第198話 板と宝玉

 それは学院の食堂でハンバーグランチを食べた後の、昼休み時間の事だった。


「せっかくですし、これ、交換をしませんか?」


 私は授業で作ったスマホ型記録のクリスタルを、ギルバート殿下の球体型とトレードを申し出た。


「しかしこの球体一個よりそちらの方が材料費もかかっているぞ」


「別にいいですよ。

板型の利点はスクリーン無しで直接保存した物が見れるという所で、球体の方のメリットはペンダント加工すれば持ち運びが楽で撮影時にあまり目立たないという所ですね」


「それでも私の方が得になる。よし、この球は小さいし、こちらは二つ付けよう」

「まあ! 

そんなつまらない板と殿下のお造りになった美しい宝玉と交換だなんてなんて、辺境の方はあつかましい要求をしますね!」


 急にエイミル男爵令嬢が現れた!


「エイミル男爵令嬢! 

其方、これの価値もよく分かっていないだろうに、そのような事を言うものじゃ無い」


「なんですか、そんな板、文鎮くらいにしか使えないのでは?」

「其方、なんとバカな事を」

「それに呪われ令嬢の作った物なんて、縁起が悪いじゃないですか!」

「……呪われだと?」


 ひゅっと教室の空気が冷えた気がした。

 殿下から怒りのオーラを感じる。


「その令嬢、邪竜に呪われていたと聞きましたわ」


 ああ。それは昔、確かにあった事だけど。

 呪われ令嬢ってフレーズは何か凄いな。

 ラノベとかに出て来そう。


「その呪いならとうの昔に消えた。

命懸けで父君が入手して来たエリクサーの力で無くなっている! 

失礼な事を言うな」


「ですから、私は殿下を呪いや禍いから遠ざける為に!」


「セレスティアナ嬢は貴重な浄化能力者だぞ! 

光属性の意味が分からないのか!?

しかもお前より家格が上だと言うのに、いい加減にしろ!

お前の親は今までどんな教育をして来たのだ! 

この件は私からもお前の父親を通して厳重に抗議する」


 殿下の怒気をはらんだ声が教室に響く。

 もはや其方呼びがお前になってるし、私よりもギルバート殿下がめちゃくちゃ怒ってらっしゃる!


