第195話 同じ窓からの景色
本日の魔法の授業は錬金術。
自分で素材を選んでその形を変える授業。
術式を組んで違う形で形成。
私はクリスタルを砕いて板の形に作り変えた。素材代金は自分で払う。
お金が無ければクリスタルなんて選ばなかったろう。
自腹なので。
形の不揃いなクリスタルはスマホサイズの板一枚分で、金貨5枚分の価格だった。
この後これを記録の宝珠と同じ機能を持たせるには、あれを開発した人に依頼しなければならない。
クリスタルに記録を詰め込む魔法式は作った人しか分からないから。
純粋に造形が綺麗だったら、それだけでもわりと良い評価は貰えるっぽい。
私のは面白い形では無いけれど、ざらつきもでこぼこも無く、丁寧に磨かれたようにつるりとした表面の綺麗な板になってるし、記録可能な完成形のクリスタルも見せ、使用用途を教えたら高評価を貰った。
エイミル男爵令嬢には、何それ? お金かけといて、ただの板? みたいに鼻で笑われた。
確かにパッと見はただの板っぽいから別に良いけど。
殿下もクリスタルを丸く整えた記録の宝珠のスペアを作ったようだ。
破損したら大変なのでバックアップ用かな。
サイズが大きく無い分、量で勝負か、五個も作ってた。
これまたつるりと見事な球体だったので、高評価を貰っていた。
エイミル男爵令嬢もすり寄って来て殿下を褒めている。
「まあ、綺麗な球体ですね。流石はギルバート殿下です」
「ありがとう」
殿下はクールに対応してた。
エイミル男爵令嬢と言えば、石を使って手の平サイズのミニゴーレムの形を作っていたが、手足など全く動かない見た目だけの置物だった。
あれじゃ粘土でも作れたろう。
本人は形だけでもそこそこ出来て得意気だった。
しかし、子供のおもちゃにしか見えないせいか、錬金術の先生の評価は苦笑いだった。
多分手足が動けば小さくても高評価だったろう。
* *
今日も殿下とエイデンさんと私の本日のお付きのリーゼの分のお弁当に天ぷら弁当を用意して来た。
天ぷらはインベントリに入れてきたので揚げたてサクサクほかほか。
麺つゆかけていただきます。
天ぷらの内容はレンコンとインゲンと海老とカボチャと茄子とイカ。
レンコンとにんじんできんぴらも作った。
「天ぷら美味しいな。エビもレンコンも」
「甘いたれが下のコメにも染みてて……大変美味しいです。イカ美味しい……」
「付け合わせのキンピラと言ったか?
これも砂糖や醤油の甘辛いタレがレンコンと人参によく絡んでいて美味しい」
「唐辛子でピリッとしてるし、レンコンのしゃきしゃき感も病みつきになりそうに美味しいです」
「殿下にもエイデンさんにも喜んでいただけて嬉しいです」
「ええ。お嬢様のお料理は最高ですね。
インゲンや茄子までがこんなに美味しいと感じたのは初めてでしたし、
キンピラとやらもやたら美味しかったです。
お酒が飲みたくなりました」
「ふふ。ありがとう。リーゼ。お酒は帰ってからね」
リーゼにも別室で早弁して貰っていた。
* * *
〜 (ギルバート殿下視点) 〜
休み時間の教室。
窓から春の風が吹いて来た。
風を受けて揺れる白いカーテンの側で、セレスティアナが窓を開けて外を眺めていたので、近くに行ってみた。
俺も隣で窓の外の緑が綺麗だなと、ぼんやりと眺めていたら、女生徒の噂話が聞こえて来た。
「それでその子はしょうもないことばかり話す女だと、婚約者が陰口を言っているのを聞いて、婚約破棄ですって」
そんな話が聞こえてしまった。
「婚約破棄って、そんな簡単に出来るものですか?」
「メイドとその婚約者の話ですから」
「ああ、貴族では無いのですね。平民の約束事なら納得です」
「……ギルバート殿下。 聞こえましたか? 今のお話」
「ああ。 わざとじゃないが、聞こえてしまったな」
「なんでもないような、たわいもない話をしてる時が平和で良いと思いませんか?
