第189話 春の紫

「わあ……凄く綺麗な藤棚……」


 この国にもあったんだ。紫色の藤の花。


 私は学院主催のピクニックで花いっぱいの庭園に来た。

 そして見事な藤棚のある場所に、ギルバート殿下と私は案内されたのだった。


「この紫色の花は他国から輸入した花らしい」

「この藤棚の下のテーブル、特別席ですよね。私まで良かったのでしょうか?」


 テーブルの上にインベントリから出したバスケットの中に入れて来たお弁当の用意をしつつも、藤棚に気を取られる私。


「ここの者に案内された訳だから、食事と撮影後に移動して他の者に譲れば良いのではないか?」


「そうですね! 綺麗なので撮影します! 

殿下はそのまま座ってお好きなお弁当を選んでて下さい! 

パン系と米系の二種類あります」


「む。また悩ましい二択だな」


 一旦席を立って、クリスタルを構えて色んな角度で撮影をした。

 殿下は真剣な顔でお弁当を見比べている。

 ……そんなに悩むほどの事かな。


「……クリスタルの記録は気が済んだか?」

「ええ。撮れました」

「じゃあエイデン、これを頼む」


 殿下は自分の記録の宝珠を渡して、側近のエイデンさんに撮影させる気みたいね。

 ……やはり、クリスタルを握って私を見てるので、そうなんだ。

 お花と私を撮りたい。 私の見た目を考えたら気持ちは分かる。


「お弁当は選びましたか? 無理なら、エイデンさんと分け合えば二種類食べられますよ」

「それだ。そうしよう」


「ラナンはどちらにする?」


 私は本日の付き添いのラナンにお弁当を渡そうとしたのだけど、


「私は無くて大丈夫です」

「うーん。じゃあ後で他の場所に移動したら、そこで食べて」

「はい」


 私の護衛中な上、殿下と同席では食事しにくいのだと判断した。


「ああ、そうだ。

前回金魚の卵だけ渡していたら金魚鉢と餌と水草の種も渡すべきだと、側近が気を利かせて入手してくれた。

金魚鉢は嵩張るからすぐに亜空間収納に突っ込むといい」


 殿下は亜空間収納から、この世界では珍しく透明度の高いガラスの金魚鉢と、袋入りの餌と種らしき物を出して来た。


「わあ! 可愛いくて綺麗な金魚鉢が二つも! ありがとうございます!

気の利く側近さんにも感謝を伝えておいて下さい」


 鉢はインベントリで良いけど、水草の種だけバスケットに入れて持ち帰ろう。


「ああ。リアンに伝えておこう」

「あの金髪で美形でいかにも女性にモテそうな方! 流石ですねえ」


 殿下は一瞬笑顔が引きつったけど、本当に一瞬の事だった。

 他の男の人を褒めたから、少し嫉妬しちゃったのかな。


「今、貴族の間で金魚鑑賞が流行っていて、こんな透明で綺麗なガラスの容器も出て来た。

まあ、以前贈ったグラスを作った錬金術師の作だが」


「では、このクオリティのガラス製品が作れるのはまだ一部の人なんですね」

「そうなるな。 とにかく食事にしよう」


「はい。私はおにぎり弁当にします。

こちら取り皿です。

エイデンさんの分を一旦こちらに移動しますね。

同じおかずが二つずつ入っていますから」


「セレスティアナ様。 自分でやれます。 お手間をおかけして申し訳ありません」

「では、お好きにどうぞ」


 そう言えばこの方、毒見係だったわ。と、思い出したからね。


 立ったまま、ささっとお皿におかずを取り分けるエイデンさん。

 落ち着かないので、私はまた声をかけた。


「エイデンさん、座ると良いと思いますよ」

「いいえ、職務中なので」


 騎士は真面目だ。

 周囲を見渡すと、周囲が花に囲まれたガセボや、池の手前の芝生の上に布を敷いて、いかにもなピクニックスタイルを楽しんでいる人がいる。

 