「えっ、そんな殿下っ! 私は殿下の為に!!」

「板型に文句があるようだが、最初にこの型の物を贈ったのは第二王子のロルフ兄上なのだが、其方兄上もつまらない物を贈ったと侮辱するのか?」


「え!? そ、そちらはえっと、ロルフ殿下は呪いとか関係ありませんし」


 そう言えばロルフ殿下は隣国の恋敵に呪われていたけど、そちらは知らないのね。


「もういい! この無礼者を連れて行け!」

「きゃあ! 離して! わ、私は悪くない!」


 エイデンさんと騒ぎを聞きつけた学院の警備員が大騒ぎするエイミル男爵令嬢を取り押さえ、教室から連れ出した。


「セレスティアナ嬢、大丈夫か、ずいぶん酷い事を言われたが」


 人前なので気を使って嬢など、今さらだけど付けてくれている。


「……殿下。私は大丈夫です。

私の誇りを守る為に怒って下さった事、まずはお礼を申し上げます」


「必ず償わせる。何か相手に要求はあるか」


「……相手も子供ですし、あまり手荒な真似はしなくても良いかと。

後ほどギルバート殿下に連絡用のお手紙を書きますが、今日はとりあえず早退します」


 小学生くらいの相手にそこまで腹も立たないけど、彼女は明らかに言い過ぎだから、貴族の身分社会的には何かの罰は必要だろうな。


「ああ。そうだな。とりあえず城に帰って休むといい」


 殿下は頭が痛いとばかりに眉間を拳で押さえて言った。


 私はすうっと息を深く吸って、声を張った。


「とりあえず、教室におられる皆様! お騒がせして申し訳ありませんでした」


 周囲の人に向かって、謝罪をした。


「た、大変でしたね、セレスティアナ嬢。

あの令嬢、貴族の身分階級は絶対だと教わっていなかったのでしょうか。

とんでもない事です」


 クラスメイトの侯爵令嬢が気を使って声をかけてくれた。


「私は大丈夫です。でも、今日はとりあえず帰りますね。また後日」


 私は居心地が悪くて、護衛のリーゼと共に慌ただしく帰宅した。


 * * 


「あら、今日は早かったのね、どうかしたの?」


 お母様に廊下で会ってしまったので、私は覚悟を決めて、お父様にもお話が有りますと、サロンに来ていただくことにした。



 そして事情を説明した。



「呪われた令嬢で縁起が悪いとか言われたのか。そもそもあの呪いは私が邪竜を討伐したせいであると言うのに」


 お父様は私を優しく抱きしめてくれた。

 それからお母様にキリっとした顔で問われた。


「ティアはどうして欲しい? しっかり抗議は致しましょう。

邪竜討伐は王の依頼で貴方のお父様が命懸けでなされた事なので、正義はこちらに有ります」


「エイミルの家門は鉱山派遣のゴーレム事業で急激にのし上がって来た新興貴族です。

ゴーレム数体と、それが半永久的に使えるように技術者やメンテナンスの人員か技術を提供していただきましょう。

殿下のエメラルド鉱山の為働いて貰えば、突然の崩落やガス発生で事故に遭う鉱夫の被害を減らせるでしょう」


「それだけでいいの?」


「ゴーレム使役は貴重な技術だと思いますよ。

鉱山と言えば過酷で犯罪者の苦役としても使われる作業ですし。

一般の鉱夫も最初に奥に行くのは怖いでしょう。

ゴーレム関連は賠償金に換算するとかなりの物だと思うんです」


 虎の子の技術をお侘びに無料でよこせって事だし。


「そうか、では、その要求を文書にして王家に提出する」


 私が罵倒されて傷ついてると思ったのか、お母様もやたらと私の頭をヨシヨシと撫でてくれる。


 私的にはちょっと教室の空気悪くしちゃったな〜くらいしか思ってないけど、お世話になってる殿下の鉱山の為に貰えるもんは貰っておこう的な考えである。


 あ、でも……私が傷ついてると思ってる両親は悲しい思いをしているかも……。

 両親の好物でも作ってみる?


 ……明日教室行くのはちょっと気が重い。

 噂は広がっているだろうな。

 ちょっと落ち着かないので作業でもしよう。

 



 従姉妹の誕生日プレゼントのドールの服を仕上げる。

 無心でミシンを動かす。 部分的に手縫い。


 可愛いドールに綺麗なドレスを着せてあげる。

 何しろ貴族のお嬢様への贈り物なのでレースをふんだんに使っている。


「うん。可愛くできた」


 ドールに出来上がったドレスを着せて完成!


 護衛騎士のリーゼが目を輝かせてこちらを見て言った。


「セレスティアナ様、それを従姉妹のお嬢様に差し上げるのですか?」

「そうよ」

「素敵ですねえ。そんなに綺麗で可愛いお人形は初めて見ました。

着ているドレスも綺麗で、その上関節まで動くなんて」


「ありがとう。我ながらよく出来たと思うわ。 お母様に見せて来るね」


 えへへ。 リーゼに褒められた。

 お人形を抱っこしてお母様のお部屋まで移動。


 扉を開けると、鏡台の前で流れる水のような美しい青銀の髪をメイドに梳かされているお母様がいらした。

 美しい……。


「ティア。落ち込んでいるかと思ったら、プレゼントを作ってくれていたの?」


 お母様は私が胸に抱いてる新しいお人形を見て、少し驚いたようだった。


「はい。従姉妹の誕生日に間に合うようにいたしました」

「せっかくだし、貴方も従姉妹の誕生日のお祝いに一緒に行く?」


「学院を休んでもいいのですか?」

「貴族の誕生会に行くのは社交だから許可が出るわ」


 そっか──! 合法的に学院を休めるのか。

 殿下に学院休んでても心配しないでってお手紙を書こう。

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