第194話 春の雨と美しい人

 陽光を受けた芝生の緑が鮮やかでとても綺麗。

 春はお外を歩けば大好きな若葉色に溢れている。


 鯉を池の中に放した。

 広い所に移されて、春の陽に煌めく水の中をゆったりと泳いでいる。


 スイレンや産卵用の水草も入れてある。

 夏にスイレンの花が咲くのが楽しみ。


 子爵からいただいて来た、藻に絡み付いている卵の方はまだタライに入れて保護してある。

 鯉は卵を食べてしまう事があるらしいので。


 タライにも水を綺麗に保つ為に浄化石を入れて有る。


 池を眺めていると、両親と弟が様子を見に来てくれた。 

 ウィルはお父様が抱っこしている。


「ほう。これが子爵領から来た鯉か。鮮やかな色をしている」

「泳ぐ姿も優美ですね」

「お父様、お母様、せっかくなので記念撮影しましょう」


 池の前でクリスタルを取り出し、麗しい両親と愛らしい弟を記念に撮影した。

 背景には鯉。


 すくすくと育って卵も産んでいっぱい増えて欲しいな。

 沢山の田んぼに放てるくらい。



 ──ふと、お母様が思い出したように口を開いた。


「そう言えば、冷蔵庫の注文がどんどん増えていっているのよ。

おそらくシエンナ様あたりから評判が伝わったものかと」


 シエンナ様の口コミには流石に力が有るな。


「皆、おそらくは夏までに欲しいのだろうな」

「職人にも急いで貰っていますし、私も魔石に氷の魔力を注いでいます」

「お母様、ありがとうございます。 城の結界石には私が魔力を注いでおきます」

「そう? では、そちらは頼んでおくわね」



 * *


 朝、登校して校庭の大きなイチョウの木を撮影していたら、殿下に声をかけられた。

 


「リーバイ子爵領に行ったんだって?」

「はい、鯉とチョコを交換していただきました」

「そう言えば鯉も良いが金魚はどうなった?」


「神様に守って貰えるように祭壇の間に壺ごと置いていた金魚の卵は無事孵化し、稚魚になっていました。

可愛いですよ。

水カビにもやられていなくてほっとしました」


「そうか、ちゃんと産まれていたか」

「あ、クリスタルで稚魚も撮影してますよ。……ほら」

「ああ、沢山孵化してるな」


 私の手にあるのはスマホサイズのクリスタルの画像。

 しかも小さな稚魚を見る為、私達二人の顔はだいぶ近くにある。


 睫毛長いな……。

 本当に綺麗な顔してる。知ってたけど。



「子爵領で買って来た色の綺麗な砂利を洗って金魚鉢に入れたら、本当に綺麗なんです」


「……綺麗と言えば、其方、指の爪の先まで綺麗なのだな」


 クリスタルを持つ私の指先が目についたらしい。


「何と私の爪を磨いてくれる素敵な存在がいるのです」

「メイドか侍女では無いのか?」


「リナルドです」

「あの妖精?」

「そうです、あの小さな体で何故か私の爪を磨いてくれるのです。

磨くのが好きみたいで」


 私の女子力が高い訳では無い。


「変わった妖精だな。そういえば、リナルドは今はどこに?」

「アスランと一緒に護衛騎士の持つバスケットの中です」


 そんな話をしていたら、急にぽつりと自分の頬に水滴が落ちた。


 雨だ。

 サア──と雨が降って来た。


 私は慌ててクリスタルをポケットにしまった。

 多分水濡れ平気だけどスマホ感覚でつい。


 そうこうしてると殿下がジャケットを脱いで私の頭からそれを被せた。

 こ、これは──っ!


「ジャケットパサッ」系のイベント発生した!


「渡り廊下まで急げ。あそこなら屋根がある」

「は、はい」


 私の手を掴んで、そのまま殿下は渡り廊下を目指し、少し早めの足取りで、引っ張って行った。


「──ふう。 少し、濡れてしまったな」


 私の隣りで雨宿りしてる殿下がネクタイを外し、シャツのボタンも少し外した。


 そういえばいつの間にか声変わりをした目の前の少年は、喉仏が目立つようになっていた。

 男の子が男の体になって行ってるんだなあと、しみじみとしつつ、見てしまった。


「な、なんだ? 何をじっと見ているのだ?」

「喉仏です」

「喉仏がどうかしたのか」


「男の子が成長すると声が低くなって、喉仏が目立つようになるって言うので。

ここでも成長が見て取れるなって」


「な、何を言って……成長なんかするに決まっているだろう。

身長ももっと伸びていくし」


 そう言って殿下は何故か顔を赤くしてしまった。


「ええ、すくすくと大きく育って下さいね」

「親か」


 殿下は顔を赤くしたまま、そっぽを向いて歩いて行ってしまった。

 少し離れた所で殿下を見守っていたらしきエイデンさんが殿下を追って行った。


 あ、自分のジャケットを私の頭に被せたまま行ってしまった。

 どうせ教室で返せるけれど……。


 登校して来た生徒達で学院も賑わいはじめた。

 呼び交わす朝の挨拶の声がそこかしこで聞こえる。


 私も教室に向かわないといけないのだけど、渡り廊下って前世から何となく好きなんだよね。

 少女漫画とかでも図書館と屋上がときめき映えスポットだと思うのだけど、渡り廊下も何か良い気がする。


 

 頭から被っていたジャケットを胸に抱くと、殿下の温もりが少し残っていた。




 ──ちなみに鯉の卵は、貰って来て4日で孵化した。

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