第184話 温泉でまったりと
温泉地。
そこかしこから湯気を吹き出す温泉街を上空から眺めてから、我々は地上に降り立った。
「お父様。見たところ、そこそこ復活して来ましたね」
一際立派で大きな建物を中心に周囲も再建をされているようだ。
メインストリートに沿うように。
「そうだな。元住民や建築士も頑張ってくれてるから、宿も数軒位はな」
お父様はインベントリからこのあたりの地図を出し、そのまま近くにいた殿下に歩み寄り、話かけた。
「殿下、あの丘の上あたりに別荘を構えるのは如何ですか?」
「ふむ。見晴らしが良さそうで良いな」
「その辺に大きめの館を作るとしましょう」
お父様はそう言って鉛筆で地図に印しを付けた。
ひとまず今夜は一番再建が進んでる大きめの宿に泊まって行く事になった。
風呂や部屋の掃除をしてくれる従業人は少ないが既にちゃんといるらしい。
食事だけ己でどうにかしてくれみたいな。
まだ料理人が来ていないかららしいけど、料理は私がインベントリに詰め込んで来てるから問題無い。
温泉にも当然入る。
「雪見風呂になりますね。お父様には日本酒を少し渡しておきます。
お湯に浮かべた桶の上に置いて、露天風呂に入りながらどうぞ」
インベントリから酒入りの徳利と盃を出してお父様に渡しておく。
これらはライリーでのお米完成記念に焼き物職人に依頼して作って貰った物だ。
「おお。そうか、ありがとう」
お父様は嬉しそうに笑って言った。
「ギルバート殿下はまだ未成年なのでお酒じゃなくて、風呂上がりにフルーツジュースを差し上げます」
「ああ。ありがとう」
じゃあまた後で。と言って我々は女湯と男湯で別れた。
私はラナンと女湯に入った。
*
「はー。 良いお湯だった」
「雪を見ながら一杯やるのも良い物だな」
お父様もご満悦。
温泉最高。ほっかほか。
殿下の肌も上気して血色が良い。
私はその場にいる人達にインベントリから出したミルク入りフルーツジュースを渡した。
護衛の為、交代でお風呂に入っている人の分はその辺の宿の人に預けておいた。
「まろやかで甘くて美味しいな」
「ふふ」
殿下のフルーツ牛乳を飲む姿がなんだか可愛いので、思わず笑みが溢れる私。
温泉の風呂上がりと言えばミルクを混ぜたフルーツ牛乳よね。
コーヒーが無いからコーヒー牛乳が出来ない。
ゆえに、個人的に次点でフルーツ牛乳が繰り上げになる。
晩餐は大部屋で鍋などを振る舞った。土鍋ごと用意しておいたのだ。
小型魔導具のコンロも用意した。
メインは水炊きでポン酢も用意した。
そしてシメに卵雑炊をお出しした。
「温かくて美味しい」
「何かほっとするような、沁みる味だ」
デザートにはチョコレートムースを出した。
「柔らかい! 美味しい!」
などと言うコメントを聞いた。
語彙はたいして無いけれど、周囲の笑顔で美味しいとよく伝わる。
いずれも好評で良かった。
出汁やチョコの味に目覚めた人達に。
私は大部屋の端のふかふかの毛皮の上で大人しくしているアスランと、ちょっと食休み。
ふう……。まったり。
「ギルバート殿下。抱きついたり、肉球触るなら、アスランが大きくなってる今のうちが良いですよ」
「む。そうか……」
殿下はまず、手を出して肉球を堪能した。
ぷにぷにぷに……。
「柔らかいでしょう?」
「ああ」
次にふわふわの毛に顔を埋めるように、大きいままのアスランに優しく抱きつく殿下。
柔らかい毛がふわあ……となる。
「……これは、まずいな……」
「え? 何がまずいのですか?」
「このまま……眠りたくなる」
「ああ……。今晩は一晩くらいアスランを貸しますよ」
「良いのか?」
私はラナンと寝ますのでね。
「はい。でも寝るならお部屋に戻ってからにしましょうね」
「そ、そんな事は、分かってる」
うふふ。
ふわふわもふもふの誘惑には抗いにくいから一応ね。
でもちょっと殿下の寝顔は見て見たかったな。
大きな猫と美少年の無防備なスヤァって姿。尊くて可愛いと思う。
*
……私はこそっと殿下の最側近のエイデンさんを呼び出した。
「エイデンさん、ちょっと」
「セレスティアナ様。何でしょうか?」
こそっと声をかけ、廊下に呼び出す私を訝しむエイデンさん。
「エイデンさんは防犯の為に、殿下と同室で寝ると聞いたのですが」
「はい」
「差し支え無ければ、うちの猫と一緒に寝る殿下の寝顔など、こっそり撮影して来て貰う訳にはいきませんか?」
「そ、それは流石に殿下本人の許可がありませんと」
「や、やっぱりこっそりは無理ですよね。可愛いと思ったんですが」
「セレスティアナ様の寝顔と交換なら可能かもしれませんが」
……うっ!! それもそうか……。
「……恥ずかしいので、諦めます。呼び付けてごめんなさい」
「はい……」
残念! 諦めよう。
翌朝の殿下の感想は、「温かくて良い夢を見た」 で、あった。
*
ライリーへの帰り道。
翼猫で空飛んで上空から見たら、白い狼のような魔物の群れに襲われている、荷馬車と商隊と冒険者のような人達がいた。
魔物の数は14匹!!
