を覚えて貰う為に子供の面倒を見てくれている保育士を一人呼んで、作業風景を見て貰う事にした。

 そうすれば今度子供に教えつつ、子供達と一緒に作れるものね。

 図工の時間みたいに。


 材料。ラップスライム、糸、竹籤のような細い棒と接着剤。

 細い棒は60㎝と50㎝。


 ラップスライムを凧の形にカットする。

 尾も適当な長さにカット。


 60㎝の竹ひごっぽい細い棒を凧のタテにこれまたラップスライムをセロテープの代用として、接着剤を塗って貼る。


 50㎝の棒を凧のヨコにスライムテープで貼る。

 そして凧の各スミをスライムテープで補強する。


 横棒をタコ糸でソリをつける。

 ソリの高さは6㎝くらい。

 棒の交わるところに千枚通しでぐさっと穴を穿ち、たこ糸を通して結ぶ。

 最後に尾をスライムテープでくっつけて完成。


 私は弟を誘って庭園に出て凧を揚げた。

 風が強いので一応スカートの下に短パンを履いた。

 ここには電線もなく、空は広く高い。


「ほら、こうやるの。糸を自分で握ってやってみる?」

「はい!」


 弟に凧の糸を持たせてあげた。


 澄み渡る青い空と入道雲と凧。

 なかなかのどかで良い風景だわ。

 夏休み最高。


 凧上げを楽しむ愛らしい弟をクリスタルで撮影もする。


「お嬢様、あれは何ですか? どこかに合図でも送っているのですか?」


 私の護衛騎士が近寄って来て、訊いて来たけど、そんな風に見えたの?

 私は可笑しくて笑ってしまった。


「ただの風を利用した遊びよ」

「……風があまり無い時はどうするんですか」


「凧糸引っ張りながら頑張って走るの。

あ、ちょっとずるいけど風魔法の使い手を呼んでも良いわね」


「そうでしたか……ところで、じき葡萄園に行ってお嬢様も葡萄踏みに参加すると聞きましたが」

「ええ。念願の葡萄踏みよ」


 私は葡萄酒が飲みたいわけではなく、あの乙女達が歌い踊りながら葡萄を踏んでいる光景が好きなだけなんだけど。


 どう考えてもエモいから。


「その……お嬢様が踏んだ葡萄で作られた葡萄酒を確保して欲しいなどと、知り合いの貴族に頼まれてしまったのですが」


 言いにくそうに騎士が言って来た。


「私が土地の浄化経験者だから何らかの御利益があるとでも思っているのかしら?」

「多分そうだと思います」

「確約は出来ないけど、出来た葡萄酒はいずれライリーの宴などで振る舞うと思うから、飲みに来れば良いのではないかしら」

「分かりました、そう伝えておきます」


 でも例えばお母様のような絶世の美女が踏んだ葡萄で作られたお酒がオークションにでも出たら私も思わず入札したくなる気がする。

 気持ちはちょっと分かる。


 葡萄踏みイベントはお母様とかは流石に参加しないけど、ラナンは一緒にやってくれるらしい。

 やったね。


 ドイツの民族衣装であるディアンドルに似た服を着て一緒に葡萄踏みをするんだ。

 映え!

 葡萄踏みを見に行く事は、ずっと前に約束してたからライリーの騎士のローウェも連れてってあげる。


 冬でもないのに凧揚げなどして遊んでいたら、殿下が戻って来た。


「王都で騎士の剣術大会があるのだが、その闘技場の広場でかなりの規模の絵画の展示があるらしい」

「剣術大会で人が集まるのを利用しているんでしょうか」

「多分そうだろう。貴族の令嬢には騎士好きも多いから、騎士の絵も沢山あるらしい」


 私みたいな人が多いんだね。


「良いですね! そこに行きます」

「では、お供しよう」


「ねーさま、ジュースがほしいでしゅ」


 さっきまで凧揚げに夢中になっていたけど、夏だし、喉が渇いたのね。


「良いわよ」

「ありがとでしゅ」


 私はガゼボに移動してインベントリから冷えたリンゴジュースを弟に出してあげた。

 夏の庭の緑は眩しい程で、とても鮮やかだ。

 リナルドも元気に木立の間を飛び回っている。


 ジュースで喉を潤したウィルが、なんだか眠そうにしているのに気がついた。


「さあ、ウィルは晩餐まで少し寝なさい」

「俺が部屋まで抱えて行こう」


 殿下がウィルを抱えて部屋まで運んでくれた。

 軽々と抱えてたので力も強くなっているんだなあと、しみじみと感心した。

 殿下の側近も抱えるのを代わるとか、手出しをしなかったし。



 凧は執事経由で城内の保育士に渡して貰った。


 * *


 夕方になって、私はテーブルセットを用意して、屋上で涼んでいた。

 美しいオレンジ色の夏の夕空を見ながら、サイダーを飲みつつ。

 殿下も一緒だ。


 側近の護衛騎士達も近くのテーブルにいる。


 城で働く人が仕事終わりになる時間になって、城の裏手の方で凧を揚げる子供達が見えると一緒に屋上にいた護衛騎士が言うので、テーブルから離れて屋上の端から下を見る。


 保育士さんが凧を子供に渡してあげたのだろう。

 城で働くお父さんやお母さんの側で楽しそうに凧揚げしている男の子がいる。


 のどかで美しい風景を上から見ていると、また急に強い風が吹いた。

 ブワッと私のワンピースのスカートが風で巻き上がった。


「!!」


 殿下がびっくりしてサイダーを噴いてしまった。

 あわや私はモロパンであるが、


「大丈夫! こんな事もあろうかと、短パンを穿いていますよ!」

「ゴホッ、み、見せなくていい!」


 離れていたエイデンさんが慌てて殿下に駆け寄った。

 私はゴホゴホと咳き込んだ殿下の背中をトントンするエイデンさんはお母さんみたいだな、と思ったりした。


 のどかで平和なある夏の日の夕刻の事。

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