第178話 神の酒と一振りの剣
私はお父様の部屋に行き、お願いをする事にした。
「守護騎士に贈る剣の予算は別に取ってあるとは聞きました。
でも剣の仕上がりが春なら少し遅いので、もしも、今年の聖者の星祭りの時用に贈り物をいただけるなら、
剣がいいです。
その分の予算を剣に使わせて下さい」
「もう殿下から、返事があったのか? 冬に殿下に剣を贈ると言う事か?」
「そうです。
10歳の誕生日に合わせた剣とは、別に一人分。
ひとまず内定で先に贈る殿下の分だけで良いので」
「そうか、分かった」
「ところでお父様はオークションに行った事はありますか?」
「あるが、まさか……そこで剣を落札しようなどと……」
「はい。行ってみたいなって」
「子供が行く所では無いからダメだぞ」
「……」
私は唇を尖らせて遺憾の意を示した。
「そんな顔をしてもダメだぞ。可愛いけど」
「じゃあ鍛冶屋か武器屋に行って自分で探して来ます」
「やれやれ、そんなに自分で選びたいのか?」
「はい」
ゴリ押しして何とか自分で剣を買いに行く事に賛同して貰った。
「ちゃんと護衛騎士を連れて行くんだぞ」
この条件はいつもの事。
* *
まずは冒険者の街で武器屋に行ってみた。
お供はラナンとローウェとヴォルニーとリナルド。
わー、当たり前だけど、ファンタジー好きとしては武器がいっぱいでワクワクする。
だけど、掘り出し物の逸品は無いかな?
と、お店を3店舗くらいウロウロして探してみるけど、なかなかピンと来るのが見つからない。
次に剣を探すついでに、大変お世話になってるドワーフの鍛冶屋にお酒を届ける事にした。
「ま、また訳の分からない物の注文に来たのか、嬢ちゃん」
ドワーフのゴドバルさんが身構える。
面倒な仕事ばかり頼んでいるせいか警戒された。ははは。
「いつもお世話になっておりますので、お酒と魚の燻製の差し入れですよ」
「おおっ! 酒の差し入れとは! ありがたい!」
蒸留酒のウイスキーを貰ったドワーフの鍛冶屋は喜色満面だ。
「私の護衛騎士用の剣の話なのだけど」
「まだ鋭意制作中じゃ。春まで待っておれ」
「ありがとう。それとは別に、過去作でもいいの。
先に強くて見栄えの良い剣が一振り欲しいのだけど、何か有りますか?」
「強くて見栄えも良い剣?」
「わ、私の騎士に、最初になりたいって言ってくれた人にあげるのに、一振りほしくて。
まだその人は若くて、春にはまだ成人にならないから、先に証だけでも渡して、安心させてあげたくて」
「──ぬう。仕方ない。極上の酒も貰った事だし、とっておきを出してやるか」
おやっさんはまたいつものように店の奥に行った。
扉の向こうに大事にしまっているのかな?
ややして一振りのかっこいい剣を出して来た。
柄に透明な魔石がはまっている。
おやっさんが鞘から引き抜いて見せると、オーラが凄い。
刀身は青く輝くようで、美しい。
「何と! 素材はミスリルじゃ!」
「ミスリル! 魔力をよく通して魔法剣などに使えると言うあれ!?」
「そうじゃ。柄の魔石に魔力を込めれば完成となる」
「わあ! 凄い! 素敵ね。気にいったわ。この剣はおいくら?」
「美味い酒の礼にやる。この酒はいつぞやの貴重な神の酒と同じ物じゃろ?」
「え!? そうですけど、いくらなんでもミスリル製の剣が無料!?」
「酒の神に誓って、二言は無い」
酒好きって凄い。
でも確かにあげたのが神様に貰ったお酒なので、買う事もできない貴重な物だ。
価値的に良いのかもしれない。
「ありがとう。いつかお酒を作ってあげるね」
「酒作りまでやるのか!? たまげた嬢ちゃんじゃわい。
しかし、楽しみにしとるぞ!
あ、それはまだ魔力は込めて無いからな!」
「はい、魔力は私が込めます」
初めての騎士に贈る剣。持ってるだけでドキドキする。
「良い剣が見つかって良かったですね。お嬢様」
本日の護衛騎士が、眩しい物を見るように目を細めてそう言った。
「ありがとう」
私はミスリルの剣を大事に抱えてお礼を言った。
* *
ライリーに戻って、祭壇の前で魔石に魔力を注ぐ。
持ち主を守るよう、守護の祈りと悪しき者を打ち倒す力を込める。
ギルバート殿下の蒼い瞳を思い浮かべる。
もしも貴方が暗闇に囚われても、この光が、貴方を守り、導きますように……。
眩い光が、魔石に吸収されていく。
剣が魔力に満たされた。
──完成!
ミスリルの剣は、更に高貴なオーラを湛えた剣になったようだった。
〜 ギルバート殿下サイド 〜
話は少し遡る。
「ライリーから手紙が二通です」
晩餐後に侍女が自室まで手紙を持って来た。
「一通は辺境伯から。もう一通はセレスティアナからか。ご苦労。下がれ」
「はい」
まず侍女を部屋から出して、エイデンだけが部屋に残った。
落ち着いて手紙を読もう。
まず、辺境伯の手紙から読むか。
「……そうか。あの短剣は王家から貰った物だから、あれを渡すのは止めさせたと。
それで違う剣にすると言う謝罪か」
俺が手紙の内容を簡単に言うと、エイデンが声をかけて来た。
「殿下が御息女の騎士になる件は反対されてなくて良かったですね」
「ああ」
次はセレスティアナの手紙だ。
「まず、渡す剣が変更になる謝罪だな。別にこちらは気にしてないが」
「前回の手紙では、渡す場所がどうとか書いてあったのでしたね」
「……ふう。可愛い……」
「何ですか?」
「冬なのに花が沢山咲いているところで、俺に剣を渡したかったらしい」
「花。ああ、冬なので城の庭園の花があんまり咲いてないんですね」
「正式な騎士の叙任式でもない、内定の剣を渡す為だけなのに、綺麗な場所で渡したかったらしい。
冬でも咲いてる花畑を見つけたけど、わざわざ来てくれるでしょうか?……だと?行くに決まってるだろ!」
「令嬢はわざわざ冬でも美しく咲く花畑を探してたんですか!
まさしく乙女ですね! やる事が。
……それで、その花畑と言うのは?」
「ライリーで光る木を見ただろう。温泉地の近くの森だ」
「あんな所まで行くなら竜騎士を手配しなければ」
「どうせ別荘の為に下見に行きたかったから、ちょうどいい。
そこに行くのは新年だと言っているから、星祭りは終わった後だ。
少しはこっちの状況も落ち着いているだろう」
「新年に温泉に入れるなら無駄が無いプランで良いですね」
「ああ。
しかも、印象的な場所で剣を渡す為、俺の為に冬に花畑を探していたなんて可愛いすぎるだろう」
「特別感を演出しようという意思を感じますね」
「また便箋に猫を描いてる。可愛い……」
「……猫はまた、二匹いるんですか?」
コクリ。俺は頷いて言った。
「二匹の猫が、花畑にいるんだ」
手紙を手にしたまま、俺は窓の外を見た。
美しい月の輝く夜だった。
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