グリフォンの背に乗ったままのお父様が魔槍を投げつけたら魔物が数匹衝撃で吹っ飛んだ。
魔槍なので自分でギュンと飛んでお父様の手に戻った。
かっこいい!
殿下や護衛騎士を乗せた竜騎士達、そしてラナンが一気に急降下したと思ったら、自分から騎獣から飛び降りて、素早く体制を崩した魔物達を剣で掃討した。
殿下の物となったミスリルソードの切れ味は抜群のようだった。
狼系魔物の首はざっくりバッサリ切れていたので。
私は血を流している人達に駆け寄った。
「怪我人を治療します!」
「こちらに! え、子供!?」
私が大人の医者でも見た目が治癒魔法師でも無いので、面食らったような一般人さん。
「癒しの光……」
私は手のひらから魔力を注いで怪我人を癒して行く。
「おお……」
感嘆の声も聞こえる。
「あ、ありがとうございます。 治りました! もうどこも痛くありません!」
「どういたしまして」
襲われた商人の護衛と下働きの下男らしきが礼を言って来た。
「癒しの力にプラチナブロンドの少女……。まさか、ライリーの御令嬢でしょうか?」
商隊の主っぽい人が声をかけて来た。
そうですが。と素直に言って良いものか考えていると、ライリーの護衛騎士が会話に割って入った。
「シルバーウルフでした。牙と毛皮を回収しますか?」
「無駄にするのも何ですし、持ち帰りましょう。山分けにしますか?」
と、殿下に向かって声をかける私。
「こっちはいらない。素材が欲しいならそちらに全部やる」
「ありがとうございます」
では、お言葉に甘えて、インベントリに12匹のシルバーウルフを収納。
残り二匹は護衛の冒険者の為に残しておいた。
毛皮はふわふわの敷物かコートの襟や袖部分に使えると思う。
「あの……」
「ただの通りすがりです。お気になさらず」
私は説明が面倒なので、しらばっくれて帰ろうとした。
「あ!! 第三王子殿下!」
「グランジェルド王国の第三の星、ギルバート殿下にご挨拶と御礼を申し上げます」
「構わぬ。通りすがりに窮状が目に入ったゆえ。死者は出なかったのだな?」
「はい! 皆様のお陰様で怪我人も治りました。私の名はカーターと申します」
ちなみに第一の花と呼ばれるのは女性で姫だったシエンナ様だ。
国王と王妃は太陽と月と称される。
この辺の国では王族を太陽、月、星、花とかに例えて言うのは商人風の挨拶らしい。
しかしやっぱり殿下の姿でバレた。
竜騎士も連れてるし、銀髪に小麦色の肌はやっぱり目立つよね。
「私は商売柄他国とも取引きがあるのですが、長い航海の間に壊血病で苦しむ船乗りが殿下のお陰で多く救われるでしょう。誠に素晴らしい功績でございます」
「ああ。分かった。移動の途中ゆえこの辺で」
商人が救ってくれたのが殿下一行と気が付いて、親密になろうと言うのか、マシンガントークをかまして来ようとする。
「やはり魔物の出現は元に戻っているようだな」
お父様の言葉に私の懐にいたリナルドが、『そうだよー』と言った。
私は殿下を助ける為にも商人に言った。
「また魔物が出るといけません。日が暮れる前に移動なさい。私達もこれで」
「あ、あの、良ければ御礼を差し上げたいのですが」
商人が慌てて呼び止めた。
「では、珍しい香辛料や食べ物は持っているか?」
殿下がそう聞くと、商人が答えた。
「甘くて美味しい芋ならございます。
最初は芋より、花の方が目的で、観賞用として他国から入って来たのですが、
最近芋が食べられると気が付きました」
そう言って芋を荷の中から下男に持って来させた。
サツマイモ!?
赤茶と紫っぽい色の混ざった皮の芋はサツマイモに見える。
よし、朝顔に似てる花ならおそらくはサツマイモだと思うので、詳しく聞いてみよう。
「この芋の花はもしかしてラッパのような形をしている?
それと名前は何と言う芋なの?」
「はい。ラッパのような形の薄いピンク色の花弁で中心が濃い紫の花が咲きます。
皮が紫なので紫芋と申します」
「その芋、買えるだけ買います!」
私は挙手して力強くそう宣言した。
「え!? とんでもないです! 命の恩人ですから芋は全て差し上げます!」
「ありがとう!」
ひょんな事からサツマイモらしき芋をゲットした!
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