万が一、何かで死にかけたら、たわいも無い話してる時が、
実は二度と戻らない幸せな時だったと気付くとかだと辛過ぎますよね」
「そうだな」
「あ! あそこを見てください。
ラッパ型の花にハチドリが来ました! 可愛いですね。
ライリーの庭にも来て欲しいくらい可愛いです」
おっと、急に話題が変わった。
下の花壇の方を見ると、確かに嘴の長い小さな鳥が凄い速さで翼を動かしている。
「蜜を用意していたら、そのうちライリーにも来るかもしれないな」
「ハチドリ? どれです?」
セレスティアナと一緒にハチドリを見ていたら、背後から急にエイデンが覗き込んで声をかけて来た。
お、お前空気読め。
「ほら、あそこです」と、窓から手を出し、セレスティアナが指をさすと、ハチドリが急にこちらに飛んで来た!
──と思ったら、なんと彼女の指先に止まった!
「…………」
思わず息をのみ、沈黙するセレスティアナ。
「……どうする? チャンスだ。 捕まえてやろうか?」
俺は彼女が望むなら、ハチドリを捕まえてやろうと小声で言った。
「……そんな、無理矢理は可哀想ですよ」
「令嬢が気に入って自分から指に止まったのでは? 連れ帰って欲しい意志表示では?」
エイデンが俺の背後からボソボソと喋っている。
「そんな事ありえます?」
エイデンの発想がポジティブ過ぎて、セレスティアナもやや困惑しているが、野生の鳥がわざわざ自分から止まりに来たので、俺もそんな気がして来た。
「では、何故蜜も吸えない其方の指に止まったのだろうな?」
「ホバリングに疲れて休憩してるだけでは」
……うーん。 枝の代わりに?
俺が少し悩んでいると予鈴が鳴って、ハチドリは驚いたのか、飛び去った。
「あ、飛んで行ってしまいましたよ」
エイデンが残念そうに言った。
「きっと、あれで良かったんですよ」
そう言ってセレスティアナは、優しく、天使のように微笑んだ。
……可愛い。
* *
学院から城へ帰ってしばらくした後、王族との晩餐の時間になり、食堂へと移動した。
王と一緒の晩餐時はエイデン以外の毒見役がちゃんといる。
晩餐時に国王が声をかけて来た。
「学院はどうだ?」
急に親みたいな事を聞いてくる。
まあ、血の繋がった父親なんだが。
好きな女の子と同じ窓から風に揺れる木々の葉や、芝生の緑や、ハチドリを眺めるだけでも幸せを感じる。
などと、バカ正直にそんな恥ずかしい事はもちろん言えず、
「たいした問題は有りません」
「小さな問題ならあるのか?」
「上位貴族相手に少々態度の悪い下級貴族がいますが、やたらと波風を立てるのもと思い、今の所は不問にしておりますがあまりにもやり過ぎたら、もちろん厳重注意させていただきます」
「下の者に侮られてその上位貴族は怒らないのか?」
「上下関係はしっかりとしなければなりませんよ」
王妃も会話に混ざって来た。
示しがつかないといけないのは分かっているが、セレスティアナは基本的には平和を望む。
「優しいのでしょう。
自分も子供なのに、子供のやる事だからと、大目に見てくれているようです。
勿論、あからさまな暴言を吐くなら私も、彼女の名誉を守る為に戦います」
「ふむ、なるほど。 上位貴族の方は誰か察した」
「私も誰か分かってしまいました」
「俺、いや、私も分かった。 猫ちゃん、じゃない。あのライリーの愛らしい令嬢だな」
「ロルフ。 猫ちゃんとはなんですか、そんな呼び方」
「いや、母上、猫みたいに可愛いかったので、ちょっと言い間違え」
「そんな言い間違えがあるとも思えませんが」
「たわけ過ぎるぞ、我が息子。 第二王子として、もっと自覚を」
いかん。 ロイヤル家族で軽い言い争いが始まった。
──しかも名前を伏せていた上位貴族の方は即バレたな。
とりあえず静まってくれ……。
* *
自室に戻ると側近達はエイデンに学院の付き添いの交代を願い出ていた。
「エイデン殿は一人毒見で、美味しい思いをしているんだろう?」
「いや、卿ら、落ち着け。 普通に食堂の物を食べる時もあるんだぞ」
「では今日は?」
「テンプラ弁当にキンピラ付きだったかな」
「ほら、また知らない食べ物を! ライリーの料理だろう!? 美味しかったのか!?」
「当然めちゃくちゃ美味しかった」
「ほらみろ!」
こっちも軽い言い争い発生だ。
──やれやれ。
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