 貴婦人のような日傘を差して行儀よく座ってる同じ10歳の女の子もいる。

 絵になるから良いけど。


 周囲は色んな花が植えられた見事な庭園なのだけど、この藤棚の他はとりわけ綺麗な花のアーチが目を引く。


「後であの花のアーチのある所も行ってみるか」

「そうですね。映えスポットですから、食後に」


「……殿下、問題ありません」

「そんな事当然だから、もう毒見はいらない気がするんだがな」

「一応私の仕事ですので」

 殿下は一つため息をついてから、気を取り直し、お弁当に手をつけた。


「いつもながら美味しい……」


 お弁当としては月並みな物ばかりだけどね。


「お気に入りはどれですか?」

「このなめらかな卵サンドとベーコンとほうれん草のソテーかな」

「なるほど。私もそれは好きです。基本的に好きな物しか入れてませんけど」


 おにぎり弁当の中身はおにぎり4個と唐揚げに卵焼きにミートボールにウインナーにベーコンとほうれん草のソテーとミニトマト。

 

 サンドイッチ弁当の中見は、ハムチーズレタスサンドとカツサンドと卵サンド。

 他におかずとして、ウインナーとコロッケとブロッコリーとミニトマトが入っている。


「コロッケも美味しい。ほくほくしている」

「紅茶と果実水はどちらが良いですか?」

「あまり味が濃く無い、少しだけレモンを入れた水はあるか?」

「有ります」


 インベントリからレモン水と氷を取り出し、先にエイデンさんに一杯渡す。

 エイデンさんが問題ありませんと頷いて、口にする。


「氷入りで爽やかで良いな」

「そう言えば、例の冷蔵庫は活躍していますか?」

「ああ。運動後に部屋に戻ってすぐ、冷たい物が飲めて、とても良い」

「運動後はともかく、寝起きは白湯の方が体に良いですよ」


 などと雑談をしつつ、花の暖かな陽射しと、美しい藤棚の下でお弁当を楽しんだ。


 食事の後に花のアーチの元へ移動して撮影。


 いつの間にか藤棚へは侯爵家の令嬢と取り巻きの方達が移動していて、お茶を飲んでいた。


「ギルバート殿下ぁ〜〜! お食事がお済みでしたら私達と一緒にお茶にしませんか?」


 急に殿下に声をかけて来た子がいるなと思ったら、やはりエイミル男爵令嬢とその他の名も知らない令嬢達。



「すまないが、今はセレスティアナ嬢のエスコート中だ」

「殿下を独り占めなんて、あんまりですわ」


 エイミル男爵令嬢は私を見てそう言った。


「殿下、私はかまいませんよ。

食事も終わりましたので、適当に護衛騎士とくつろいでおりますから」


「……セレスティアナ嬢。すまない、少しだけ行って来る」


 あんまり冷たくして敵を作るのもよろしく無いし、人間関係を円滑にするためにも、ここは私が譲って殿下は行かせた方が良いかなと判断した。

 何しろ小学生くらいの子供でも貴族は気位いが高いだろうから、人前で断られるのはムカツクだろう。


 殿下とエイデンさんは芝生の上のピクニックゾーンへ行った。


 私は人目を避けて、ラナンと一緒に背の高い花の植わっている場所の裏へ移動した。


 しゃがみこんでバスケットを開けて、卵サイズになって潜ませていた霊獣のアスランを人差し指で撫でた。


 するとリナルドもそっとラナンのマントの中から出て来た。

 彼女の背中に貼り付いていたらしい。

 リナルドにはインベントリから葡萄と苺を出してあげた。

 素直に食べている姿が愛らしい。


 霊獣のアスランは食べ物はいらない。魔力と愛情だけで良いらしい。

 

「お嬢様、向こうから人が来ます」


 ラナンがそう言うので、バスケットの中身のお弁当箱とかは全てインベントリに移動させた。

 バスケットの蓋を閉じ、リナルドとアスランとフルーツと水草の種だけ、中に入れたまま隠しておいた。


 妖精や霊獣の事を他所の人に話すと、悪目立ちするだろうから。


「セレスティアナ嬢? こんな所で何をされているんですか?」

「え? ワミードのモーリス殿?

貴方こそ新入学生でも無いのに何故ここへ?」


「上級生も警備補助として何人か来れるのですよ。

点数稼ぎしながら花園が見れる美味しい仕事です」


「そうでしたか。

私はちょっと、女の子達の嫉妬が怖いので隠れていただけです」


「ああ、ギルバート殿下と一緒に居られたんですね」

「ええ、まあ」


「あの池、船遊びが出来るんですよ。 良ければ一緒にボートに乗りに行きませんか?」


 急に池の方を指差して誘って来た。


「警備中なのに遊んでて良いのですか?」

「……船の点検になるかと」


 そんな言い訳ある!?


「申し訳ありませんが、他の令嬢を誘って下さい」

「池の方だと殿下に見られそうで嫌なんですか?」


「殿下というより、令嬢達に見つかりたく無いですね。

ただでさえよく殿下のそばにいる女と認識されるでしょうから」


「では、船遊びは諦めます。一緒に散歩でもどうですか」

「私の事は放っておいて下さい」

「やれやれ、つれないですね」

「おやつをあげますから。これを食べて、仕事をして下さい」


 私はいきなりスイートポテトをモーリス殿の口に突っ込んだ。


「もが……んむ。………お、美味しい」


 モーリス殿を置いて、私は小走りでその場を立ち去った。


 少し行った所にいいベンチがあった。

 そこに座ってラナンにお弁当を渡し、隣に座らせた。


 ラナンは素早くサンドイッチを食べ、私は一口サイズのチョコを食べた。


「美味しい」


 やはりチョコは良い。


「……お嬢様。ご馳走様でした」

「そんなに急いで食べなくても良かったのに」

「いいえ、任務中ですので」


「ラナンは真面目ね。じゃあ、次はおやつ。スイートポテトとチョコ、どちらにする?」

「一口サイズのそれを」

「チョコね。どうぞ」


 多分だけど、一口で終われば早いと言う理由でチョコを選んだ気がする。

 箱に詰めた一口サイズのチョコを差し出した。

 ラナンはチョコを一つつまんで食べた。


「口の中で溶けていきました……甘くて美味しいですね」

「ええ。スイートポテトはどう?」


「私はもう充分です。

あちらから、ギルバート殿下と側近の方が走って来ますよ」


 そう言ってラナンはベンチから立ち上がって、走って来た殿下の為に場所を開けた。


「……はあ。 見つけた!」

「お疲れ様です。おやつがまだでしたね。どうぞ」


 スイートポテトと箱入りのチョコを見せた。

 先にエイデンさんが一口ずつ味見。


「どちらもとても美味しいです!」

「褒めてくれてありがとう」


「やれやれ。 茶を一杯分程付き合っていたら、急に姿を消しおって」

「申し訳ありません」


 姿を隠すように離れた場所に来ていた私に文句を言いつつも、殿下はチョコを受け取って食べた。


「口の中でとろける……濃厚で美味しい……」

「ギルバート殿下。 紫芋で作ったスイートポテトの方も美味しいから食べてみて下さい」

「あの紫色の芋か。 いただこう。 ……うむ。 こちらも優しい甘さで美味しい」

「アイスティーもどうぞ。 あ、エイデンさんも」


 私はインベントリから出した飲み物を殿下とエイデンさんに渡した。


「……ふう。美味しかった」


「今度はまた、人目を気にせずお花畑でアスランやリナルドとお昼寝したいな……」


 私がぽそりと呟いた事に殿下が反応した。


「また? とは?」

「春の初めの方に、誕生日より前ですけど、見事に咲いた菜の花畑に行ったんです。

あ、クリスタルに映像が有りますよ」


 私は板型のクリスタルを出した。

そしてスマホのギャラリーのようにそのまま映像を映し出して、殿下に黄色い菜の花畑の映像を見せた。


「俺は誘われていないのに、あのエルフはいる……」

「こ、この菜の花の種はアシェルさんのおかげで手に入ったのです。

殿下をお誘いすれば、警備を厳重にする為、お父様が城を留守にする事になり、そういう時はほぼSランク冒険者で親友のアシェルさんは城を守る事になっていまして」


 私は焦って言い訳をした。


「ああ、わかった。 同時に城を空ける事は滅多に無いのだったな」

「そうなんです。 草スキーの時は特別です」

「草スキーも楽しかったな。 またやるならソリを用意しておくので誘ってくれ」


「……実は草スキーは後からお母様にバレて怒られたんですよ。

女の子なのに危ないでしょうって。

だからちょっと厳しそうです」


「それは残念だな」


「でも、夏休みには海に行きますよ」

「ま、また水着か?」

「勿論です。 今度はライリーの海に行くのです」

「分かった。 行く時は誘ってくれ」


 そうして今から既に、夏の海に遊びに行く予定が出来たのだった。

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